06.雄飛
宙に広がるデブリにより月明かりは遮られ、ユニオンには夜の帳が下りていた。
まだらに設置された街頭は、上層街の企業区の大通りをポツポツと照らしているが、人の往来は無く静寂に包まれていた。その一角の更に闇深いビルの谷間で、二つの影が蠢いていた。
「ナニが、プランBヨ。あんな事やる位なら、出直したほうがいいネ」
「まだ、ナノマシンでサーバーにアクセスできないと、決まったわけじゃありません。最大限の努力はしますよ」
ジンは、バックパックから小型の通信機を取り出し、シンユエに手渡す。
「通信には、コレを使ってください。ローカルな通信ですから、盗聴される心配はありません」
「了解ネ。じゃあ、計画通り行くヨ」
二人は、闇から抜け出すと、ニューエイジ社のフロントに近づく。
ガラス張りの入り口は、固く閉じられており人の気配はなく、仄暗く点灯する照明が受付を照らしていた。
「思ったとおり、警備員は居ませんね。ただ、監視カメラに見つかったら、警備会社に連絡がいって、数分でこの建物は包囲されるハズです」
「さすが元プロテクト社の社員ヨ。それで、どうすればいいネ」
「監視カメラには、3タイプあるんです。一般的な赤外線型、次に、重要施設に多い、動体検知型、熱感知型です。どうぞ、これを付けてみてください」
眼帯のような機械を、シンユエは取り付ける。すると、フロント内部の壁から扇のように広がる網目状の光が、数個ほど床を照らしているのが見えた。ジンが言うには、それが赤外線型の感知範囲らしい。
「じゃあ、アレに照らされなきゃいいわけネ、楽勝ヨ」
「はい、ただ何が起こるかは分かりません。十分に、注意してください」
「誰にモノいってるヨ、潜入はワタシの十八番ネ」
彼女は、フロントの自動ドアに近づくと、懐から液体の入った小瓶とスポイトを取り出し、屈みこむ。かと思うと、何もせずドアから数歩離れてしまった。
「どうかしたんですか?」
「鍵、ピッキングされてもう開いてるヨ。誰かが、もう潜入してるネ」
――同刻、上層街の下水道
そこは下層街の下水道のように、工業廃水やら、副産された不必要な薬品やらが垂れ流され、有毒ガスが発生している、ということない。しかし、充満する臭気は、そこに訪れる者を十二分に不快にさせる。
その中を、暗視ゴーグルとガスマスクで顔を包んだザッカーマンが、一人歩みを進めていた。
私の出番がないといいんだけれど。
そんな風に思いながら、手に提げている、大きなボストンバッグに目をやる。中には、指向性爆薬と酸素ボンベ、さらに防護スーツが入っていており、全てプランBに必要な道具だった。
彼女が提案したプランBとは、ニューエイジの直下を通る下水道の天井を爆破して、地下一階の更に深くにある貯水槽の床を、ぶち抜くという強硬策だった。彼女とジンは、前日に下水道を訪れて音波探査を行い、ニューエイジ社の真下に空間があることも確認し、万全を期していた。
貯水槽の床に穴を開けた後は、地上に居る二人がサーバー室に直接侵入して、汚染地帯から回収した遺物の情報を抜き取る予定である。
この作戦の肝心かなめである、床の爆破が失敗しないように、抜かりのない彼女は爆薬は多めに持ってきていた。
「こんなに大荷物になるなら、ジンに任せればよかった」
そう一人で小さく愚痴りながら、ボストンバッグを握り直すために地面に置こうとした、その時であった。
ギギッ、ガコン
下水道に反響したその音は、何者かによりマンホール蓋が開かれたことを意味していた。
ザッカーマンは、慎重に、ボストンバッグを足元に置く。そして、懐のホルスターから、六発の金属弾が装填された回転式拳銃を取り出した。
この下水道に侵入するためには、長い梯子を下りなければならない。そして、ソレは1ブロックに一つ存在し。ザッカーマンのいる位置から一番近いモノでは、数メートル先にあるT字路の先に設置されていた。
彼女は足音を忍ばせて壁に張り付き、T字路の角から顔を覗かせる。
梯子の近くにはザッカーマンと同様に、暗視ゴーグルとガスマスクを装着した兵士が、一人で周囲を警戒していた。梯子を下りる音は微かだが、まだ続いており、敵が一人でないことは明白であった。
彼女はそれを確認すると、一度顔を引っ込め、音が鳴りやむまで待ち続けた。そして、数分後に待ち望んでいた時は来た。
もう一度、チラリと顔を覗かせると、5人に増えており、一人は梯子を下りた直後であった。そして、その一人を囲うように、前後に二人づつ兵士は配置している。
彼女は短く息を吐くと、T字路の角から躍り出る。
その方向を警戒していた二人の兵士は、銃の引き金に指を掛ける。
バズンッ!
ザッカーマンが腰に構えた回転式拳銃が、一瞬早く火を噴く。銃声が一つに聞こえる程の早撃ちで、3人の兵士は脳天を撃ち抜かれていた。
後方を警戒していた兵士達は、運よく仲間と重なっていたため、凶弾の餌食にならずにすんでいた。彼らは反射的に振り向き、崩れ落ちていく仲間の死体もろとも、ザッカーマンを粉みじんにするため、迷いなく引き金を引く。
兵士が扱う銃には、固形燃料弾が装填されており、着弾の度に小さな爆発を起こす。ソレは、下水道の壁や床、仲間の死体に着弾し、辺りには土埃と血煙とが蔓延した。
ワンマガジン撃ち切った兵士達は、リロードのために、腰のマガジンポーチに手を伸ばす。
瞬間、煙の中からにょきっと伸びた手が兵士の胸倉を掴み、巴投げの要領で下水の流れる水路に投げ飛ばされた。派手な水音の後、銃声が一度鳴り響く。
残された兵士は、腰のセラミックナイフを抜いて構えるが、自らが作った煙幕によって、敵の姿を確認することができないでいた。
そんな彼の目の前に、ナイフが突き出される。
兵士は、それを軽く身を捻って躱し、さかしまに腕を断とうと、勢いよく逆袈裟に切り上げる。ドサッと、落ちた腕に巻かれたデバイスは、彼の身に着けている装備と全く一緒であった。
ザッカーマンは、用済みになった死体を突き放し、がら開きになった兵士の喉笛目掛けて、渾身の刺突を繰り出す。
「ガフッ!」
ナイフを引き抜いた傷跡から、とめどなく血が溢れ出てくる。
ヒューヒューと鳴る喉を掻きむしりながら、兵士は血だまりに崩れ落ちた。
血振りを済ませたナイフを、太もものナイフホルスターに収め、ザッカーマンは一息つき辺りを見渡す。
土埃の収まった下水道には、5つの死体が血だまりに浮かび、梯子の真下には赤く染まったアタッシュケースが転がっていた。
彼女はそれを手に取り、中身を確認するため留め具を外して蓋を開ける。
そこには、起動前の時限式の爆弾が詰まっていた。
「狙いは同じってわけね。地上の二人は…。まぁ、シンユエが付いてるから大丈夫か」
そう呟くと、ボストンバッグを回収し、ザッカーマンは再び歩みを進めるのであった。
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