第5話 待ちに待ったステータス
マルティナが俺に訓練をつけるといったとき、俺は正直、たったの数日では戦闘の技術を会得することはできないと思った。その程度の訓練程度で技術が身につくのなら、世界は今頃戦士だらけになってしまうだろう。
このままではまともに敵と戦うことはできない。だが……一つ、この技術を補うための考えがある。それは『ステータス』だ。
ステータス……ゲーマーにとってはとても重要な単語だ。そのキャラクターの筋力や素早さ、果ては賢さまでもをわかりやすいように数値化し、キャラクターがどのようなことに長けているのかなどをわかりやすく表示する魅惑のシステム……。
技術がなくても力が強ければ、武器を振り回すだけで凶悪な攻撃になるだろうし、運動神経がアレでも素早さが高ければ、相手の攻撃を回避するのに苦労しなくて済むかもしれない。
いやいや、まさかそんなゲームのようなものがこの世界にあるわけ……なんて思われるかもしれないが、考えてみてほしい。この世界はゲームの中の世界だ。
それに、『アナザーワールド・ブレイバー』の中でも、魔物を倒すことで成長ができることを示唆するセリフがある。これはチュートリアル的な話ではなく、ゲーム内のキャラクターに話しかけることによって発生する会話文の中でだ。
ならば、ステータスやレベル、またはそれに似たものが存在していてもおかしくはないんじゃないだろうか?
それこそ最近のネット小説では、「ステータス、オープン!」などといえばステータスウインドウみたいなものが出てくる展開がお約束だったりするんだろう? この世界にもそういったシステムがあるんじゃないのか?
ならば、試してみるべきではなかろうか。今俺は昼食中、マルティナは都合よく部屋にはいない。グラスに注がれた水を一口飲んで口の中のサンドイッチを胃に流し込み、そして一言……。
「ステータス、オープン!!」
瞬間、俺の目の前に待ちに待ったステータスウインドウ……は現れず、代わりに部屋の扉があいた。そこには、なんだかかわいそうなものを見るような表情のマルティナの姿があった。
「……気でも狂ったんですか?」
「勇者様。いつまでも寝転がってないで、はやく食事を終えてくださいませんか? 私は何とも思ってないので」
「思ってる! 気でも狂ったかって言ったじゃん!! もうヤダぁ!!!」
何でこんなタイミングで部屋に戻ってくるんだよお! タイミングよすぎるだろこのメイド!? もしこれでステータスウインドウみたいなのが出なかったら、絶対人前でこんなこと言ったら引かれるかなって、だから人がいないのを見計らってやったのに! こんなのあんまりじゃないか!
「それで、勇者様は何がしたかったんですか?」
「……マルティナ、この世界には、人の成長とか強さの指標を段階的に表すようなものはある?」
恥ずかしいけど仕方がない。幸いにも彼女は交友関係が狭そうだし、勇者がこんな気狂いじみたことしていたなんて言いふらしたりはしないだろう。なら、こういうことは彼女に聞いてみるのが一番だ。
「そうですね……成長や強さを段階的に示すもの……」
考えるような仕草で固まるマルティナ。なんだか不安になってくる反応だ。もしなかったら……非常に困る!
あんな恥ずかしいセリフ言って出なかったわけだし、半ば諦めムードではあるが、頼む、存在していてくれ……。
「ありますよ」
「え?」
マジで? ほんとにあるの?
