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Balal  作者: 晩華
1/1

1.好奇心は猫をも殺す

細々とですが今日から連載を始めさせて頂きます。

使い方が全く分かっていないので、何か間違っていたらこっそり教えてください。こっそり直しておきます。


 全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦(れんが)を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦(れんが)を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので、彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。「創世記」11章1-9節。






 「何?これ」


夜の明けかけ。まだ全てのものが青いフィルム越しに見える時間。とある安アパートメントの一室でカズオは口をあんぐりと開けて絶句していた。傍にいる2人の子供たちも困惑した顔でカズオをすがるように見つめている。

これを僕にどうしろってんだ。

そう思いながらぎうと眉を寄せたカズオの目の前には髪からポタポタと水を垂らした青年がカズオを睨み上げていた。


「何って言いたのは俺なんですけど」




 事の発端は時間を巻き戻す事30分ほど前。

天使として天国に近い場所で働くカズオは今日1日の仕事を終え、バキバキと鳴る背中を捻りながら煉瓦畳(れんがだたみ)の廊下を歩いていた。彼は丁度「あーあ、まじで僕テンゴクの入り口で働いてんのかな。地獄の間違いなんじゃない?」と心の中で独りごちながら1日の疲れを癒そうと大浴場へ向かっているところだった。


「カズ!」


後ろから友人が以前自分につけた愛称を叫ぶ声が聞こえ、カズオが振り返るとそこには天使見習いの子供の1人がカズオに向かって走って来ていた。


「あれ、君いま仕事中じゃないの。またサボり?アニに怒られるよ」

「ちっがう!!」


その少年は少し前に人が事切れたとの知らせがあった為、同じく見習いの少女と一緒にその故人の所へと向かった筈だった。カズオも「えーさっき帰って来たとこなのにぃ」「でも次で終わりだよ、がんばろ?」と駄々をこねる悪ガキとそれをやんわり諭す少女という組み合わせの会話を少し前に聞いていたので間違いない。


天使とは神の言葉を人に伝えたり、人を手助けするものだと一般的には思われている。もちろんそういった働きもする。するのだがそんなお仕事はかなり稀だ。最近は特にノアやジャンヌダルクなんかのように神の声を聞く人間なんかもそういないのでそういう場での天使の活躍は少ない。だからといって彼らが暇なのかというとそんな事は全く無いのだが。


地球上では日々誰かが産声を上げ、誰かが永遠の眠りについている。そのうちの誰かが永遠の眠りについた時、そこがカズオたち天使の出番だった。

二度と瞼を上げない身体から抜け出たいわゆる魂の状態の故人は神様がいると言われている天国に行かなくてはならない。でもそれはいきなり全ての荷物をとり上げられ「じゃあごめんけどジョニー・デップさんちに行ってね。場所は分からないけど頑張って」とポイと身一つで家から放り投げ捨てられている状態に他ならなかった。調べられるものも持っていなければもちろん地図も渡して貰えない。その上家にも帰らせて貰えない。

そんな状況で故人が天国に1人でたどり着くのは至難の業どころの騒ぎではないだろう。絶対に不可能である。


そこで場所を知っているカズオをはじめとした天使たちが天国の入り口まで彼らの道案内をするのだ。基本的には天使見習いの子供たちが天国への入り口一歩手前まで故人を連れて来て、そこから本物の天使たちが天国の入り口まで案内してやるといった手順だ。そうして故人は天国へと逝く。

1日15万人いると言われているそんな故人たちを見送るのに日々天使たちは大忙しなのだ。仕事はこれだけというわけでも無いので尚更。


とりあえず、今カズオの目の前にいる少年はそんな右も左も分からない「ジョニー・デップの家?は?」状態の故人を一緒に迎えに行った見習いの女の子と共に現在ほったらかしにしているのだ。


この悪ガキはつい先日も同じような事をしでかしてカズオの同僚でもあるアニという天使にそれはもうこっ酷く叱られたばかりだ。あまりのアニの剣幕に泣きそうになっていたくせによく懲りないものである。

それなりに付き合いのあるカズオはアニが怒るとどれほど恐ろしいのかとてもよく知っていた。今、カズオが現在進行形で仕事をサボっている彼と雑談をしている様に見えなくもない状態を彼女が見ればそれはそれは烈火の如く火を噴きながら怒るに違いない。カズオはそれだけは絶対に避けたかった。彼女とても怖いので。あとカズオは早く寝たかった。


