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V. 1

ーーー…


 彼の声は、例えるなら、深海で未知の生物に会ったような、灰色の雲の中に閉じ込められた時に見えた澄んだ青空のような、実家の下に埋蔵金があったような、そんな感動。


 普段と同じ生活をしていたら出会うことがなかった原石。たまたま目に入った広告が気になってダウンロードをしたアプリの中に彼はいた。


 私は音がすきだった。物体から響きや話し声といった振動が心を震わすのを感じることが。

 かなりいろんな音を聴いた。その中でも自分の好む種類が分かってきた。でも、私の理想を超えてくるものはなかった。


 これまでは。



 グッとハートを鷲掴みされた。声で私の全身を振動させられた。その声に私を奪われた。

 息苦しさを感じたし、手に汗をかいたし、口は乾いた。脈拍数が上がって、興奮状態になった。


 私が私じゃなくなった。



 気づいたら、気持ちを言葉にして文章を作っていた。スマートフォンのキーボードをフリックする手が止まらなかった。


 応援メッセージに運営からお礼を言われた。「次は他の人の音声を聴こう」「アクションを送ろう」などミッションのようにたくさんやることリストを表示されたけど、義務のようにやるつもりはなかった。ただ、気持ちを抑えられなかっただけだ。


 すると、一通のメッセージが付いた。運営からか?と面倒な気持ちになりながら画面をタップした。そしたら、声の主から返信が来ていたのだ。

 求めていたわけではなかったため、「あ、返信くれるタイプの人なんだ」と思いつつ、文字を辿る。私からの言葉に感謝しているという内容だった。


 私の投げかけに答えてくれたことにより、胸が熱くなるのを感じる。

 気持ちが届いた。気持ちが受け止められた。…優しい気持ちになれた。



 それから、彼の投稿をチェックするようになり、新着ボイスがあればすぐに聴いた。

 それは、準備が忙しい朝でも、人混みに紛れている中でも、講義中でも、友だちと雑談中でも、お風呂に入っている時でも。


 どうせ何度も繰り返して聴くので初めの場所はどこでも良かった。とにかく、彼の声を真っ先に聴きたかった。そして、この気持ちに間違いないことを再確認した。


 聴き終えた後は必ずメッセージを送信した。「このセリフが良かった」「この言葉に気持ちが籠ってた」「元気になった」など、その時の想いが彼への対価となっていった。


 彼も私からの想いへの感謝を忘れなかった。私だったら感謝されることが当たり前になって胡座をかくかもしれない。


 私と彼は、彼の声で繋がりを深めていった。



 それは突然だった。


「僕ら、付き合いますか?」


 私がいつも通りに感想を送った後のことだった。彼から予想外の言葉が返ってきて、何度もその文を読み返して頭を捻った。

 自分の文章も読み返して、また彼の言葉を見て。ちなみに、私が送ったメッセージはこうだ。


『声、大好きです。聴くたびにきゅんきゅんして体の芯が熱くなります。ふとした瞬間にあなたの声を思い出して、幸せな気持ちになってます。これからも聴かせていただきます』


 この言葉から「付き合う」という言葉に至った彼の思考が皆目検討できなかった。


「え、嫌です。私が必要なのはあなたの声だけです」


 付き合うということは、彼氏彼女になりどこかへ出かけたり、キスやそれ以上のことをすることになる。私が望むのはそういうことではない。


「僕がイケメンでも?」


 イケメン?好みは人それぞれなのに自分がイケメンだと断言できるほどの顔面なのだろうか。


「理想を詰め込んだ妄想で培った私の完璧イケメンに勝てる自信があるんですか?」

「ないです。すみませんでした」


 何がしたいのだろう。彼の投稿された音は朗読のようなものやシチュエーションボイスのようなものだったけど、会話をしていると彼の性格が言葉に滲み出てきていてとても残念な印象になる。


「声は本当にいいので自信持って下さい」

「これからも自信をつけさせてくれますか?」

「…自信を持てるかはあなた次第なのでは? 私は思ったことを伝えているだけです」

「あなたの顔写真を見たらもっとやる気出るかも」

「その発言は気持ち悪いと思ったので、これからはこういうやり取りを控えさせていただきますね」

「冗談です! ごめんなさいごめんなさい」

「出会い厨なら他を当たって下さい」


 ガッカリした。彼の性格に、ではない。彼が性的な目で私を見ていたことにだ。

 私は彼の声がすきだと思ったから応援したいと思った。彼も応援してる私を受け入れてくれた。その単色に他の色が交じったような濁りを私に与えた。


「あの…違うんです」

「……」

「その『すき』の意図が知りたくて、『付き合う』とか『顔写真』とか聞いただけなんです」


 それから、彼は過去の一部を語り始めた。彼が中学校に通っていた時に彼の声を褒めてくれる女の子がいたらしい。逆に、彼の声を嫌いだと言う男の子もいたという。

 どちらが本音なのか、彼には分からなかったそうだ。好みの問題もあったのだろうが、もしかしたら彼の声に対しての“嫉妬”や“牽制”など他人の感情が作用していたのかもしれない。


「この間、同窓会があったんだけど、その時にこのことをふと思い出して。でも、もうその二人はその事を覚えてなかった。真相が分からなかった。だから、アプリで確かめようとしたんだ」


 つまり、私が言った『すき』は本音で言ったものなのか他の感情で吐いた言葉なのか真意を知りたかったというわけか。


「なるほどね」

「…友だちなら、なれますか? 人脈を作りたくて」


 私は彼の声にしか興味がない。彼がどういう時間を生きてきて、これからどう生きるのか気にならない。

 『人脈を作りたい』という彼の友だちの一人になることは別にいいけど、それなら私にもメリットがほしい。


「よかろう。毎日ボイメちょうだいね」


 そうして、彼と友だちになった。





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