10.囚人
「それじゃあ、貴方の話だと燃料…ではなくて、充電済みのバッテリーだったわね。それで、特殊車両は動くのねルカ」
「その通りですよ。それと地下一階の保管庫には、非常時用のバッテリーが残っているはずです」
「だったら、貴方達はラマンさんと一緒に上に戻って、脱出の準備をしておいて頂戴。私は、ヤーコフを救出してくるわ。彼が生きていたらの話だけど」
「推測の域はでませんが、囚人達は無事なはずですよ。分厚い2重扉で、各々が牢に閉じ込められていますので」
「それは朗報ね。じゃあ、行ってくるわ」
未だ目を覚まさないラマンを、二人で慎重に抱えるジンとルカを残し、ザッカーマンは一人地下へと階段を下っていく。
化物という脅威がいなくなり、ルカがこちらを裏切る可能性もある。ただ、ラマンを救った私達に対し心から感謝しているようで、その兆候は見られなかった。彼にとって、ラマンはよほど大切な存在だったのだろう。
そんな事を考えながら、最後の一段を下りきる。
この階層でも化物による殺戮があったのだろう、左右に続く廊下には点々と死体が転がっていた。ただ、ルカの言った通り、牢屋は一つも開かれていないようだ。
「皮肉な事ね。堅固な牢屋のおかげで囚人は生き残ったのに、外にいた看守は全滅してるなんて」
彼女は生存者による奇襲を警戒し、死体の一つ一つを確認しながら歩みを進め、ついにヤーコフが囚われている牢までたどり着いた。牢の扉は電子ロック式で、4桁の暗証番号をキーパッドに打ち込む必要がある。
「ルカの言う通りなら、確か…1961と」
――ギギッ、ガコンッ、ガコンッ
彼女がその番号を入力し終えると、重厚な扉が自動で開かれ、牢の内部が明らかになる。簡易ベッドと便器だけが設置された、真っ白な部屋だ。そして、その中央にまるで置物のように、やせ細った老人が胡坐をかいて瞑想をしていた。
「あなたが、ヤーコフ・キリエンコね」
反応がない。
本当に生きているのだろうか。
とりあえず、彼を揺り起こそうと一歩踏み出す。その瞬間、彼はカッと目を開き、猛禽類のような鋭い眼光でザッカーマンを睨み付けた。
「お前は誰だ」
「傭兵よ。そして、貴方の弟子だったユーリの知り合いでもある」
「ユーリ…ユーリ・ヴァシレフスキーか! 彼は、生き延びていたのか」
「えぇ、ユニオンで医者をやってるの。私も、何度も彼の世話になってるわ」
ユーリの名を聞いた老人は、少し表情を和らげた。
「ではユーリが、君に私の救出を頼んだのか」
「そう言いたいところだけど、残念ながら違うわ。私はプレベントの巫女から依頼を受けて、『宙への使者』と呼ばれる貴方を救出しに、ココへやって来たの」
「その巫女と言うのは、本当に私の事をそう呼んでいるのか」
「巫女というよりは、プレベントの全国民がね」
「だとしたら…」
彼は小さくそう呟くと、またしても瞑想を始めてしまった。
こちらの呼び掛けにも、反応してくれない。
「困った爺さんね。こんなところ、早々に脱出したいってのに」
彼を起こすのを諦めたザッカーマンは、床に座って銃の手入れを始めた。
ロックスイッチを押し込み、バレルを取り外す。そして、撃鉄を半分引き上げ、シリンダーを引き抜いた。そうやって分解した部品を、ブラシで丁寧に磨きあげ、再度組み上げていく。
すると、ヤーコフが薄く目を開き沈黙を破った。
「回転式の拳銃か…大戦以前の骨董品だな」
「貴方の言う通りよ。でも、その分作りが単純なのがいいのよ。いくら撃っても、弾詰まり一つ起こさない」
「君はソレで、いくつの命を奪ったんだ」
「数え切れない程には」
そう答える彼女に対し、ヤーコフは眉をひそめる。
「悔いているか」
「ふっ、一体何を悔いるっていうの? 必要だったから殺した。ただ、それだけよ」
「私が恐れているのは、ソレなのだ傭兵よ。『必要だった』たったそれだけの理由で、君は数多の命を奪った。君のように理由さえあれば、この世界の多くの住人は迷いなく引き金を引く。私の研究成果がそんな者達に渡れば、何人…いや、何百万もの命が失われてしまうのだ」
「詭弁ね。貴方は命を奪う兵器の開発によって、自分自身の命を繋いできた。それじゃあ、私となんら変わらなじゃない。そうでしょう?」
ヤーコフにそう問いかける、ザッカーマンは片頬に笑みをたたえている。
そして、狂気をはらんだ眼で彼を見つめ、こう付け加えた。
「それでも貴方は、只の人殺しの私とは違う。貴方は他者の死を糧に、希望をもたらす兵器を生み出した。その証明したいのなら、『宙への使者』を待望する者達を信じてみるのも、一興じゃないかしら」
「一興か…まるで他人事のようだな。プレベントが私を裏切れば、お前も犠牲になるのだぞ」
彼の戯言を一笑に付し、ザッカーマンは呪文めいたことを呟き出す。
「執拗なまでの遺物収集、世界の生命線であるライフマター、予知夢により未来を見通す巫女。そして貴方、ヤーコフ・キリエンコの研究成果。これだけ役者が揃えば、決して分の悪い賭けなんかじゃないわ…さぁ、そろそろ時間よ。私と共に、ここを脱出するか。それとも、こんなつまらない場所で野垂れ死ぬか。どちらか選びなさい」
ふぅとヤーコフは大きくため息をつき、重々しく口を開いた。
「分かった。君の賭けに乗ってやろう」
そう言うと、案外しっかりした腰つきで、ヤーコフは立ち上がる。
これなら、彼を担ぎ上げる必要もないだろう。
「しっかり、後ろについて来なさい」
ザッカーマンは地下一階を目指し、ヤーコフを後ろに庇いつつ廊下を前進していくのであった。
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