第5.5話 小話 〜夜風に一人〜
勇者様が異界から呼び出されて二度目の夜。今日も窓の外には美しい月が昇り、城を、町をやさしく照らす。
夜風が私の短い髪をふわりと揺らした。短い髪……月明りをも食らってしまう、貪欲な、忌まわしいこの黒髪を。
「あの方は……」
召喚された勇者様は、とても異質なお方だった。私と同じ黒い髪を持ちながら、勇者としてあがめられ、頼られる。まだこちらに来たばかりで力もなく、私と同じか弱い存在のはずなのに……まるで鏡合わせ。周囲の環境はさながら逆転した左右のように、全く異なる世界を映し出す。
何故? 黒髪は、貴方たちからすれば異物の証ではなかったのか? 勇者が許されるなら、なぜ私は許されない? この髪色を理由に、私はどれほど疎まれたことか……。
だからこそ。それ故に。あの方が呼び出されたとき、あの方が、バルコニーで王の傍らにいたとき……人々の期待をその一身に受けていることを知った時、それを見た時、私は……私は、あの方を、憎んでしまった。
私と同じ『あなた』。私と違う『あなた』。同じ黒い髪を持つ人間なのに、あなたと私に何の違いがあるというのか?
わかっていても、理解を拒む。生まれの違い、環境の違い、そんなものだけで評価が変わるこの環境が、私はたまらなく許せない。
でも……。
「あの方は、私の成長段階を見て、何も言わなかった」
成長段階は、魔物を討伐することで上昇する。
……言い換えればそれは、成長段階は、魔物を討伐することでしか上がらないということ。
一介のメイドごときの成長段階が8もあるなんて、普通はあり得るわけがないのだ。それはつまり、魔物を殺したことがある証なのだから。
私を奴隷商から引き取り、育ててくれた我らが王。私を憐れみ、城の使用人として雇ってくださった恩人。王は、王だけは私を偏見に満ちた目で見ることはなかった。
城に勤める全ての者が私を『魔王の手先』だと言った際にも、王だけは私をかばってくださった。
この成長段階も……何も言わなかったのは王だけだった。王だけだと思っていた。
だけど。あの変わり者の勇者もまた、私に偏見を持たないで接してくれた。
私はあの時恐れていた。私を化け物扱いしたあいつらのように、彼が私を気味悪がって『案内人』を変えるよう、王に申し出るのではないかと。でも、恐れて言い淀んだ言葉は、たったの一言で肯定された。
――なんだ、普通じゃん。
普通。普通だと。あまりにも軽い言葉だ、だけどその言葉が、私にとってはどれほど救いになったことか……。
そうしてその時、同時に思い知った。勝手にうらやんで、勝手に憎んで……私はいったい何をしていたのだろう。ああ、そうだ。他の人たちのように、私もまた彼に偏見を持ち、その感情を彼に向けてしまったのだと。
なんと愚かなのだろうか。己が嫌っていたことを、自らが行ってしまうとは。
夜風に紛れて、パチンと乾いた音が鳴る。ひりひりと痛む両頬は自らへの戒めと、ほんのささやかな、彼への償い。
これからは真摯に向き合う。私はああなってたまるものか、何のために『案内人』に志願した? 目的を見失うな。前を見ろ。
「我らが王よ、見ていてください」
私を救ってくれた貴方のために。貴方の愛した国のために。貴方の呼び出した勇者のために。
そして何よりも……理不尽にあらがう私のために。
「魔王討伐を成して見せます」
夜風に乗って、その小さな囁きは闇に消えた。
本日の本編投稿は夕方あたりを目安に行う予定です。