「ちょうどそのあたりの話をするつもりだったので、むしろ都合がよかったかもしれません。食事を終えたらお話ししましょう、勇者様の言う『ステータス』とやらについて」
昼食がのけられたテーブルの上に、ごとりと重いものが置かれた。見た目は……長方形の金属の箱だ。表面にはなんだか複雑な幾何学模様が彫られており、肌触りはなんだかすごい異質だ。
金属らしからぬ奇妙なぬくもりがあって、つるつるしてはいるんだけれど、ぬめりのようなものもある気がする……。これをうまく表現するのは、今の俺には難しい。
「といっても、私はステータスという単語は存じませんが、勇者様がおっしゃっていた、成長や強さを示すものは確かに存在します」
「ステータスじゃないんだ?」
「ええ、我々はそれを『能力表示』、『能力表』などと呼びます」
どうやらこの『能力表示』というのは、古い時代にいたとある大賢者が作ったものであるらしく、その者の力の強さなどを数値にして可視化することで、どのようなことに優れているか、どのような仕事が適しているかなどを平易に表す事ができるのでは? と考案されたものであるらしい。
それで、その能力表示とやらを見るのに必要になるのが、彼女の持ってきた金属の箱というわけ。
「こちらの紙を箱の上に乗せ、その上に勇者様の手を乗せておいてください。しばらく経てば、紙にあなたの能力表示が書かれるはずです」
「分かった」
言われた通りに、用意されていた紙と手を箱の上に乗せる。すると数秒後、箱は徐々に青白く発光し始め、熱を帯びてきた。
「うぉ! なんだこれ!」
今までも何度か見慣れないような不思議なものを見てきたけど、これも特別ワクワクする体験だ。箱の表面の幾何学模様から漏れ出す光、デザインも相まって中々ファンタジーらしいじゃないか。
箱がだいぶ熱を持ってくる。これ以上熱を持ったらさすがにやけどしそうじゃないか? そう思ったあたりで光と熱が徐々に和らいでいく。
これで終わったらしく、手をどけて紙を見てみるようにマルティナから言われた。
見てみると……いやなんだこの文字。今まで見たことない黒い文字……のようなものが紙に書き込まれていた。確かにすごい、すごいけど……読めない。
「え……えっと……?」
「? ……ああ、なるほど。こちらの世界の文字が読めないのですか」
「うん……」
「構いません。仕方のないことですから。私が読み上げます、紙をこちらに」
なんだか不便だが、短期間のうちに言語を習得することは難しいし……仕方がない。能力表示とか、文字に関するものは彼女に丸投げしてしまおう。彼女に紙を渡すと、彼女は俺の能力表示を読み上げてくれた。
「筋力8、敏捷性7、知力78、体力11、魔力量5……あと、成長段階は1ですね」
「……待ってマルティナ。なんかおかしい」
「はい?」
ええっと……一度ゲーム内にあったステータスを思い出そう。力、素早さ、器用さ、賢さ、体力に防御力と攻撃力、そしてMPとHPがあったはずだ。で、彼女が挙げてくれた最初の五つの能力表示とやら、これらは類似するもの、同じものがゲームのステータスにもあるし、理解するのは容易い。だけど……。
「え、ええっと……まずは確認なんだけど、HPって言葉は知らない?」
「いえ、存じません」
「じゃあ、ええっと……」
ま、まずい……HPに類似するものはないかなんて聞きたいけど、そもそものHPの説明の仕方がわからない。なんと言ったらいいのだろうか……。
「ええっと、た、例えばこう、攻撃を受けると減少するようなやつで……0になったら死んじゃうみたいな……」
「いえ、そんなものはないです。自らの血液の量だとかならまあわかりますが……第一、そんなものを数値化できたところで心臓を一突きにされたり、首を切られたりすれば死んでしまいますよね?」
「……」
ご、ごもっともです。
「じゃあ器用さは!?」
「何を基準に数値化するんですかそれ」
「ええっと、じゃあ防御力!」
「人の柔肌に刃物を防ぐ機能までついているとお思いで?」
「攻撃力!」
「剣の鋭さなどをこれで数値化できると? それに、腕力に任せて敵を殴りたいのであれば筋力でもいいですよね」
ごもっともだよ畜生! 全滅だよ畜生! 器用さはまだしも、攻撃力や防御力、果てにはHPまで存在しないとは……体力だって、HPというよりは持久力、スタミナ的な意味合いで使われているんだろう? こんなの俺の知るゲームの世界じゃない!
