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第2話 ゲームの世界と『案内人』


「このような場で長話をするのはよくないな。どこか別の、落ち着ける場所でゆっくりと話そう」


 国王はそう言うと、近くに控えていた人たちに視線を向ける。それを見て何かを察したのか、あるいはあれが合図だったのか、使用人……それも、メイドらしき格好の女の子が二人、俺のほうに近づいてくる。


 うち一人の黒髪のメイドが、軽く頭を下げた。


「失礼します。そちらのお荷物、お預かりしましょうか?」


 彼女に言われて初めて、自分の格好に意識を向けた。俺の格好はこちらに飛ばされる直前の格好のそれである。ごく一般的な……それこそ、俺からすれば見飽きるほどに見てきた、黒に近い紺色の学生服。それも、学校に持っていくカバンとセットで、だ。

 何ならカバンの重量もそのまま。中には普通に、俺の教科書やノート、筆記用具の類もあるんだろう。……この世界に来てしまった以上、彼らはもうお役御免だな。


 ちなみに、二人のメイドらしき人がやってくるというこのシーン……これは、ゲーム内で最初に発生するランダムイベントだ。ここで登場するメイドの姿は毎回異なり、やってきたメイドのうちのどちらかがチュートリアルなどの情報を説明するキャラクターとして最初に勇者の仲間になる。

 の、だが……俺はどうにもこの黒髪メイドに違和感を感じている。ゲームは何度も周回したし、広大なインターネットの海の中でゲームの攻略をあさったりしたことだってある。だが、ゲームの中にこんな黒髪のメイドが居たなんて聞いたことがない。


 いままでゲームと全く同じ道筋をたどっていたが故に、若干のイレギュラーがすごい気になってしまう……。まさかこんなキャラクターがいたとは……。

 細めの瞳から放たれる視線はどこか冷ややかで、若干サディスティックな雰囲気を感じる。自分はマゾではないけれど、そういう趣味がある人であれば大好きそうなキャラクターだ。


 しかし、一番の違和感は彼女の黒髪。ゲーム『アナザーワールド・ブレイバー』では、黒い髪のキャラクターは主人公を除いて一切登場しない。

 なのでゲーム内では、「その黒い髪……まさかっ!?」といったような、黒髪は勇者の証とされるシーンが数多く存在している。

 つまり彼女は、勇者に縁がある者だったりするんだろうか? 気になる点が多すぎる。



 ……おっと、つい考え込んでしまった。黒髪メイドが首をかしげる。そりゃあ、聞いたことに答えもせず、なんならまじまじと見てくるとか怪しいに決まってる。

 

「す、すみません! 荷物は大丈夫です……!」

「? そうですか、失礼しました」


 ではこちらへ。彼女は小さくそう言って、俺の前を歩いていく。受け答えがどうにもたんぱくで味気ない。なんというか……機械としゃべっているようなかんじだ。


 ……もう一人のメイドにも目を向ける。金髪のツインテールに愛らしさを感じる笑顔……彼女の事は知ってる。名前はリサ。ゲームの一週目でお世話になったキャラクターで、魔王戦まで共に戦ったキャラクターだ。それ故にめちゃくちゃ思い入れがある。

