11.狼煙
「ザッカーマン様、これを見てください!」
ザッカーマンは、用事を済ませたプロテクト社から立ち去ろうとしていた。
そんな彼女のデバイスから、アイの声が聞こえたかと思うと、下層街に設置された監視カメラの映像が映し出される。そこには、スラム街の近郊でホバークラフトから降りてくる兵士達と、ヒルダを抱えて裏路地に逃げ込む、ジンの姿があった。
連絡をしようとしても、彼女の持つ無線は上層街からでは通信範囲外である。
「アイ、これはリアルタイムの映像なのか!」
「その通りです。ですが、この先は監視カメラが設置されていないため、追跡ができません」
「兵士達の行動を監視して、拠点を割り出せるか」
「複数のホバークラフトがスラム街へ向かっているのを、数十分前の映像から確認できました。ある程度なら、絞り込めます」
「それでいい、判明したら連絡をくれ」
そう言うと彼女は、ホバークラフトのエンジンを掛け、上層街の路地を爆走し数分足らずで、ハイウェイに乗り込んだ。
日が落ち始め、焦りばかりが募っていく。
ザッカーマンは街頭に照らされるハイウェイを、制限速度は無視して機体の限界まで速度を上げて、駆け降りていった。
映像中にイレネオが居なかったことも気になる。
ジンが先行しているということは、彼らの部隊が苦戦しているということだ。
ハーメルンとは、思っていたよりも大規模な組織なのだろうか。
こんな時のためにイレネオにも、緊急時にはセーフハウスを使うように言付けていた。
今はあれこれ考える前に、そこに辿り着くことが先決だ。
今やハイウェイを降り、競り市場が目前に迫っていた。
そこには昼間の賑わいは無く、シンと静まり返っている。
ザッカーマンは、市場前の駐車場に機体を停めた。
戦闘の形跡はないが、念のために回転式拳銃を抜き、セーフハウスに近づく。
ギギィ
入り口の錆びついた鉄格子の鍵は外れており、風に揺られている。
ザッカーマンは一層警戒を強め、鉄格子をくぐり抜けて、息を殺して階段を上がっていく。
――カサッ
階上から、何かが擦れる音が聞こえた。
瞬間、ザッカーマンは階段の踊り場に飛び出し、拳銃を構える。
視界には、こちらに銃口を向ける男が映った。
「生きてたのね。イレネオ」
「アンタが居れば、もっと楽になったんだがな。火傷女」
二人は銃を収め、警戒を解いた。
「なんで、入口の鍵が開いてるのよ」
「しょうがないだろ、俺は鍵を貰ってないんだからな」
「ん…あなた達しかセーフハウスに着いてないの?」
「俺たちが、先に着いたってだけだ。ヒルダ嬢もアンタの部下もちゃんと居る」
彼の背に続き、事務所に入ると見知らぬ兵士が3人、外を警戒していた。
ヒルダとジンは、個室の方にいるのだろうか。
「彼らが、アナタの部隊の生き残りってわけね」
「おかげ様で精鋭をかなり失った。お前らが絡む依頼はロクな目に合わん」
「ハーメルンは、そこまで手ごわいの」
「技量はそこそこ、装備は一流だ。普段なら何てことないが、場所が悪かった」
ふと思い返すとニューエイジ社の、マンティコア回収作戦でも、ブロウ社の兵士は四人だけ生還していた。恐らく、スラム街から脱出してきた彼らが、その生還者たちなのだろう。
「ヒルダとジンは、別室?」
「あぁ。ヒルダ嬢が、かなり参っていてな。今はぐっすり眠っているが、心的障害が残るかもしれん。そんで、ジンは彼女の警護に当たらせてる」
ピコンッ!
