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第7話 初戦闘


「勇者様、起床の時間です。早く起きてください」


 そんな声が、顔の上から降ってきた。まだ覚醒していない脳が無理やり起こされ、廻らぬ思考で行動を選ぶ。

 朝って言っても……寝ぼけ眼をこすりながら薄目を開けるが、窓からはうっすらと光が見える程度……夜が明けたばかりじゃないか。


「も、もう少し……」

「ダメです。今日は魔物を狩りに行くのでしょう? 『レベリング』とやらを楽しみにしていたのは、他ならぬ勇者様ではないですか」

「それは……そうだけど……」


 それは肯定するが、俺がこんなに眠いのはマルティナが隣で寝ていたからだろう……。女の子のにおいがして、こっちもたまったもんじゃなかったんだ……あまり好きなやつじゃないけど、それでも少しは異性として、そういうところに配慮して貰いたい。


「はぁ……仕方ありませんね」


 お、諦めてくれたか。これでもう少し体を休ませられる。そう安堵した瞬間……。

 パシャリ。


「おああっ!? 冷たっっっ!?」


 顔にかかるとんでもない冷たさの液体……そう、水だ。井戸から汲んできたものだろうか? 早朝の井戸水とは、なんてものをかけてくれるんだこの性悪メイドは! 


「さあ、早く支度を」

「この性悪!」

「おかわりですか? 欲張りですね……」

「もう結構です!」


 はあ、最悪の目覚めだ……。いや、おかげで完全に目は覚めたけど、重要なのはそこに至るまでの過程だろう。

 あぁ、リサちゃんが『案内人』に選ばれていたら、もっと良い目覚めを迎えることができただろうに……。いや、考えるのはよそう、むなしくなるだけだ。



 

 というわけで無理やり起こされた俺は、嫌々支度を終わらせて部屋を出る。ちっぽけな皮鎧にちっぽけな剣……ちっぽけといっても、それは大きさや見た目の話で、作り自体は存外しっかりとしたものではあるが。

 腰にはポーチ。最低限の金と回復のポーションが入っている。近くの森に行くだけなので大した装備ではないが、それでも俺の命を守る大切な道具だ。


「準備できたよ」


 ちょうど宿を出たその先で、マルティナは待っていた。戦闘に赴くとは思えないメイド服と、身長に合わない大きさのバックパック……と言っても、中にはあまり多くの荷物は入っていないため、形は若干つぶれている。

 荷物持ちをさせるのは俺も忍びなかったのだけれど、彼女が一歩も譲らないので今日ばかりは任せることにしている。


「少し遅れましたが、早速向かいましょう。あと、こちらは朝食になります。時間が惜しいので、歩きながら食事しましょう」

「わ、分かった」


 そういって渡される、固いパンとそこにそこに挟まれた干し肉と少しの野菜。簡単なサンドイッチといったところか。

 先にも言ったけど、手触りでわかるくらいパンが固い。何なら干し肉だってしっかり固いし……。一口食べてみても、パンも干し肉も噛みきれなくて顎が疲れる。


「なあ、本来こういうものってスープとかでふやかして食べるんじゃ……」

「そのパンはまだ柔らかい部類ですよ。お昼は簡単なスープをご用意いたしますので、ご容赦くださいませ」


 そんな言葉を交えつつ、俺たちは歩き出す。町を出てあぜ道を少し行けば、すぐに目的の森にたどり着いた。


 アリックの森。この森に与えられた正式な名称で、最も近い場所にあるサンドリアの発展に寄与したとある貴族の名前からとられている。近隣住民からは金緑の森と呼ばれて親しまれており、生活を豊かにするために男たちが獣を狩りによくここに訪れる。