なのでカズオは少年にできれば一刻も早く故人の元へ戻って頂きたいのだが目の前の少年はそれどころではないらしくかなり焦った様子だ。


「カズを呼びに来たんだよ!」

「僕を?それまたどうしてさ」

「どうしても!一緒に来て!!」


故人の出迎えに天使が出向く事はない。それが見習いたちのお仕事なので。というかそこまで甲斐甲斐しくお世話をする余力が天使たちにないので。

だというのにそこに天使であるカズオを呼ぶということはきっと余程の非常事態なのだろう。カズオは焦る少年を目の前に他人事のようにそう思った。実際他人事だし。それにそんな問題が故人を連れてくるだけのお仕事で発生するとは到底思えなかったのだ。

しかしそう思うと同時にそれなりに長いカズオの天使生活のなかでお仕事中の見習いに呼び出されるのは初めてのことなので、どんな大問題なのだろうという彼の中の怖いもの見たさ心がちょっと働いたのも事実である。


さっさと風呂に入りたかったので最初は適当に彼を追い返そうと思っていたカズオだったのだが、いつも問題ばかり起こすこの悪ガキがここまで焦るアクシデントがどんなものか一度気になって仕舞えば手を振り解くなんて事はできなかった。

かくしてカズオはぐいぐいと自分の腕を必死に引く少年にあくまでも「仕方ないな」というポーズで一緒に歩きだしたのである。




 「何って言いたいのは俺なんですけど」


そうして冒頭のカズオに至る。好奇心はなんとやらと言うがその通りだ。来なけりゃ良かった。

頭を抱えるカズオの目の前には警戒心剥き出しでカズオを見つめる青年。見たところ成人したかしていないかぐらいの年頃だろう。その青年の背中にはなんと真っ白の翼が生えていた。そりゃあ絶句もする。Tシャツの中にギチギチに詰められた苦しそうなそれはカズオの背中にも生えている天使である証だった。


天使とは見習い期間を経てなるものである。

カズオを引っ張ってきた悪ガキやここでカズオと悪ガキを待っていた少女のように子供の間見習いとして天使のもとで働き、その中から毎年1人2人程だけ天使になることができるのだ。天使見習いは入れ替わりが激しいが大体常に700万人程いるので難関大学もビックリの倍率の高さである。そんな馬鹿みたいな倍率を乗り越えてようやっと背中からバサリと翼が生えるのだ。カズオもそうして天使になったのだ。


だが目の前の青年はどうだろう。最初は仕事をサボったか逃げ出した天使かとカズオは思ったが見た所カズオは同僚の中に見たことない顔だった。同郷の天使が居るかもしくは居たというのなら誰かがカズオに話しそうなもんだがそういう話も聞いたことはない。

その上困惑している彼の顔や周りの状況を見て仕舞えば彼は息を引き取って直ぐに天使になったとしか説明のしようがなかった。それ以外にこんなことになる可能性は残念だがカズオが今脳みそを絞って考えてもひとつも思いつかなかった。


いや、もうちょっと考えたらなんか出てくるかもしれない。


そう思ってカズオが知恵熱が出そうなほど悶々と考えている間にも目の前の青年の目はどんどん剣呑なものになってきていた。

青年からしてみれば早朝、誰かに起こされたかと思えば何故か布団もろとも自分はびしょ濡れ。おまけに知らない子供と背中に翼の生やした男が家に不法侵入してきた状況である。普通の感性を持った人間であれば110番待ったナシな場面だろう。警戒しない方がおかしい。


「アンタら、何?なんで俺の布団はびしょ濡れなワケ?」


そう言った青年は幼い子供を睨み付ける訳にはいかなかったのか、じじょじじょの布団をぎゅうと握ってカズオを睨んだ。震えたその手から精一杯の虚勢が丸分かりである。その様子にカズオはサリサリと頭を掻いた。

前者についてはなんとか説明できるが、実を言うと彼がびしょ濡れな理由はカズオも知らなかった。是非とも見習いの2人に訳を説明して頂きたい。

故人を迎えに行って何がどう転べばその故人が水浸しの被害に遭うのだろうか。


マァ、ともかく今は彼に説明してやるのが先だろうとカズオは再び頭が痛そうに眉間にシワを作りながら自分の頭をサリサリ掻いた。


「僕は天使だよ。それで、君は死んだのさ。ちょっと前にね」

「ハ、天使?…死?」


カズオの言葉に青年が目をデメキンみたいに大きくした。


カズオは死んだ瞬間を見ていないので詳しい死因は分からないが青年から漂うきっついアルコールの匂いからするに酒の飲み過ぎでのなんやかんやだろうと予想はついた。

カズオは酒を飲んだこともないのでそういう事は全く分からないが今まで酒関連で息を引き取った人間は山ほど見ていたのだ。それはもう目を真っ赤にしたアルコール中毒者から酒の勝手が分からない癖に調子に乗った若者までより取り見取りだ。恐らく目の前の青年は後者だろうというのがカズオの見立てだった。


