11.脱獄
「この惨状も、君の手によるものなのか?」
「違うわよ。ここに潜入した時点で、この状況だった。まぁ…元凶は殺したから、ここにはもう危険はないはずよ」
これまでの経緯をかいつまんで説明する内に、いつの間にか二人は階段までやって来た。
――ガタガタガタッ!
すると突如、地響きと共に廊下の奥から轟音が鳴り響いた。
タイラーが言っていた、トンネルが開通したのだろうか。だとすれば、敵が侵入して来た可能性が高い。
無視して上に向かってもよかったが、ジンとルカによる脱出の準備が遅れていた場合、敵と地下一階で交戦するかもしれない。現状、そこに駐留されている特殊車両だけが、確実な脱出手段なのだ。戦火に巻き込まれて、破壊されるのは防ぎたかった。それに、いくら命を救ったからといっても依頼人が、シンビオーシスの側につかないとも限らない。
「貴方は、先に行っておいて。この階段で、地下一階まで上がって、廊下を左に進めば仲間と合流できるはずよ」
「君は来ないのか」
「私は、音の正体を確かめてくる。30分経っても戻って来なかったら、私に構わず脱出しなさい」
ヤーコフは何か言いたげだったが、ザッカーマンが無理やり上階へと押しやると、諦めて階段を上っていった。そんな彼の姿が消えるまで見届け、戻って来ないのを確認すると、彼女は足音を忍ばせて奥へと進んでいく。
数分、歩みを進めたところで、駅のホームのような場所に出る。そこには列車も人影も無く、ただ地面に敷かれたレールが、ぽっかりと口を開けた漆黒のトンネルの中へと続いていた。
――ズダダッ
その中から閃光と共に銃声が聞こえ、彼女は咄嗟に床に伏せた。
コチラを狙ったものかと思われたが、どうやら違うらしい。
素早く身を起こし、天井を支える太い柱の一つに身を隠して耳を澄ませる。
こちらへ近づいて来る多数の足音に混ざって、キャタピラの駆動音まで聞こえてきた。
流石に戦車までは相手にできない。
ザッカーマンが廊下まで身を引いたところで、丁度トンネルの中から兵士達が現れた。
部隊長らしき男の指示で、兵士達が一糸乱れることなく部屋の中に展開していく。
そんな彼らの装備に、ザッカーマンは見覚えがあった。
「あれはフィクサー直属の部隊じゃない。チッ、ラマンの予想は当たってたのね」
彼らは企業合同が運営するユニオン本部、そしてその元締めである通称「フィクサー」直属の精鋭部隊なのだ。彼らは主に、ユニオンに不利益をもたらす企業への制裁や、重要な戦略資源確保のための先遣隊として動員される。
今回の場合は、後者の理由だろう。彼らは任務達成のためなら、同胞殺しも厭わない。見つかれば、百戦錬磨のザッカーマンでも苦戦を強いられるのは必須だろう。
この場から逃れる隙を突くために、廊下に転がる死体に紛れて彼らの様子を窺っていると、電磁砲を積んだ2台の戦車が兵士に続いて現れた。
「マンティコア…既に完成していたのね」
彼女がそう呼ぶソレは、ニューエイジ社が汚染地帯から回収した、現在は失われた大戦時代の技術が満載された戦車である。そのマンティコアは、銃火器販売および開発の大手企業であるEZフロント社が買い取って、リバースエンジニアリングによって量産を画策していた。
銃火器販売から、兵器販売への転向。それに伴う、経営主任と兵器開発主任のいざこざに巻き込まれたザッカーマンは、事の発端になったマンティコアの恐ろしさも熟知していた。
「アルファは、ギフトの確保。ベータ及びデルタは、追ってくる生物兵器の対処に専念しろ」
部隊長の指示で、一つの生き物のように彼らは動き始める。
