07.横槍
「もしかしたら、下水道にも、先に誰かが侵入している可能性が」
そう言うとジンは、ザッカーマンに連絡を取ろうとするが、シンユエに阻止される。
「どうせ、アイツなら大丈夫ヨ。ヤバくなったら、あっちから通信掛けてくるネ」
「そんな無責任な――」
彼の言い分は聞かず、シンユエは開錠済みの自動ドアに指を挟み、ドアを押し広げる。
「それよりも、先を越されるのを心配するほうがいいヨ。唯一の手掛かりが無くなったら、報酬もパーでアイツ怒り狂うネ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
監視カメラの感知範囲を可視化する眼帯を、ジンも慌てて取り付けて、何の迷いもなく奥へと進むシンユエの背中を追いかけていく。
受付を乗り越えると、左手に地下へと続く階段がある。が、それには目もくれず、当初の予定通りにフロントの反対側に位置する、二階へ上がるための階段を目指す。
一階には手前から応接間や営業部門、そして休憩所がある。
二人はセンサーに照らされないように、慎重に歩みを進め、休憩所の手前までたどり着いていた。
フロントの自動ドアが、ピッキングされていた事以外、侵入者の痕跡は今のところ見つかっていない。ただ、シンユエは長年の勘から、侵入者がまだ建物内部にいると感じていた。
「ここから先、怪しいネ。銃抜いておくといいヨ」
「シンユエさん、すみません。銃は――」
「あぁ、そうだったネ。久しぶりで忘れてたヨ、それならコレ持っておくといいネ」
保護ケースに小分けに収納された、何かの薬品が詰められた薄いガラスの小瓶をジンに手渡した。
「ソレ、すぐ割れるから取り扱い注意ネ。もしも、服に掛かったらすぐ脱がないと、大変なことになるヨ」
ジンは、その忠告を聞くと細心の注意を払って、保護ケースを腰のベルトに取り付ける。
それを確認すると、シンユエは広間になっている休憩所へと近づいていく。
前方には二階へ続く階段が見えているが、左手にはガラスのパーティションで区切られた休憩所が広がっており、そこから階段へと向かう者の姿は丸見えになってしまう。つまるところ、そこは二階へと向かう侵入者を監視するのに、絶好のポイントであった。
シンユエはジンの方に振り向き、深く息を吸い込み、唇をジッパーで閉じるように指を滑らせる。
ジンは彼女に倣い、深呼吸して息を止める。
すると、シンユエは腹這いになり床に耳を当てる。
ギギッ…ギシッ…
微かだが、靴底の擦れる音が聞こえる。
想像した通り、何者かが階段へ続く唯一の道を、監視しているのだ。ここから、一歩でも足を踏み入れれば、ハチの巣にされることは確実だろう。かといって、ここで足踏みしていれば、目的のデータを得られないだけでなく、二階から敵の別働隊が合流してしまう確率も高くなる一方である。
二階へは階段の他に、エレベーターを使って昇ることもできる。ただ、その内部と搭乗口では監視カメラが常に目を光らせている。さらにその問題を解決したとしても、周到に休憩所で待ち伏せを行う程の相手が、エレベーターに監視を付けないはずがなかった。
しかし、そんな相手だからこそ、それが突破口になるのだ。
シンユエはジンにハンドサインを送り、エレベーターの搭乗口近くまで退却する。
「ジン君、そこの監視カメラとエレベーターの中にあるやつ、どうにか無力化できないカ?」
「数分なら、コレで監視カメラをシャットダウンできます」
そう言いながら、ジンはベルトポーチから、アンテナの付いた小型の箱を取り出す。
「このジャマーを起動させれば、センサーを無力化しつつ、警備室に送られる映像も途切れます。効果は、3分間続きます。これは、監視カメラの故障による誤報を避けるため、警備会社に通報されない最低限の時間です。強力なジャミングなので、通信機も機能しなくなりますよ」
「それの効果範囲はどれくらいネ。あと、いつでもジャミング切れるノカ?」
「この建物は4階に警備室があったので、上下に5階分は届くようにしてあります。それに、任意のタイミングで起動と停止が可能です」
「さすが、ジン君ネ。なら、ワタシの合図でソレのオンオフ頼むヨ」
シンユエは、ポーチから液体の詰まった二本の瓶と、空のペットボトルを一本取り出す。手早く瓶のゴム栓を開け、ペットボトルに注ぎ込み蓋を閉じると、ジンに目配せをする。
その合図を確認し、彼はジャマーを起動した。
小さくキーンッと鳴ると、監視カメラの感知範囲が消滅する。
それと同時に、シンユエが昇降ボタンを押すと、一階に待機していたエレベーターの扉が開く。
素早く二階のボタンを押し、混ざり合った液体の封入されたペットボトルを放り投げ、閉まりかけたドアから逃れる。
エレベーターの現在地を示すパネルが、1から2に変わったのを確認し、彼女はジャマーを消すように合図する。
「ジン君、足音立てずに急いで休憩所まで戻るヨ」
そう言うや否や、シンユエは廊下を滑るように進んでいく。
ジンもどうにか遅れを取らずに、その背中を追いかけ休憩所までたどり着いた。
カツッ――カツッ――
休憩所から、二人分の足音が聞こえてくる。
どうやら、作戦は成功したようだった。
すると、彼女はサイレンサーの付いた拳銃と、鈍く光る金属と液体が入ったカプセルを取り出し、ジンにもう一度ジャマーを起動するように合図する。
キーンッ
その起動音と共に、シンユエはカプセルを放り込む。
空中で金属と液体とが混ざりあい、一瞬、閃光が走る。
二人はそれを確認し、休憩所に躍り出た。
足音の通り、兵士は二人。
どちらも光を直視したようで、足元がおぼついていない。
パスッ、パスッ
乾いた音が連続して聞こえ、兵士の露出した首元から血が噴き出してくる。
飛び出したはいいものの、倒すべき獲物がいなくなり、ジンは所在なさげだった。
「アララ、出番なくなっちゃったネ。ジン君」
そんな彼の姿が可笑しいのか、薄暗い照明に浮かぶシンユエは、笑い声を必死に抑えるために両手で口を覆っていた。
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