ザッカーマンのデバイスが光り、下層街の全体図が映し出された。
それには、所々が赤くマーキングされている。
アイの解析が終わったのだろう。
「どうした」
「あなた達と戦った敵部隊が、どこから湧き出たか解析して貰ったのよ」
イレネオ達にも見せるため、パソコンを立ち上げデータを転送する。
下層街は上層街の基礎となっている、貯水基地の周りに群がるようにできた街だ。
その北部はハイウェイが繋がっており、比較的治安がよく交通の便もいい。
競り市場やザッカーマンの事務所も北部に位置する。
逆に南に行くほど治安が悪くなり、その最南端にスラム街があった。
アイが送ってきた全体図では、南西部の二か所と北東部の一か所がマーキングされている。
「普通に考えれば、南西の二か所のどっちかだな」
「だとすれば、可能性が高いのは南側のこっちね」
「なるべくなら、確信を得たい。確実に借りを返してやりたいからな」
イレネオとザッカーマンが、推測を立てていると兵士の一人が割り込んできた。
「あ?どうしたカリナ」
「彼、言ってた。増援はこっちから来た」
そう言って、ジンがスラム街から脱出した地点を指さす。
ジンを追ってきた増援は、スラム街にやって来た最後の部隊だった。
だとすれば、要請があってすぐに駆け付けてきた可能性が高い。ルートを練ってから、スラム街へとやってくる暇も無かったはずだ。
「この方向だと…北東が一番近いわね」
「カリナ。なんかあったら、直ぐに報告しろといつも言ってるだろ!」
「煩いよ、隊長。女の子が起きちゃう」
カリナはそう一言だけ言い残すと、クスクス笑っている兵士達の元へと戻っていく。
いずれにしろ、彼女の助言で拠点は特定できた。
後は乗り込んでヒューゴを救助するだけだ。
「アンタ達も協力してくれるのかしら」
「殲滅後に、現場の物資を全て回収させて貰えるなら構わない」
「ヒューゴの身柄を預からせてもらえるなら、どうぞご自由に。口約束で不満なら、契約書も用意するけど」
「お前は、約束を決して反故にしないんだろ? 契約書はいいさ。それよりも、ここの警備を任せていいか、会社に戻って襲撃の準備をしたい」
ザッカーマンが頷くと、イレネオは兵士を引き連れてセーフハウスから出て行った。
一階の入口まで見送り、予備の鍵を鉄格子に掛ける。
上に戻るとジンが窓の外を眺めていた。
「よく帰ってきてくれたな。ジン」
「隊長。ロイとベスは、私のことを許してくれるでしょうか」
「…さぁな、死人に口なしだ」
ザッカーマンの言葉を聞き、ジンがこちらに振り返る。
彼の表情は、希望と絶望とが入り混じり困惑しているように見えた。
「今日、ヒルダのために銃でヒトを殺しました。でも…その時だけだったんです。今はいつも通り、ソレを手に取ろうとすると、震えが止まらないんです」
「ジン、お前はそれでいいんだ。その感情が、こっち側に来るのを防いでいる。だから、これからも誰かのために銃を手に取れ。その他大勢の始末は私に任せてな」
ジンはその言葉を聞き拳を強く握る。
ザッカーマンは決して口には出さないが、彼女にとっては素手やナイフで人を殺すのも、銃で人を殺すのも大して違いは無い。あるとしても、死の感触が手に残るか、残らないか位の違いだ。
だからこそ、そんな事で悩めるジンの事が気に入っていた。
それ故に、不慮の事故で同僚を殺した程度で、プロテクト社を追われることになった彼と共に、傭兵事務所を立ち上げたのだ。かつての同僚は、仲間思いだの、それでこそ隊長だの言っていたが、断じて哀れみで彼を拾ったわけではない。
自分が、ただの人殺しにならない枷として、一緒にいるだけだ。
仕事の際に口調を変えるのも、依頼者に礼儀を通すのも、一種の儀式のようなものだ。
殺人を仕事と割り切り、決して快楽のために殺戮を繰り返しているのでは無いと、自分に言い聞かせているだけなのだ。それでも、死に触れることで感じられる強烈な生は、日々刻々と己の理性を蝕んでいく。
そんな内なる思いを吐き出したいのを抑え、ザッカーマンが口を開く。
「なんにしろ、今日は疲れた。あなたも早く寝て、明日に備えたほうがいいわよ」
そう言ってソファに横になると、彼女は目を閉じた。
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