「え、じゃあ俺はなんで起きてんの?」

「寝てたんだからそりゃ起きるでしょ」

「でも死んだんだろ??」

「うん。死んでるよ」

「ハ?」

「は?」


寝たら起きるに決まってんだろ、何言ってんだ。とカズオは脳内で吐き捨てる。

説明不足な自覚はちょっぴりあったが彼は現在信じられないほど機嫌が悪かった。なんせ待ちに待っていた仕事終わりに引っ張ってこられた上に訳の分からない状況を目の前にぽいと置かれているのだ。なんで勤務時間外でこんなに頭を悩ませなきゃいけない。八つ当たりぐらいしないとやってらんない。


自分の中の好奇心に負けたなんて事はカズオの都合の良い脳みそからはすっぽり抜け落ちてしまっていた。


「ハァ…。死人はね、死んでほったらかしじゃないんだよ。カミサマの所に行かなきゃなんないの。でも案内なしじゃ行けないでしょ?」

「え、あ、まあ、…ソウデスネ」

「僕たちはその案内人なの。分かった?」

「それは分かったけど、そもそも俺は本当に死んで…てチョット!?何してんの!!」

「うるさい、今4時だよ?」


しかしいくら自分がイライラしていても青年に納得して貰わないと話は進まない。それを一応は分かっているので仕方なくカズオが懇切丁寧に説明をしてやる。

その説明するカズオの顔やら言葉尻やらから滲み出る機嫌の悪さを感じ取ってか戸惑いながらも段々しゅるしゅると萎縮し始めていた青年はカズオがそこら辺に転がっていたTシャツを拾い、机にほっぽってあったハサミで背中側の襟をジャキジャキ切り出したところで目を極限まで開くと慌ててカズオの手を掴んで叫んだ。

いきなりギャンと叫んだ青年の声にカズオは三白眼気味の眼光を青年に向けた。ギロリと鋭いその視線に青年は少しビクついたが手は話す気はないらしく、カズオの腕を掴んだままだ。


「なに」

「いや何はこっちのセリフなんですけど!?何してんの??それいくらしたと思ってんの???」

「そんなの知らないよ。そんなに大事な物なら床に捨てんな。背中、そのままだと苦しいでしょうが」

「背中?」


不思議そうに首を傾げた青年にカズオはそばにあった姿見を指差してやるとやっと背中に翼が生えていることに気づいたらしい。姿見のフチを両手で掴んだ青年は「うわあ!なんだコレ!!」とお手本のようなリアクションを披露した。

そんな青年にカズオは冷めた目を向けた。


そんだけギッチギチだと痛いだろうに、なんで今の今まで気づかなかったんだ。痛覚がないのか、この男は。


「え、は、はね?」

「翼だね」

「な、なんで生えて…」

「なあカズ、やっぱコイツ天使?」

「そうだろうね」

「今死んだのに?」

「今死んだのに」

「本当に俺死んだの!?」

「だからそう言ってんでしょ」

「見習いしてないのに?」

「してないのに」

「なんで?」

「なんでだろうねぇ」


両脇からくる子供たちの声と1人で阿鼻叫喚状態の青年に適当に答えながらカズオはジャキジャキとハサミを進める。そうしてカズオの手によって大幅に値下げされたTシャツは肩甲骨が見える辺りまでざっくりと襟を広げられた。

その出来に満足し、机の上のペン立てハサミを入れたカズオがそれを青年の顔の前に掲げてやると青年は情緒をぐしゃぐしゃにされた様な顔でそれを受け取った。そんな青年にカズオの片眉がぐいと上がる。


「そんなに高いの?これ」

「いや、ウン。高いは高いけど…」

「なんだよ、歯切れ悪いな」

「今服どころじゃないというか、いや、服も大事なんだけど」

「どっちだよ」


ぐしゃぐしゃの顔でまごまごとする青年にカズオは心底面倒です、という顔をした。

突然背中に翼が生えて青年が混乱する気持ちも分からないでもないが、いや。やっぱり分からない。カズオは順当に翼が生えてきたタイプなので。それよりもカズオはサッサと帰りたかったので知らないフリを決め込んだ。

