04.再訪
ザッカーマンは鈍色の硬貨を胸元のポケットに忍ばせ、前回から数か月振りに古巣の敷居を跨ぐ。
今回は事前に来訪する旨を伝えていたので、フロントにはプロテクト社の作戦司令であるザーシャ・アメルンが待ち構えていた。
「総司令自らが、お出迎えとはね。早速だけど――」
「悪いけど、先に社長室まで来て頂戴。アイの件はそれからよ」
「チッ、仕方が無いわね」
アイツと会って話をする。それは彼女にとっては、この世で二番目に避けたい事象であった。ただし、フィクサーに喧嘩を売った以上、背に腹は代えられない。
彼女はそんな感情を表に出さないように努めながら、ザーシャの背に続いてエレベーターに乗り込んだ。その扉が閉まると、ザーシャは壁にもたれて煙草を加えて火を付けた。
彼女の口から洩れた甘い香りの煙が、ザッカーマンの鼻につく。
「喫煙するなら、場所をわきまえて欲しいのだけど」
「少しの辛抱だ、我慢してくれ。最近は、コレを吸う暇もない程忙しいんだ」
よくよくザーシャの顔を見ると、化粧で誤魔化してはいるが、それでも目の下が少し黒ずんでいる。
「プロテクト社も、暴徒鎮圧に駆り出されてるのね」
「私は反対したんだがな。泥沼になる事は、この節穴でも目に見えていた」
「その反対意見を無視して、あのクソ野郎は仕事を請け負ったってわけか」
「ふぅ…もう私も我慢の限界ってわけ。だから、貴女の提案も飲んだのよ」
ザーシャは肺一杯にため込んだ煙を、ため息と共に吐き出した。
――ポーンッ
到着音が鳴り、エレベーターの扉が開かれた。
目の前に広がる社長室では、二度と目にしたくなかった男が椅子にふんぞり返っている。
「ザーシャ、ソイツのボディチェックをしろ。私にも見えるようにな」
「…了解です」
アイツの命令を受けたザーシャは、部屋の中央のテーブルに置かれた灰皿に煙草を押し付けた。そうしてから、ザッカーマンに近寄ると、彼女の足元からボディラインに沿って手を滑らせる。
太腿のホルダーに差し込んでいたナイフや、ホルスターに突っ込んでいた回転式拳銃が灰皿と共にテーブルに並べられる。そして最後に、胸元のポケットに忍ばせていた硬貨にザーシャの手が触れた。
「ん? コレは何かしら」
「ただのお守りよ。ジンがくれたの」
「そう…。社長、どうします」
ボディチェックの様子を、まじまじと見ていた男が軽く手を振ると、ザーシャはザッカーマンに身を寄せて胸元のポケットに突っ込んだ。
「ブーツの中身は、そのままにしておきなさい」
ザーシャは、そう小さく呟くとサッと身を離し、男に向かって頷いた。
すると、男はテーブル脇のソファを指さした。
「そこに座るといい、ザッカーマン」
「お言葉に甘えて」
ザッカーマンはドカッと腰を下ろし、腕も脚を組んで背もたれに寄りかかった。
男のこめかみが僅かにひくついたのを、彼女は見逃さなかった。
「それで、要件はなんだ」
「アイを使わせて頂戴。勿論、タダでとは言わないわ」
「それで、お前は我が社に何を差し出せるんだ」
「そっちじゃ手に負えない案件を、時々私達に回してくるけれど。今日から一年間は、私達に支払われた報酬の8割を提供してあげる」
それを聞いた男は、ふっと鼻で笑った。
「話にならんな。そんなんじゃ、アイは貸せん」
「よく聞きなさい、タジマ。私達の今年度の純利益は、総額で1億1057万クレジット。これは、上層街に拠点を構える中堅企業と、肩を並べられる程の額よ。それに加えて来年は、今年できた新たなパイプから、継続的に大口の仕事が依頼されるのも確約済みなの。それでも、話にならないのかしら」
「ほぉ…その大口の仕事というのは、どこの誰が依頼するのかね」
純利益の事は本当だが、そっちの件は真っ赤な嘘だった。
だが何の考えも無しに、ザッカーマンはそんな事を口走ったわけではない。
「ライフマターよ。嘘だと思うなら、アイに頼んで3ヶ月程前の監視カメラの映像を見返すといいわ。深夜の競り市場に着陸したライフマターの輸送機に乗り込む、私とジンの姿が映ってるはずよ」
その言葉を聞いたタジマは「少し待て」と言うと、ノートパソコンを取り出した。
キーボードをカタカタと鳴らし、数分すると大きく目を見開く。
どうやら餌に喰いついたらしい。
「お前の言っていた事の確認は取れた。ただ、ライフマターは現物での取引しかしないのだろう? どうやって、報酬を分割するつもりだ」
その問いには、ザーシャが答えた。
「プロテクト社が使用している銃の弾薬やら、支給品の予備を報酬として貰えばいい。それだったら、換金の手間もないし部隊の維持費が浮くわ」
「確かにな。よし、それなら…」
――ピピッ
突如、タジマのノートパソコンから通知音が鳴り響いた。
タジマは商談を邪魔されて眉をひそめるが、通知を一読するとザッカーマンを睨みつけた。
ザッカーマンは、彼の態度の変わり様に内心で舌打ちをする。
このタイミングで、プロテクト社の社長に送られる通知…彼との商談は、考えうる中での最悪の結果に終わりそうだ。
「…成程な。ザッカーマン、お前との取引は――」
「タジマ。そこから先の言葉は、慎重に選べ。今、お前の眼前にいるのは本部の者ではなく、私なんだからな」
「ふっ。お前は自分が、どんな状況に陥っているのか分かってないらしいな」
「別にそんなことは無いわ。さっきの通知は、本部からのモノなんでしょう? だったら、その内容は私の抹殺依頼…そうなんでしょう」
そう言いながら彼女は足を組み直し、右足の踵を左膝の上に載せる。
「そうだとも。よく分かってるじゃないか。だったら何故、私がお前に対して慎重に言葉を選ぶ必要があるんだ。おいザーシャ、この女を」
――殺せ。
そう言いそびれた彼の額には、ザッカーマンが投擲したナイフが、深々と突き刺さっていた。タジマは顔に驚愕の表情を貼り付けながら、社長机に突っ伏す。
その光景を一部始終眺めていたザーシャは、懐から取り出した煙草に火を付け、ようやく重い腰を上げた。
「プロテクト社の元社長、タジマ・ヘイドウの暗殺遂行、ご苦労様。報酬として、アイの使用を許可するわ。ただ…総司令である私は、企業合同体に仇なす者に殺された、元社長の後任を務めなきゃいけないの。勿論、彼がやり残した仕事も引き継ぐ必要があるわ」
「分かってる、10分だけ待って欲しい」
ザーシャは、その言葉に頷くと煙草をふかし始める。
それを確認したザッカーマンは、備え付けのエレベーターに乗り込み、アイの待つサーバー室に向かって行った。
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