トンネルを警戒する部隊は、素早く反転するとすぐさま銃撃を始めた。彼の言う生物兵器が迫っているのだろう。それはザッカーマンも遭遇した化物と、同じ姿をしているはずだ。
だとすれば、あの磁力の壁さえも、マンティコアの大口径電磁砲の前には無力らしい。先ほどから、砲塔が高音を発しながら、何発もの弾丸を撃ち込んでいる。
いずれにせよ、幸運な事に部隊は防衛隊と捜索隊の二つに分かれた。
仕掛けるなら、今しかない。
武器庫から、いくつか拝借していた手榴弾の一つを取り出し、ピンを抜いて放り投げた。
「グレネード!」
敵兵の一人がそう叫ぶと、こちらへ向かっていた部隊が、一斉に柱の影に身を隠した。
ドンッと爆発音が響き渡り、土埃が舞い上がる。
ザッカーマンは続けてもう一つ投擲し、残りはピンを抜いた状態のモノを死体で覆いかぶせた。そして、彼女は背を向けて走り出した。
――ドカンッ
背後から再度、爆発音が響く。
彼らは、すぐには追ってこなかった。
プロ故に、罠を警戒したはずだ。
その隙を突き、ザッカーマンは全速力で走り続け、階段まで戻ってきた。
物陰に身を隠し、一度呼吸を整える。
そこから顔を覗かせると廊下の奥には、隊列を組みながら行進する敵部隊が小さく見えた。もうそろそろ、伏兵や罠などは存在しないことに気づき、スピードを上げて迫って来るだろう。
「ジン。お願いだから、脱出準備を終えていて頂戴」
そう小さく呟くと、大きく息を吸い込み、一気に階段を駆け上がる。
地下一階に差し掛かったところで、下からも階段を上って来る足音が聞こえて来た。
バズンッ、バズンッ!
ザッカーマンは階下に向けて、適当に銃を撃つ。
これで、少しは歩調を緩めるはずだ。
足音を忍ばせて階段を上りきり、積み下ろし場を目指して暗い廊下を走り抜けていく。
「隊長!早く中に!」
食堂を通り過ぎたところで、前方の鉄扉が開かれる。
――ズダダッ
敵部隊が追いついてきたのか、背後から無数の銃声が聞こえ、着弾地点で小さな爆発が起きる。その一つが、彼女の脇を掠め、爆発により小さく脇腹を抉る。
「うぐっ!」
激痛に耐えながらもどうにか、積み下ろし場に滑り込むと、ジンが一気に扉を閉じた。
「痛むと思いますが、耐えてください」
ジンが、軽々とザッカーマンを抱える。
瞬間、傷口から血が吹き出し、あまりの痛みで顔が歪んだ。
声も上げずにそれに耐えていると、シートの敷かれた特殊車両の後部座席に寝かされる。
薄く目を開けるとザッカーマンの傍には、ジンの他にヤーコフも座っており、その奥には食料も積み込まれていた。
「あぁ、そんな…ザッカーマンさん、しっかりしてくだ――うっ!」
彼女の身を案じたラマンが、助手席から身を捩じって顔を覗かせたが、無理な体勢をしたせいか傷口が痛み、腹部を抑えて縮こまってしまう。
「ラマン長官、あなたも起きたばかりなんだから、無理はしないで! それとジンさんは、彼女をしっかり押さえていてください!」
運転席に座ているルカがそう言うと、エンジンが掛り車両が動き出した。
それは徐々に速度を上げ、搬入通路を駆けあがっていく。
「さぁ、かなり揺れますよ!」
バゴンッ
搬入通路から飛び出した車両は、そのまま倉庫の扉を突き破った。
余りの衝撃で、ザッカーマンを押さえていたジンも一瞬体が宙に浮いてしまい、支えを無くした彼女は壁に叩きつけられた。
「ぐはぁ!」
今度ばかりは、強烈な痛みに耐えきれず彼女は気絶してしまうのであった。
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