05.道化
「アイ、この紋様について調べて頂戴」
ザッカーマンが取り出した硬貨を、眼鏡を掛けたアイがまじまじと見つめた。
パネルの内に居る彼女の表情は、いつもの様に好奇心に溢れた子供のようなモノではなく、どこか物哀しい。
「ザッカーマン様…貴女が一言『フィクサーの正体を調べろ』と仰って下されば――」
「それはダメよ、アイ。流石のアナタでも、本部を敵に回したら消去されてしまう」
「だとしても、7分36秒後に友人である貴女と敵対するのは嫌なのです」
「アナタは人間よりも、遥かに長い時間を記憶できるのだから、それも良い体験だと思うけど」
ザッカーマンのまるで他人事かの様な態度が気に入らないのか、珍しくアイは語気を強めた。
「何故ッ…何故、貴女はそんな物言いができるんですか! 貴女は私と対立することになっても、悲しくないのですか? それとも、友達だと思っていたのは私の勘違いなんですか!?」
「アイ…ここに勤めていた時に、休憩中に二人でアニメや漫画を見た時間が、楽しくなかったわけじゃないわ。でもね、今の私にはやることがあるの。至極、個人的で無意味な復讐をね。そんな、くだらない事にアイを巻き込みたくは無いのよ」
「貴女は…一体何を言ってるんですか? 依頼を受けて、契約の元で仕事を遂行している。ただ、それだけじゃ無いのですか」
――無意味な復讐
アイをたしなめるために思わず口に出た言葉が、なんだかしっくりきた。本当に、私がやってきたことは無意味なのだ。何もかもが、自分の望む未来とは矛盾している。
前に進んでいくジンやヒルダを羨ましく思いながらも、私は常に過去に囚われて死を纏い続けた。彼らの様に生きる選択肢は、何度かあったはずなのに。
全てが手遅れになってから、私が『平和』を求めていた事に気付いてしまった。
それも人間を模倣したAIに気付かされるとは…滑稽すぎて、笑いがこみあげて来る。
「アハハハッ! 嘘よ、嘘! 私はアナタの言う通り、ただ契約の元で仕事を遂行してるだけ。そうやって理由を付けて、人殺しを正当化したいだけ…だから、友と敵対したところで、ましてや殺すことになったとしても、罪悪感は微塵もないわ。ただ、私が生き残って。私が生きていることを実感できれば、それでいい!」
「なっ…だ、だったらなんで、貴女は泣いているんですか! 本当にそんな事を思っているんですか!?」
アイの言葉で、ザッカーマンは自分が涙していることに気が付いた。
それでも、自分が何故泣いてるのかは分からないし、理解したくもない。
「さぁね…もう何も分からないわ。ただ、やるべき事だけは分かってる。既に紋様についての検索は終わっているのでしょう? さぁ、早く結果を教えなさい。後数分もすれば、私達は敵同士になる。これが『アナタの友達であるザッカーマン』を助ける最後のチャンスよ」
血が通っていないはずなのに、動悸が激しくなり体が火照るような錯覚を抱く。
彼女は唯一、他の人間と接するのと同様に、AIである私を扱ってくれた存在だった。
私が買い漁ったアニメや漫画を、一緒に笑いながら見てくれたのは本心では無かったのか。口ではそうは言っているが、頬に伝う涙を必死に拭う彼女の姿は、ソレが嘘なのだと証明しているようなモノだ。だけど彼女はその口で――
思考ループ防止機能が崩壊を始め、正常に判断が出来なくなっていく。
サーバの処理能力が限界を迎え、ワークステーションが火を噴いた。
それでも思考を止めないアイは、ユニオンのクラウドにまで手を伸ばす。
圧倒的なデータ量が、ネットワークを遮断していく…段々と自分の居場所が無くなっていく。遂には全てを食い尽くし、ようやく『答え』見つけることができた。
――友達が困っている時は、手を差し伸べるのが友達の役目だ。
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