 この森で登場する魔物はどれも弱く、最初の狩場としては最適だ。


「しかし、本当に近いな……」

「町からも見えるくらいですから。早速中に入っていきましょう」

「あ、その前に……二人だけで大丈夫なの? それにマルティナは武器を持ってないように見えるけど……」

「それは問題ありません」


 そう言って彼女は、服のポケットから何かを取り出した。

 これは……なんだ? ぱっと見はひもが二本付いた布切れでしかない。特別刃物とかが付いているわけではなさそうだし……。


「なにこれ……マスク?」

「これのどこが……いえ、失礼。あなたの言う『マスク』が私の想像するものとは大きく異なることが分かりました。……これはいわゆる投石器というものです」

「投石器……? 石投げるの? これで?」

「はい。構造は非常に単純ですが、筋力のあまりない者でも、遠心力を用いて高い威力で石を投げることができる道具です。敵との距離を詰めることなく有効打を狙えますので、軽装の私には合っているかと」


 フーム、投石か……こんなものでそんなことができるとは思わなかった。しかし、剣や弓に比べたらそこまで効果的な武器とは思えないんだよな。

 だって、石を投げつけるだけだろ? ハンマーとかより威力は低そうだし、剣や槍のように貫いたり斬ったりはできないわけだ。


「でも、実際どれくらいの威力があるの?」

「人は殺せます」


 いや直球すぎるだろそれは……求めてた回答とは、合っているけどなんか違う気がする。確かに人くらいなら、投石でも当たり所さえ悪ければ殺せそうなものだけど。


「鱗を持つ相手や皮膚の厚い相手には効果はありませんが、ここで出てくる魔物相手なら十分に活躍できます」

「そう? まあそれならいいんだけど……」


 いつまでも立ち止まっているわけにはいかないな。俺てちだってのんきにピクニックしに来たわけじゃない。今日は初のレベリング、初の命がけの『戦闘』をしにきたのだ。

 緊張はするが、きっと慣れるとそう言い聞かせ、森に足を踏み入れた。



 アリックの森はそこまで木々がうっそうと茂っているわけではない。適度に人が入っているおかげか、よく人の通る所は雑草がかき分けられて道のようになっていたりする。これに沿って歩くぶんには、まあ歩きやすいだろう。

 草を踏みしめ、枝をかき分け、築かれた道をゆっくりと進んでいく。視界に映るものはほとんど変わらず、緑ばかりではあるが、確かに俺たちは、魔物の巣窟に入り込んでいる。


 だいぶ奥へと歩いて行ったところで、マルティナが警戒を強めるよう俺に指示を出す。植物や土の匂いに混じって、獣臭さが漂ってくる。

 マルティナが俺の前に出て、木の陰に隠れながら向こうを確認する。確認を終えた彼女は俺に手招きをして、声を潜めてこういった。


「この先にスクロファがいます。体格も小さく、周囲に仲間がいるようには見えません」


 スクロファ。簡単に言えば俺たちの世界の猪で、ゲームではこの森にしか出ないある意味希少な魔物。

 この森で出るような魔物なのでやはり弱く、物語序盤のレベリングのために乱獲されるような存在だ。


 しかも、体格は小さくて群れてはいない……つまりはチャンスってことだ。

 行けますかとマルティナに問われ、俺は静かに頷く。


 落ち着け……これはゲームの世界、相手は魔物だ。人に仇を成す、悪い敵。ゲームのように、俺たちは奴らを倒してレベルを上げる。

 それは必要なことで、そして何より……俺のようなゲーマーにとっては簡単なことだ。


 剣を抜いて、草むらから飛び出す。木々のない空間、少し開けた空間に飛び出した俺は、そこでようやく敵の姿を視界に入れた。


 それは、俺の腰ほどの高さもある猪。足を延ばして前兆を測れば、俺くらいの大きさはあるだろう。これが小さい? 馬鹿を言うなよ、あれくらいあれば、少なくとも俺たちからすれば十分大きいだろう。

 黒の体毛に野性的な眼。ちらりと口元からのぞく牙には若干の土、おそらく鼻先で地面を掘り返していたんだろう。しかし、少なくとも今は、奴の意識は確実に俺のほうに向けられている。

