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拝啓


吹浦 勇志様


御壮健であられるでしょうか。私は元気です。母や友人からは「元気過ぎる」と度々窘められております。

毎日は大きく変わることなく、いつも通り過ごさせてもらっています。


前々からお手紙で報告しておりますが、最近は母の実家が営んでいる「あまの」という料亭で私もお手伝いをしています。

お料理は苦手ではありませんが、お客様に提供できる程のものはまだ作ることができません。相変わらず、食材の下拵えや給仕をずっとしております。家に帰ってからは、練習がてら夕食を私が作っています。料理の腕は確実にあがっているとは思うのですが、まだまだかかりそうです。

切り盛りしている祖父母は優しいのですが、やはりお料理のこととなると厳しいです。それでもめげずに練習を続けています。母曰く「もう少しでお勝手に立たせてもらえるよ」とのこと。

今度帰って際には、是非あまのにいらしてください。それまでにはお勝手に立っていてみせます。評判の看板娘なだけじゃありませんからね。


料亭で働いているのも夜や休日のこと。それ以外はいつも通り、学校で過ごしております。頑張って順位を維持しているものの、それでも学年で真ん中より少し下くらい。私の目指すところは学年一位なので、この道は非常に険しいものです。

学校ですが、私の通っている学校は共学のはずなのに男子生徒が一人もいません。それどころか、教師も女性ばかりです。時代が時代ということもあるので致し方ないことではありますが、願わくば肩を並べて通いたかったです。


つい先日のことです。友人と下校の道草で書店に寄りました。相も変わらない雑誌の棚を通り過ぎ、文房具の棚を見ていました。

一昔前はそれほど多くもなかったですが、近頃はよく便箋や封筒を見かけますし、販売する種類も増えたように思います。私がこうしているように皆、誰かに宛てた手紙を書いているのでしょうか。

以前受け取ったお手紙ではお元気だと書かれておりましたが、その後大事ありませんか?

やはり機密であるが故に、今はどこで何をしているのかは書けないと思います。それでも、おおよそ何をしているのかは分かります。

お休みの日には、あなた寡黙で大人しいことは知られているでしょうから、きっとお仲間に引き回されているでしょう。


あなたが出発するあの日、名電赤坂駅の停車場で行き先を教えてくださいましたね。あなたは成績優秀でしたので、きっとなれているだろうと思います。なので、毎日空を見上げては、雲の隙間から見える影を目で追っております。

私の家に配達員さんが家に来る度、口から心臓が飛び出るんじゃないかというほど緊張します。あなたの両親やお兄さんが家を訪れる度に、良くないことを考えてしまいます。

次、届く手紙がどういったものなのか、私は怖くてたまりません。


本題を書くのが恥ずかしく、ここまで来てしまいました。

私もあなたのことが好きです。小さい頃からずっと、気がついた時には好きになっていました。告白はとても嬉しく、手紙を読んでいたその場で小躍りをしてしまう程に。

しかし、ふと考えてしまったのです。いつの間にか隣にいるのが当たり前のように思っていましたが、それは永遠に続くもでは有りませんでした。

私の隣からいなくなってしまい、いつも声をかけてくださったあなたの声が聞こえなくなって、これほど苦しい想いをするとは思いもしませんでした。

いなくなってしまったからこそ、想いが通じ合ったからこそ、したいことが山程あります。

一緒に学校へ通うこと。お弁当を作ってあげること。休みの日には、駅前へ遊びに行くこと。好き同士ならば、これ以上のことだって一緒にやりたいです。

愛している、とあなたに直接云いたい。


あなたから届く手紙は、よく一緒に訪れた鳥川の河原で読んでいます。岩魚や鮎の泳ぐ姿が見える川べりの岩の上で、清流のせせらぎを聞きながらあなたの声を思い出しています。

お返事はいつも夜遅くにひとり、夏の夜風を浴びながら星空を見上げてしたためています。

今年も鳥川の蛍は美しく舞っています。


敬具

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