 その時の思いもあって軽く会釈をすると、彼女は満面の笑みで微笑み返してくれた。ああ、チュートリアルで仲間になるのは彼女がいいなぁ……そんなことを考えながら、俺は黒髪メイドの後を追った。



~~~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 黒髪メイドについていく俺。長い階段を上っていき、その先で、荒々しい石造りのものではない、本来の王城の姿を目の当たりにする。

 真っ白。その一言に尽きよう。壁は想像以上に真っ白。窓や凹凸、それによる陰影などはあるけれど、基本的にはシミなどない真っ白な壁。逆に床や天井には赤や金と言って色が基調になっていて、とても派手……。この上を歩くのには少し抵抗感がある。なんというか、汚すのが忍びない。


 だけど、黒髪メイドは俺を待ってはくれない。ヅカヅカと先を歩いて行ってしまうし、何だったら俺の後ろにはもう一人のメイド、リサちゃんがいるのでどうにも足を止めづらい。

 ビビりながらも仕方なくついていくと、唐突に黒髪メイドが足を止める。


「付きました。こちらの部屋で、国王様がお待ちです」


 さっと扉のわきにそれるメイド二人。スンとすました顔をして直立……たぶん、俺が部屋に入るのを待っているのだろう。

 何かマナーはあるのだろうか? あまりに失礼な入り方をしてしまって突然切られたりしないよね? そんなことを思って入室を渋っていると、しびれを切らした黒髪メイドがついに口を開く。


「入らないのですか?」

「あ、い、いえ……なんというか、その……」

「王がお待ちですので……」

「そ、そうですよね!」


 内心では焦らせるなと悪態を吐く……が、空気を悪くはしたくないし、ごまかすために愛想笑い。


 しかしまあ、彼女の言う通り。王の機嫌を損ねるわけにもいかない。一度ゆっくり呼吸をして気を落ちつかせ、ドアノブに手を伸ばした。

 部屋にいるのは、使用人一人と兵士が一人。そして肝心の国王だ。部屋の中には調度品の類がなくゴテゴテしていないため、王のきらびやかな格好が一段と際立って見える。


「どうだろうか、勇者殿。これくらいの部屋ならば落ち着いて話もできるかね?」

「は、はい。落ち着けそうです」

「それは良かった。そのようなところで縮こまっていないで、そこに座るといい。その椅子はそなたのための椅子なのだからな」


 物腰柔らかな王の言葉に従って、おずおずしながらも椅子に座る。


「何から話すべきか、まずは……そうだな。私のことを話すべきだろう。私はジュラル三世。この国、グランマイト王国の国王である」

「えっと、ぞ、存じてます」

「ああ、そうか。勇者はある程度この世界のことを知った状態で呼ばれてくるのであったな。では勇者殿よ、そなたの名を聞かせてはくれまいか」

「は、はい。熊野勇樹です」

「クマノ……いや、異世界では姓、名の順だったか。ではユーキ殿」


 その言葉の後に、王の表情が変わる。今までの柔らかな表情とは異なる、威厳を感じる表情だ。しかし、怒りだとか、そういった強い負の感情を向けられているような感じではなかった。


「先ほども申した通り、そなたは我々によってこの世界に召喚された。我々にも事情があったとはいえ、そなたの事情を加味することなく一方的に呼び出してしまった。これを指示し、行わせたのは他ならぬこの私である。責任者として、このことを謝罪させてほしい」


 そして、すまなかったと。少しトーンを落とし、しかしどこか力の入った……感情のこもった言葉とともに、王は深々と頭を下げる。よく知る展開とはいえ、自分より明らかに権威がある人間が自分に対して頭を下げている状況はどうにも慣れない。


「あ、頭を上げてください! 事情はある程度は把握していますから!」


 意図していたわけではないけど、この世界のことはある程度ゲームで予習済みだからな。唐突な召喚は理不尽ではあるけれど、緊急時であれば仕方がない……と、いうのが俺のスタンスだ。

 それにこんなこと、普通じゃ体験できるわけがない。アニメやゲームが好きなら、少しくらいはあちらの世界に行ってみたいなんて願望を持ったことがあるだろう。その願望がかなったというのは、僕のような人間にとってはありがたい話なのだから。


「ああ、ありがとう。その言葉だけでも、幾分か救われた気がする。それでは早速本題に入らせてほしい」


 そして王は話し出す。この世界のことを、そして、この世界で起きた大きな事件のことを……。



~~~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 グランマイト王国。この世界に存在するあまたの国の中でも優れた国力を持ち、世界を引率する国。この異世界のどこかに存在する名もなき大陸の中で、彼らは繁栄と平穏を謳歌していた。

 しかし……いつの日だろうか、この大陸に一つの闇が舞い降りた。それは魔王。魔王は『魔』と呼ばれる瘴気を世界にまき散らした。それはあまねく生物を汚染し、狂わせる。『魔』に汚染された生物は『魔物』と呼ばれ、それらは目につく全てに牙をむき、破壊の限りを尽くした。


 その矛先は、そう遠くないうちに人類にも向けられた。魔物は群れを成し、人に仇を成す。人類も団結し抵抗したが、敵の勢力が増すにつれ次第に人々は劣勢を強いられることとなる。

 そうして世界の半分以上が魔物の手によって奪われた。人類が滅ぶのももう時間の問題であった。グランマイトの初代国王は国の、世界の行く末を嘆き、連夜神に祈りを捧げた。そんな時、彼は天上の神より天啓を得た。


 ――城の地下に眠る神代の石を掘り起こし、その石で、地下に祭壇を作りなさい。そこで聖女に、この術を使わせるのです。


 天啓とともに授かったのは、異界より勇者を呼び出す術であった。王は天啓の通り、王国の地下を掘りぬいて、石造りの祭壇を作らせ、聖女に術を使わせる。すると、聖女は一度光に包まれ姿を消し、その少しあと、勇者と思わしき若者とともに祭殿に戻った。