お前の混乱はどうだっていい。大人しく言うことを聞け。カズオは今そんな気持ちなのだ。


青年の気持ちが落ち着くまでここで優しく付き合っていたらきっとカズオは休めないまま明日の仕事を始める羽目になる。カズオはそんなの御免だった。


「なんでもいいけど、下も着替えたら?気持ち悪そうだし」

「…ウン」


青年のぐしゃぐしゃ顔をまるっと無視したカズオに着替えを促された青年はゆるゆると頷くと部屋の中に干しっぱなしになっていた下着とデニムを引っ張り洗濯バサミから引きちぎるようにして取った。青年の現在の心境は「もうどうにでもなれ」である。

その様子を確認したカズオは子供たちを連れて玄関へと向かった。カズオに男の着替えを見る趣味はないので。


「着替えたら呼んで」

「ウン。…あの、シャワー。浴びても、イイデスカ?」

「……悪いけど我慢して」

「…ハイ」


ぐしゃぐしゃ青年を1人部屋に残したカズオたち3人がスチール製の玄関ドアを開けるとさっきまでビルの間に埋もれていた朝日がもうほとんど顔を出していた。まだこの部屋にカズオが来てから数分しか経っていないはずなのだが、夜から朝に切り替わる時間帯のせいか空の移り変わりが速いらしい。さっきまで日当たりの良くない部屋の中に居たからかいっそ暴力的な朝日の光に3人は目をしぱしぱと瞬かせた。


「2人ともこれで終わりでしょ?」

「うん」

「オレ腹減った」

「だろうね。帰ったらご飯食べな」

「今日のメシ何?」

「知らない」

「なんでぇ」

「僕食べないのに知ってても仕方ないだろ」

「今日はピザだってディーノさんが言ってた」

「ええ?最近ずーっとピザとかパスタとかばっかじゃん。いい加減飽きた。ワショクが食べたい」

「あの人今ホームシックなんだよ。あと1週間付き合ってあげて。そしたら落ち着くだろうから」


うげえと舌を出した悪ガキと言いはしないが心の中で同意しているであろう気まずそうな少女にカズオはそう言いながら「妹に、マーラに会いたい」とさめざめ泣いていた胸毛ワサワサの男を思い浮かべた。見た目は暑苦しい筋肉ダルマのくせしてその内面は牛乳を温めた時にできる膜ぐらい繊細で、ホームシックになると決まって地元の料理を量産するちょっと面倒臭いが腕はピカイチの我らがお料理担当の天使さんである。


「また?アノ人1ヶ月に1回はホームシックになってんじゃん」

「そういう人なんだよ。それよりイーサン、みずきを置いていっちゃ駄目じゃない。君たちペアなんだから」

「あ、ちがう。ちがうの。わたしがイーサンにかずおさんを呼んできてってお願いしたの」

「え、そうなの?」

「そーだよ!ミズキが言ったの」


悪ガキもといイーサンに連れられてあのアパートメントに着いた時、この世の終わりみたいな顔でミズキが待っていたものだからてっきりイーサンが飛び出して自分を連れてきたとカズオは思っていたが、どうやら違ったらしい。

とっても気まずそうに服のすそを弄り出したミズキが申し訳なさそうに喋り出した。


曰く、人が死んだと言われて迎えに行った先には何故か背中に翼を生やした天使らしき人がいたと。

その段階で既に訳が分からなかったが、取り敢えず連れて帰ろうと思った2人は青年を起こしにかかったらしい。

しかし、なんと青年はいくら声を掛けても揺すっても起きない。痺れを切らしたイーサンが流石に起きるだろうと青年の顔に水をぶっ掛けてもピクリともしない。

そんな青年に半泣きのミズキがイーサンにカズオを呼んできてくれと言ったらしかった。

結局青年はカズオが到着する数秒前に起床したらしいのだが。


それを聞いたカズオはなるほど、と自分の顎に右手を添えた。

それで青年が布団もろとも水浸しだった訳だ。それにしても、そこまでして起きなかったなんてさっきのギチギチTシャツのことと言い、彼は本当に感覚というものがない鈍感野郎なのかもしれないとカズオは思った。


そんな大した内容もない事をふむふむと考えるカズオに何を勘違いしたのかミズキはますます申し訳なさそうに極限まで眉を下げる。その一方でイーサンはつまんさそうに自分のつま先を見ていた。その様子は分かりやすく正反対だった。


