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V. 2-2

「ちょっと〜置いていかないで」


 梢がパタパタと追いかけてくる。いつのまにか早足になっていたことに気づき、歩幅を縮めた。歩きやすい靴の私に対し、ハイヒールの梢。意識しないと自分のペースで歩いてしまう私に対し、相手に合わせられる梢。恋への意識が現れている部分でもあるのかもしれない。



 大講義室には半分以上が埋まっていた。様々な色や音が飛び交い、大学にいることを実感させられる瞬間でもあった。

 開け放たれている入り口から中へ入ると、すぐ側に座っていた集団が私たちを捉え、楽しそうに、聞こえるように悪口を言い始める。


「見た? あいつの格好。ぶりっこしてますアピール全開で笑う」


 特に梢を敵対しているのはかくよもぎ。過去にも誰かしらをいじめてきたのであろう意地悪さが顔に刻まれている。オリーブブラウンの巻き髪で耳には大きなフープピアスが揺れ、首には一粒ダイヤモンドのネックレスでデコルテを綺麗に魅せていた。ワンピースとピンヒールはシンプルなもので綺麗めに仕上がっている。


 その棘のある言葉は梢に大ダメージを与える。悔しそうに口を固く結び、これ以上の傷を増やさないように距離を取るため、遠くの席に向かっていく。


 梢の反応を見て、再びケラケラと笑い出す覚たち。大人な梢とは違い、私は子どもなので遠慮せずやつらの机を蹴った。

 大きな音が全体へと響き渡り、他の学生もしんと静まり返る。例外なく黙った覚のグループ。立っていた私は座っている覚をゴミ屑を見るように見下した。


「ごめんね。長い脚がぶつかっちゃったみたい」


 覚はそれくらいで怯えるやつではない。必ず言い返してくる。


「長い脚? 厚底なんじゃなくて?」


 覚が目配せするとグループの女子たちが一緒に笑い出す。笑った一人一人に目線を合わせていくとほとんどが慌てて逸らした。


「これが厚底というなら厚底かもね?」


 覚の顔スレスレに蹴りを繰り出す。私たちを固唾を呑んで見守る人たちの視線を集めている中で覚がようやく余裕をなくした。


「汚い靴を離して下さる?」

「私の友だちを悪く言うやつの顔を汚すのもいいかなと思って。一生懸命綺麗に着飾ってきたんだろうし?」


 覚の片方の眉毛が上がる。そして、にやりと笑うと私の脚を掴みにかかる。それを見越していた私は脚を引っ込めた。

 バランスを崩した覚は机に顔面をぶつける。硬いものと硬いものがぶつかる音はとてもいい音だった。


「失礼」


 顔に手をかざす覚に捨て台詞を吐き、梢の元に歩き出す。私が梢の隣に座る頃には喧騒が戻っていた。

 梢は私に怪我はないか確認し、くよくよ梢ちゃんが顔を出し、何度も謝った。梢が謝ることはないと伝えると、「ありがとう」と「大好き」を口にし、喜色満面に溢れていた。


「帰りにアイス奢るね」

「まじ? やった。呉家くんも誘う?」

「誘わない。君歌と食べる」

「三人でもいいのに」

「…四人で食べる?」

「あと一人誰?」

「南野くん」

「だから、あいつは彼女いるんだって」

「友だちと遊んじゃいけない決まりでもあるの?」

「知らないけど、一般的に彼女は女友だちにいい感情は持たないでしょ」

「そういうものかな? 浮気でもあるまいに」

「余計な心配はない方がいいでしょ?」

「…そうだね。君歌、優しいね」

「優しさではない。面倒ごとに巻き込まれたくないだけ」

「君歌に想われるあたしって最高の幸せ者だ」


 それはこちらの台詞だ。梢が話しかけてくれたから、私の大学生活は色付いた。無機質な音だけの世界に生をくれた大切な友だちだ。



ーーー…


「え、友だちになったの? 声のいい人と?」


 ショッピングモール内にあるアイス屋にて最近の出来事について話していた。会話中に今日のボイスメッセージが届いたのですぐさま聴く。いつも通り感想を送り、顔を上げると梢が意味深な微笑みをしてきたので居心地が悪くなり、手元にあるレモンのアイスを頬張った。

 爽やかで甘酸っぱい味が冷たさとともに体に広がっていく感覚がすきだった。クーラーの効いた室内で体の外から、アイスで体の中からじわじわと変化していくことを楽しんでいた。


「なりゆきで。でも形式的な友だちになると思う」

「なんで?」

「私のことをもっと知りたくて友だちになりたいと言われたというより、友だちという存在が欲しくて友だちになってほしいという感じだったから」

「……えっと」

「例えば、友だち百人作るぞという目標を作ったから友だちになろうとする人」

「あー」

「私はただの数で、彼の目標達成のための存在だと思うよ」

「あたしには君歌が必要だよ」

「慰めはいいって。だから、見返りにボイメもらってるわけだし」

「友だち作ってどうするんだろうね?」

「さぁ」


 話の合間に体内へと溶けていくアイス。梢も私ももう残り少ない。梢のカップにはピンク色、私のカップには黄色が液体となっていた。

 私もアイスみたいなのかもしれない。彼の声はクーラーやアイスのように私の体を駆け巡る。彼の声で私が溶けてしまう。彼の声に効果がなくなった時、私の形は維持されるのだろう。


「名前はなんて言うの?」

「Sin」

「それって…「活動名」」

「…どんな人?」

「んー…残念な人?」

「ざ、残念?」

「うん。今まで台詞に生を吹き込むところだけしか見てなかったから、急に会話から人間味が出てきて…」

「…生きているんだろうけど、生きている実感のない架空の人物が自分と同じ人間だったということに落胆しているということ?」

「相手からしたら勝手に期待して勝手に失望すんなと思うだろうけど…そんな感じ? 声が理想を超えて来たことにより、他の部分も理想を超えるのではという妄想をしてしまってたのかも」

「でも、声はホンモノだと?」

「イエス」


 梢は耳にかけていたふわふわの髪を出して整える。自分の髪に視線を落としながら、ぽつりと言った。


「このままじゃだめだ」

「なにが? っていうか、梢、口の端にアイス付いてる」

「え〜どこどこ?」

「ほら」

「ん」

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