 

「ギィィィイイイャァァァアアアア!!」


 ああ、無理やり音をあてるならこんな感じだろう。耳に残る嫌な音だ。ただ聞くだけなら、人の悲鳴のようだなんて言っていられる。けど、そうじゃない。


 対峙しているんだ、俺は。それが戦いの始まりを意味する声なんだって、本能で理解してしまったんだ。奴は俺を殺すつもりだって、俺は分かってしまったんだ。


 スクロファの後ろで土が舞い上がった。地面を蹴った後だ。今にもやってくる、当たったらただでは済まない攻撃が。


「ち、ちょっ!? まッ!?」


 お気楽な声に聞こえたか? だとしたら、あんたの頭は相当おめでたい。

 恐怖で固まった思考が危機を前にしてやっと動いたんだ。それでも体は、完全に思考に追いついてない。


 動かないんだ、体が。思った通りに。


 頭だけが、パラパラと捲れるような時のページの中で懸命に思考する。来るぞ、すぐ来る! た、戦う? 何で? 剣、剣だ! 剣があるじゃないか!

 で、どうする!? 斬りつける? と、止まらなかったら!?

 馬鹿野郎、奴が後二歩も地面を蹴れば、俺の体はお釈迦になるぞ! 考えてどうする? でも、どうしたら!?


「早く動けっ!!」


 誰かが叫んだ。体がやっとびくりと反応した。とっさに横に飛び跳ねて、体に当たる直前でスクロファの体は俺のわきを通り過ぎる。

 突進が木に当たり大きな音を立てる中、俺の体は地面を転がる。兵士のコルクスさんに突かれた時とは状況が違うが、どっちにしろ今日のこれもだいぶ無様だ。


「ぼさっとしてないで!」


 また声が俺に指示を出す。ああ、今度は分かってるよマルティナ。まだ怖いけど、あんな……あんなことにはならないから。


「……チクショウ」


 怖いじゃないか、実践。強いじゃないか、猪。一体しかいないならなんて余裕ぶっこいて、挙句の果てに死にかけて……。

 俺はなんて、楽観的な野郎なんだ……!


 スクロファがそろそろ狙いを定める番だ。次はやる、かかってこい……なんて思っていたけど。俺の思惑とは裏腹に、奴の体は俺のほうを向かなかった。

 狙いは……そう。


「私……ですか」

「なっ!?」


 マルティナだ。俺が飛び出した場所から少し離れていて、スクロファからはだいぶ距離があるはずだ。近いのは絶対に俺なのに、なんで!? 

 理由は……たぶんあれだ。俺に活を入れようとして、彼女が大きな声を出したからだと思う。

 なんで……どうしてうまくいかない! 勇者だろチクショウ、勇者になったんだろチクショウ! 散々こっちの世界に来たいって、そんなこと妄想してたじゃんか! 攻めと妄想通りに格好良く、女の子の一人でも庇ってみろよ!


 何とか自らに活を入れて、一歩足を出そうとした瞬間……スクロファはマルティナに向かって駆け出す。

 間に合わなかった。それを知って感じたその感情に、俺は驚いて、絶望した。


 『安堵』したのだ、俺は。『ああ、奴がこっちに来なくてよかった』だなんて。『俺じゃなくて、マルティナのほうに向かってくれてよかった』だなんて。


 完全に動きが止まった。またしても俺の体は、完全に制御できなくなる。今度は命のやり取りに対する恐怖じゃない。

 自らに対する絶望で、もう何も、考えられなくなっていたんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ、勇者様はまだ駄目ですか」


 仕方がない、これは勇者様の初戦闘なのだから。ならばわたしが、手本を見せるしかないだろう。

 石を布の上に乗せて、投石器を回す。紐が風を切る心地よい音を聞きながら、私は目標を視界に収めた。


投稿が遅れ申し訳ありません……!

明後日の投稿も、このくらいの時間帯になるかと思われます。

※1/31 誤字等を訂正しました。

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