天使見習いの子供たちは基本2人一組で動く。

ペアは固定されている訳ではないのだが、今カズオの目の前にいるミズキとイーサンはカズオの中でもお馴染みコンビだった。

しつこいぐらい気にしいで引っ込み思案なミズキと「口は災の元」が擬人化したような余計なことしか言わない悪ガキのイーサン。かなり凸凹ではあるが中々いいコンビだとカズオは思っている。気にしすぎで行動出来ないミズキを考えなしのイーサンが引っ張ってその後始末をミズキがする。字面だけ見ればミズキがすごい損をしていそうだが良いコンビなのだ。本当に。イーサンの行動力にミズキが助けられているところもたまにあるので。たまにだが。


「かずおさん、ごめんね。お仕事の時間じゃなかったのに」

「いいよ。仕方ないからね」

「でもさっきカズめっちゃ怒ってたじゃん」

「怒ってないよ」

「めっちゃイライラしてたじゃん」

「してないよ」

「ウソだね。昨日服が破けてるの見た時ぐらい怖い顔してる」

「……へぇ、なあんで僕の服が昨日破けたことを君が知っているのかなあ」

「そりゃあオレが破いたからに決まって…あ」

「そうかあ、あれ君だったかあ」


そういうところだ。口は災いの元の擬人化め。


昨日、カズオの数少ない服のひとつが洗濯して天日干しをしている間になぜか八つ裂きなっていた。

乾いたらそれを着る気でいたカズオはその日起きて物干しロープに引っ掛かっていた布切れを見た時「は?」と地を這うような声を出したものだ。

他に着れる服がある訳もなく、カズオは渋々サイズの合わない友人のクローゼットを漁る羽目になったのだ。

服が己でビリビリと自傷行為をする訳でもないだろうからカズオはてっきり鳥だとか猫だとかの仕業だと思っていたのだが。そうかそうか。君の仕業だったか。


イーサンのおかげでカズオの機嫌が2段階降下し、般若になりつかけたカズオにイーサンがじり、と半歩後ろに下がったところでスチール製のドアがガチャリと開いた。青年が着替え終わったらしい。

半歩下がったせいでちょうどドアの前に立っていたイーサンはお尻をドアに押されて「うわあ!」とおでこを地面に押し付けていたが自業自得だろう。カズオもミズキも手を貸す気はない。

青年はさっきのカズオたちと同じように朝日にパチパチと数回目を瞬かせると、それで太陽の光に慣れたのかドアの前に転がっているイーサンを見つけ顔をギョッとさせた。


「うわ、ごめん。そこにいたのか」

「大丈夫大丈夫。着替え終わった?」

「俺お前ではなくこの子に謝ったんだけど?」


イーサンの代わりに勝手に返事をするカズオに呆れて言った青年はさっき掴んでいたスラックスにつっかけサンダルを履いていた。びしょ濡れだった髪も水気を取ったのかさっきみたいにポタポタ水が滴る事はない。顔も着替えている間に多少は整理がついたのかさっきよりはスッキリしていた。さっきと比べればの話ではあるのだが。


さて、青年も着替えた事だし早く帰ろう。詳しい説明はついてからすればいいだろう。

そう1人結論付けたカズオは青年に背を向けて歩き出した。


「着替えたならとりあえず着いてきてくれる?僕お風呂入りたい」

「え、ふ、フロ?」


さっき俺にシャワー我慢しろって言ったのに?と顔に書いた青年を置いてカズオが歩き出すと気を利かせたミズキが青年の腕を掴んで「こっちだよ」と後に続く。その後ろにおでこを押さえながら立ち上がったイーサンが続いた。

青年には悪いがカズオは何もなければ今頃風呂も終えて布団に入って眠っていたのだ。だからどうと言うわけでは無いのだが。さあ今から風呂に入るぞというところで青年のせいで困ったイーサンがカズオを呼びに来たのだ。だからどうと言うわけでは無いのだが。

ともかく、カズオは一刻も早く風呂に入りたかった。


「ま、待って。俺財布とか、スマホとか」

「手ぶらで良いよ。すまほ?はないけど大体のものはあそこあるし。みずき、はぐれないようにしてね」

「うん」

「そもそも、着いてくったってどこに?」


ミズキに腕を引かれながら最もな疑問を浮かべた青年にカズオは首を捻って顔だけを後ろの青年に向ける。

完全に顔を出した太陽がアスファルトと一緒にカズオたちを照らした。


「バベルの塔。これから君の寝床になる場所だよ」


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