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第4話 勇者様のチュートリアル

「それでは勇者様、お勉強(チュートリアル)のお時間です」


 それは、この世界に召喚された翌日の朝のことだった。運ばれてきた朝食を一通り楽しみ終えた後、例の黒髪メイド、マルティナからそんなことを言われた。


「お勉強……?」

「勇者様はこちらに来てから間もないですから、こちらの事情には疎いでしょう。それに……勇者様は戦闘の経験がおありですか?」


 戦闘経験……。現代日本に生きる一介の学生ごときに、戦闘経験なんて命のやり取りを連想させるような経験は普通あるわけがない。そんな経験をしたことがあるのは、暴走族とかヤンキーとかくらいしかないんじゃなかろうか。

 格闘技の経験というなら……申し訳ないけど、そういった習い事も部活も、俺はやったことなんてない。運動すらあまり得意じゃないんだ、そうした経験を僕に求められるのはちょっと困るかな……。


「い、いや……お恥ずかしながら、そういうのは全然」

「なるほど。まあ想像はできていました。なので、そちらに関してもどれくらい体を動かせるのか、勇者様の身体能力についてもある程度知っておきたいので、実際に我が国の兵士と手合わせをしていただきます」


 うえぇ……嫌な顔はしないけど、したくもなる。実際に体を動かして戦う以上、こればかりはゲーム知識だけでなんとかなる問題じゃない。うすうす気が付いてはいたけれど、やっぱり現実で運動神経が良いほうが戦闘では有利に働くはずだ。


「では勇者様。早速ですが訓練場まで案内いたします。クローゼット内に必要なものは揃えてありますのでお早めに」


 さすがに早すぎやしないか? もう少しゆっくりしたい……そんな俺の願望を口に出す前に、メイドは俺にさっさと支度をさせて部屋の外へ連れ出した。




 厚みのある皮鎧に着替えさせられ、やってきたのは城の外。どうやら近くに兵士が普段鍛錬などに使っている訓練場なるものがあるらしい。今俺の目の前にある、あの武骨な石の建物がそれだろう。

 特に、城の外なんて昨日バルコニーからのぞいた景色と自室から見える景色しか知らないので、あのきらびやかな城の外に隣接するようにしてこんなものがあるとは思わなかった。


「結構大きいですね、訓練場」

「平時であれば、城に駐留している兵の数も多いですから。では中へ」


 マルティナが扉を開いて、建物の中をあらわにする。

 建物の中は、外観よりも開放感があって広く感じる。モチーフはコロッセオだろうか? 天井がなく、日の光がダイレクトに入ってきて、建物の中を明るく照らしている。……雨が降ったらどこで訓練するんだろうとか考えてない。


 ついでに、建物の中には一人だけ先客がいた。いかにもな西洋の甲冑をまとった兵士。体を動かしている様子はなく、長い木の棒を支えにして……誰かを待っているように見える。

 彼は入ってきた俺たちに気が付くと、こちらに近付いてきた。


「あちらは兵士のコルクスです。本日、勇者様と手合わせしていただく相手になります」

「お初にお目にかかります、勇者様!」


 元気の良い返事とともに差し出される、籠手の付いた武骨な手。握手に応じると分かる、手から伝わってくる力の強さ。本気で握られたわけでもないだろうに、握力が全然違うのが身にしみる。


「それでは勇者様、こちらを」


 お互いが手を離すのと同時にマルティナの声。いつの間に持ってきたのかはわからないけど、彼女は木剣をこちらに差し出した。


「は、はやいですね……」

「時間も押していますので、悪しからず」


 木剣を受け取り、そして木剣の重量感に違和感。1メートルあるかないかという長さだが、想像していたよりも重く感じる。

 少なくとも片手で軽々と取り扱えるようなものじゃない。軽く振ってみるが、両手でなければ『振り回されている』なんて表現のほうが正しいんじゃないかと思うくらい。

 木剣でこれ? 鉄の剣とかだとどうなってしまうんだ……。自分の腕力の無さに呆れるが、落ち込むのは後だ。


 この力試しのシーンはゲーム内にも存在した。国の兵士と模擬戦という形で戦闘のシステムを学んでいく、戦いのチュートリアル。本来なら味方として案内人のメイドが一緒に戦ってくれるはずなんだけど……そんなことはなさそうだ。