 まだ幼さの残る勇者であったが、その者は魔を打ち払う力を以て徐々に力をつけていき、ついには魔王を打ち取った。勇者は大陸に平穏をもたらしたのち、異界に帰り、その英雄譚は後世まで語り継がれた。


 しかし、まだ脅威は潰えてなどいなかった。『魔』はその後もこの世界に残り続けたのだ。それだけにとどまらず、『魔』は数十年周期で世界のどこかに収束し、魔王となって人類に敵対する。そのたびに彼ら人類は勇者を呼び出した。


 これは、魔王と人類による、未来永劫続く戦争の物語である。



 と、いうのが、ゲームで語られたこの世界や魔王に関する概略。王から受けた説明もこの概略と遜色ない。俺が呼び出されたこれも例に漏れず……。


「数ある勇者召喚のうちの一つ……。俺はたまたま、今回それに選ばれただけということ、ですかね」

「大雑把にはその通りだ。しかし、たまたまの一言で片づけるほど、勇者の選定基準は緩くはない」

「え?」

「勇者に選ばれるには、この世界を愛し、大切に思う人間である必要があるのだ。また、悪行を行うような人間もまた、選定されることはない。清らかな人間であることもまた選定に必要な基準ということだ。これは我々人間では遠く及ばぬ存在……神によって選定される。つまり、そなたは神に、その愛の深さと清らかさを認められたということである。自らを卑下することはない」


 ……知らなかった。ゲームでは語られなかった設定だ。しかも『神に認められた』ときた。偶然抽選に当たってしまったくらいの感覚だったのだけれど、そういわれるとなんだか特別感があって……悪い気はしない。

 

「さて、事情の説明はあらかた終わったか。これまでの話の中で、何かわからなかったことはあったか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。では我々グランマイト王国がそなたに対して行う支援に関する話に移ろう」


 支援。そう、支援。あたりまえだけど、召喚した勇者に装備も金も持たせずに外へとほっぽり出すようなことが起きることはない。勇者を不当に貶めるような頭のいかれた王様ではないのだ。


「三日後、ユーキ殿には城を出て、魔王を討伐する旅に出かけて貰おうと我々は考えている。勇者を筆頭とした少数精鋭の特殊部隊のようなものだ。その際には、我々よりいくらかの金と装備を渡そうと考えている。どれほどの金額を渡せるかは……あまり多くは渡せないとは思うが、少なくとも衣食住に困らない程度の額は渡せるだろう」


 渡される金額は覚えてる、2000ガルトだ。このガルトというのが、この世界で使われている貨幣の名前。

 2000ガルトというのがどれほどの貨幣価値なのかは正直ゲームをやっていてもあまり分からない。2000ガルトで衣食住には困らない生活ができるのか……。


 ああいや、お金の問題はいずれはその時になってからでも問題はないだろう。それよりも今は大事なことが……。


「あとは、そうだな……。ユーキ殿はこちらとは異なる国、異なる世界からやってきたのだ。多少の知識を授かったとはいっても、金銭価値や国の情勢、こちらの常識などにはさすがに疎いだろう。故に、ユーキ殿の旅をサポートする人間が必要なはずだ。勇者殿の旅路を導く者……すなわち『案内人』だ。そなたの旅にはそのものが付き添うことになる」


 そう、これ。これだ。俺が求めていたものは。


 ある時はゲームの進行に必要なことを教えてくれるチュートリアル役のキャラクターとして、ある時は戦闘のコツや攻略のヒントを提供するお助けキャラとして、そしてある時は、戦闘に加わって直接的に主人公のアシストをこなす超万能なサポートキャラ!

 それが『案内人』。俺をここに連れてきてくれた二人のメイドを覚えているだろうか? そう。どちらかがチュートリアルキャラとして選ばれるという話。ゲームのランダムイベントがこっちでも適応されるのであれば、二人のメイドのうちどちらかが『案内人』に選ばれる。


 あそこには俺の押しキャラの一人、リサちゃんの姿があった。リサちゃんが選ばれる確率はすなわち二分の一……何なら黒髪メイドはゲームには出てこなかった、それを考慮したら、もしかしたら……あり得る話だ!


「それでは、ユーキ殿に今回の案内人を紹介しよう」


 そう言うと、王が手を打ち鳴らす。入室の合図だろう。


 さあ、来てくれリサちゃん……。また俺と一緒に世界を救う旅に出よう……。


 そんな俺の望みとは裏腹に、扉の向こうから聞こえた返事は、無情にも無機質な、たんぱくな、機械的にすら聞こえる声であった。

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