13.泡沫
「伝えておいたドレスコード、守ってくれてるといいんだけど」
シャークスキンで仕立てられたグレースーツに身を包むジンは、上層街の小洒落たレストランの前で待ち合わせをしていた。彼の手には、紙袋が提げられている。その中身はガラスケースに入れられた、正真正銘の生花であった。
「寒くなってきたな」
夏季が終わり、ユニオンには冬季が近づいている。
昼間はそれほどでもないが、夜にはぐんと気温が下がる日が多くなってきた。
プレベントから持ち帰った花が心配になり、彼は紙袋の中を確認する。
「萎れてないし、発色もそのまま。コレ、どんな技術が使われているんだ」
花だけでは報酬に見合わないと言われ、カミラから半ば強引に押し付けられたガラスケースは、内部を環境を一定に保つことができる代物だった。これなら、ユニオンでもこの花を育てる事ができる。
「おーい、ジン君」
名前を呼ばれた方を見ると、彼女の姿が目に映った。
花柄の刺繍されたレース袖のブラックドレスは、引き締まった体をより優雅に強調する。そして、ドレスのスリットから見える白い生足が、彼女が纏う妖艶な雰囲気を引き立てている。
「よかった。ドレスコードはバッチリですね」
「開口一番にそれは無いヨ。違う感想を期待してたネ」
「アハハ…」
本当は綺麗だと言いたかったが、シンユエに改めてそう言うのは、なんだか気恥ずかしいかった。
「とりあえず、中に入りましょうか。その恰好じゃ、外は寒いでしょうし」
「それじゃ、エスコートお願いネ」
差し出された彼女の手を取り、ジンは歩調を合わせてレストランの中に入って行く。ウェイターに名前を告げると、予約していた最上階の席へと案内された。壁一面がガラス張りで、ユニオンの夜景がよく見える。
「ここから見ると、この街も案外綺麗ネ」
「気に入ってくれて、よかったです。さぁ、どうぞ座って」
「ん、ありがとネ」
シンユエを椅子に座らせたジンは、自分も対面の席に着く。
すると、絶妙な間でウェイターがやって来た。
「お飲み物は、赤と白どちらに致しましょう」
「それなら、今日のメインディッシュを、教えて貰えますか」
「本日はライフマターから取り寄せた、最高品質の牛肉を使ったサーロインステーキとなっております」
「だったら、赤ワインしかないネ。ジン君もそれでイイ?」
ジンが頷くと、ウェイターは一礼して二人から離れていった。
「それで…今日はどうして、私をこんな所に呼んだネ」
「まぁ、その理由は後で話しますよ。それより、まずはコレを受け取ってください」
ジンはそう言うと、紙袋の中身を慎重に取り出し、彼女の前に差し出した。
ガラスケースに入った、小さな鉢に植えられたサンダーソニアは、一気にシンユエの心を奪ったようで、彼女は声も上げずにしばらくその黄色い花をうっとり見つめていた。
「本物の花なんて、初めて見たヨ。どこで、手に入れたネ」
「依頼の報酬として、受け取ってきたんですよ。その…シンユエさんが喜ぶと思って」
そう言いながら、ジンは頭を掻いていた。
やはり、はっきりと言葉にすると恥ずかしくなる。
「そうなのネ。仕事以外で、ここまで好意を寄せられたこと無いから、素直に嬉しいヨ。」
「仕事」と口にしたシンユエは、どこか愁いを帯びた表情をしている。
彼女と付き合い初めてから、何度かその表情を目にした。
それはいつも決まってジンが、彼女を思ってなんらかのアクションを取った時に見られた。
その度に、彼女は何処かに消えてしまいそうで、ジンはその不安に苛まれた。
だからこそ、今日という場を用意したのだ。
「シンユエさん。もし良ければ、私達と一緒に働きませんか」
「アイツの事務所で? うーん…いくらジン君のお願いでも、それだけは嫌ネ」
「どうして、そんないがみ合うんですか。二人共、心根ではお互いを――」
「思っているわけ無いヨ。アイツと私の共通点は、イカれた人殺しってことだけネ。だから、考えている事が、なんとなく分かるヨ。だけど、そこに馴れ合いの感情は無いネ」
早口にそう言い切ると、プイッと横を向いてしまった。
隊長の事となると、いつも子供っぽく意地を張るのは何故なんだ。
「でも、ジン君と二人で暮らすのは…考えてもいいヨ」
「へ?」
ジンは言葉の意味が理解できず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
そんな彼に、少し頬を赤く染めたシンユエが再度、同じセリフを口にする。
「だから…ジン君となら二人で一緒に、暮らしてもいいって言ってるヨ」
「えっ、いいんですか?」
シンユエは、彼の言葉にコクリと頷いた。
ジンにとっては、夢のような出来事であった。
――ポーン
エレベーターの到着音が、ジンを現実に引き戻した。
その中から、料理を持ったウェイターが現れる。
「お待たせいたしました。ヴィドニー社の熟成ワインと、前菜のカプレーゼで御座います」
ウェイターが前菜とワイングラスをテーブルに置くと、ワインボトルの栓を抜き、トクトクと二人のグラスに注いでくれた。
「じゃ、じゃあ。乾杯しましょうか」
「ふふっ、何を緊張してるネ。手が震えてるヨ」
――チンッ
二人は小さく乾杯すると、それぞれのワイングラスに口を付ける。
ヴィドニー社の熟成ワインはかなりの上物であったが、興奮のあまりジンにはその味がよく分からなかった。
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