 

「……なぁ、本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫でしょう。そんなに気になるのであれば、加減に関してはお任せいたします」

「わ、わかった……」


 ん? なんか向こうのほうから不穏な会話が聞こえた気がする……。兵士の表情は兜に隠されて見えないけれど、不安そうな声だということは分かった。

 加減はお任せ? 大丈夫? 一体何の話をしてるんだ……?


「勇者様、用意はできましたか?」

「は、はい。大丈夫です」

「では、始めてください」


 そんな不安をよそに、マルティナが軽い感じで開始を宣言する。適当すぎてなんだかやる気になれないけど、やるしかない。

 兵士の方はゆっくり手にしていた棒を構える。持ち方は槍。先端こそわずかに下を向いてるが、視線でまっすぐ俺を狙いつつ、彼はじりじりと距離を詰めてくる。


 不慣れだからと言って恐れてはならない。こちらも木剣を引っ提げて走り出す。


 兵士に向かって一直線ではなく弓なりに。

 ついにお互い間合いに入った。あと一歩で刃が届く。狙うは胴、体を使って右下から斜めに振りぬいてやる!


「うおおおッデュッフ!?!?」


 振りぬいた木剣は、兵士の方に当たることはなった。というよりか、振りぬくことすら許されなかったというほうが正しい。

 いきなり来た腹への衝撃に雄たけびが途切れる。へばり付いた激痛と共に体は後ろに飛ばされる。


 そのままゴロゴロと無様に地面を転がって、やがて止まった。そうして、ここでやっと意識が追いついたのだ。俺は今、攻撃を受けたんだと。


 お、おおおおっ……痛い、痛い痛い痛いッ! こんな暴力的な痛みは初めてだっ! アスファルトで転んだりするよりかずっと痛い! 皮鎧を着ていなければ即死だった……そう思うくらい重い一撃、下手したら内臓の一つや二つ潰されていてもおかしくない気がするっ!


 若干遠ざかりかかっていた意識の中で、視界に映る二人の影。俺を突いた兵士は慌ててやってきているけど、マルティナは分かり切っていたとでも言いたげなすました顔で、何かに文字を書きながら歩いてくる。なんだこの差は……。


「だ、大丈夫ですか勇者様!」

「だ、大丈夫……です」


 そんなわけあるか、今も目から出てくる汁を我慢できなくなるくらい死にかけだわチクショウ……なんて言う気力もない。なんなら彼はなにも悪くないし……。

 元凶は絶対、この兵士さんになんか指示していたマルティナだ。絶対こいつ本気でぶっ飛ばせって指図してただろ……。


「予想していた通りとはいえ、さすがにひどいですね」

「こ、こいつ……!」

「武器の扱い方はまあわかってはいましたが、持ち方はおろか、まさか走り方まで……すこし武術の特訓は増やしたほうが……」


 も、もう許さん……! ここまでぼろくそに言われ、雑に扱われ……これで黙っていられるほど俺は聖人じゃない。い、今はちょっと痛みで悶絶しているからあれだけど、次はガツンと言ってやらねば気が済まない……!