「じゃあなんで知力は数値化できているんだよ……」
「それは、この世界の基礎教養などができているか、どの程度の知識を持っているのかをこの装置が判定し、判断しているからです。まあ、この装置で判定できることにも限度がありますし、実際の賢さとは異なるとは思いますが」
そんな説明じゃ理解できない……もうちょっとわかりやすく説明してほしいなあと目で訴える。彼女はそれを察して、ため息をもらした。
「不思議な力で学力の試験を行っていると考えてください」
「学校のテストみたいな感じか……?」
「テストというのがよくわかりませんが、おそらくはそうです。しかし知力78ですか、基礎的な教養はだいぶ身に着けているようですね。さすがは勇者様です」
高校生程度の学力でここまでの値になるのか。いや、この世界に対する理解度に関しても換算されるわけだし、そっちのほうで点数を稼げたのか。なんにしろ、褒められて悪い気はしない。
「ああ、それと成長段階ってのは何なの?」
「そうですね……勇者様は魔物を倒すことで身体能力が向上することは知っていますか?」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
知ってる。ああ、おおよそ予想はしていたけど、その説明があるってことは……。
「魔物を倒すと、魔物の体内にある魔力……その中でも、生物の身体能力に影響を与える『イクスペル』というものが体に吸収され、ある程度の『イクスペル』が蓄積することで、身体能力が向上します。これを魔力的成長というのですが、これは最大で100回起きるとされており……」
「ちょちょちょ! 待って待って!?」
い、イクスペル? 魔力的成長? いきなりそんな分からん言葉をポコポコ出されても理解が追い付かない! そもそもの話、あれって魔力が肉体的にどうたらって話だったの!?
たぶん、俺のよく知っているEXPが、彼女の出したイクスペルという謎の物質なのだろう。で、レベルが上がってステータスが上がる現象が魔力的成長……といったところか。かみ砕いて考えればまあ簡単だ。
「……知ってはいたけど、ああいうのって世界のルール的なものでそこまで細かい設定があるとは思わなかった」
「世界のルール的な……?」
「ああ、いや……こっちの話……」
とにかく。俺の創造やゲーム知識を裏切るような設定自体は出てきたけど、俺の欲しかったレベルやステータスと類似した概念自体はこっちの世界にもあることが分かった。これは……良い収穫だ。
しかし悪い点もある。それは自分の能力値を気軽に見れない点だ。出先で敵を倒して、そのまますぐにレベルを確認したりできないのは成長を実感しにくくて困る。
特にステータスには状態異常というやつもあるわけで、麻痺とか毒とか、自分の状態に関しても調べることができる。そういったものを調べられないと、味方の異常や自らの危機に気が付かなかったりするかもしれない。
「あと、もう一ついいかな?」
「何でしょう」
「マルティナの『能力表示』っての? よかったら教えてくれない?」
魔王討伐に赴く仲間として、彼女のステータスを知っておくことは必要だ。彼女がどんな性質のキャラクターなのか、どんなことが得意なのかとかも気になるからな。
「構いません。2年前に取った記録を覚えていますので、それでよければ」
「うん、それでいいよ」
「筋力11、敏捷性12、知力97、体力9、魔力量8。それと……」
珍しく、彼女はその先を言い淀んだ。言いたいことはズバズバいうタイプだし、こういうのは聞かれてもはっきりこと耐えてくれそうな子だと思っていたけれど……いや、それは偏見だな。でも残るは成長段階だけだし……。
声をかけようと思ったとき、彼女は意を決したように顔を上げて言った。
「成長段階は……8です」
「お、おう。なんだ、普通じゃん」
「え?」
え? 意外な返しに俺も思考が一瞬止まる。
「え、えと……何か思うことはないのですか?」
「なにが? ってかむしろ俺のが驚いたよ……言い淀むから何か言いたくない数値なんじゃないのかって思ったけど、大したことでもないし……」
「ですが……いえ、何もないなら、それで……」
……会って数日しかたってないけど、なんだか今までのイメージとは全然違った一面だ。彼女がこんな態度を見せるだなんて思ってもみなかった。
なぜ言い淀んだのかは結局わからなかったけど、彼女のステータスが低いことを除けば大した問題はない気がする。たぶん彼女は晩熟タイプ……結構レベルが上がってからステータスが馬鹿みたいに上がっていくタイプだ。
最初のレベリングには苦労しそうだが、成長してからが楽しみだな。
次回は少々小話を挟みます。本編投稿も行うつもりですので、どうぞ、よろしくお願い致します。