 ……しかし、悔しいが、彼女の下した評価に関しては口をはさむつもりはない。走り方すらダメだしされるとは思っても見なかったけど、確かに足の速さは元居た世界でもだいぶ遅かった。運動能力の低さに対する評価は妥当だ。


「それでは私は少し準備がありますので失礼します。私が戻るまではコルクスさんに指導をお願いしていますので、どうか逃げ出さぬよう」


 誰がこんな状態で逃げ出せるか馬鹿野郎……と言いたいけれど、こんな状態であるが故にそんなことすら言えないなんて。

 そのままマルティナはスタスタと訓練場を去ってしまう。残ったのは痛みに悶える無様な俺と、心配してオロオロしてる兵士のコルクスさんの二人だけだった。


「え、えっと……本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……心配は入りませんので……」

「全力でやっていただきたいとのことだったので、つい力を入れすぎてしまいました。本当に申し訳ない……」


 誰だそんなこと言ったやつ……って、マルティナか。なんかろくなことしないなあのメイド……。

 そのまま兵士さんに手を貸され、ゆっくりと立たせてもらう。時間もたって痛みも落ち着いてきたし、体は何とか動きそうだ。


「それでは、改めて自己紹介を。私はコルクス。普段は城の警護をしていますが、この度は勇者様の訓練の指南役を仰せつかりました。短い間ではありますが、よろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも。ええと、熊野勇樹です。ご指導のほど、よろしくお願いします」


 それからしばらく、コルクスさんに最低限の剣の扱い方を教えてもらいながら、その合間にいろいろと話を聞いた。話というのは主にマルティナについてだ。

 まだ知り合ったばかりなのだが、なんだか自分に対する風当たりが強い気がする……。普段からこんな感じなのか、いつもああなのか、また、ゲームには登場しなかったキャラだし、過去にどんなことがあったのかとか、いろいろ知りたいことがあったのだ。


 結論から言えば、彼はマルティナのことをよく知らなかった。同じ城で働く者同士ではあるが、普段から会ったり喋ったりするわけじゃないようだし、それは仕方ない。ただまあ、彼女は彼女で場内では悪目立ちしているようで、噂程度の話に関してはなかなか聞くことができた。

 特に気になったのは『黒い髪は大陸の外から来た人間の証なので、この国ではあまりよく思われない』という話。黒い髪の勇者としては不安になる話だが、俺と彼女では事情が違うそうだ。

 そう、俺を除けば彼女はこの大陸で唯一の黒髪。勇者であることを大々的に広められた俺とは違って、彼女は自分が外の大陸の人間であることを隠したりすることはできない。

 

 それ故に、彼が話すマルティナの噂に関しては、どんなことも否定的にみられている節が多い。

 彼から聞いた話の一つにこんなものがあった。建国祭の余興として、王がマルティナとこの国最高の有識者である大賢者と呼ばれる男に知恵比べをさせた時のことだ。なんとマルティナはその大賢者様に知恵比べで勝ってしまったらしい。その際には、『大賢者にも勝る知識を持っているのは、魔王に通じているからに違いない』なんて噂が流れたのだとか。


 この大陸の人間は、思ったよりも排他的なのかもしれない。いや、むしろ自分たちから見て異なるものを遠ざけようとしてしまうのは普通の反応なのだろうか。

 ……いや、深く考えるのは無駄だ。こればかりは俺一人でどうにかなる問題じゃない。


「お昼になりますね、そろそろメイドの方も戻ってくるのでは?」


 今日の指導が一区切りし、休憩との名目で二人で空をぼんやりと眺めていた時、そんなセリフの直後に訓練場の戸が開かれた。噂をすればなんとやらか、そこにいたのはもちろんマルティナである。


「遅くなってしまい申し訳ありません、昼食のご用意ができたので呼びにまいりました」

「きたな性悪メイド……」

「しばらく会わない間にずいぶん口調が変わりましたね、勇者様」

「げっ……」


 不意に漏れてしまった本音。距離もあって声も小さかったはずなのに、彼女はそれにしっかり反応してきた。地獄耳かこいつ……。


「まあ、変に気を使われるよりはマシです。今後は変に敬語などは使わなくても構いませんよ。旅に出てからも気を使っていては窮屈でしょうし」

「そ、そう? それはありがたいね……」

「ではまいりましょう勇者様」


 そうして今度は訓練場から連れ出される俺。疲れているからそんなに急ぎ足で連れ出さないでほしいのだけれど、俺の要望は今回も通りそうにはない。

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