10.覚悟
「結局、ハーメルンについて何も情報は得られませんでしたね」
「そうだね…やっぱり、ここじゃないとダメか」
商店街や競り市場で、粗方聞き込みを終えたジン達は、何も成果を得られずにいた。
そして、どうしてもというヒルダに根負けした彼は、スラム街まで足を運んでいた。
戦前に建てられた崩れかけ家々が、両脇に連なる路上では、所々で浮浪者たちが身を寄せ合っている。ここは、下層街の中でも最底辺の者達が集まる肥溜めのような場所だ。
だからこそ、闇に潜む者の情報を集めるには打ってつけだった。
「あぁ…手荒な真似をしても構わない。任務を優先しろ」
先ほどからイレネオは、無線で部下とやり取りをし続けている。
流石のブロウ社でも、ここでの護衛には手こずるだろう。
一刻でも早く、情報をかき集めて立ち去るべきだ。
「ヒルダは、イレネオさんの傍を離れないで」
「わ、分かりました」
友達のためと気丈に振舞ってはいるが、表情は強張り、声は少し震えている。
先ほどから周囲の目が、こちらに集まっているので無理もない。
ジンはイレネオに目配せし、路肩で物乞いをしている男に近づいていった。
「あんさん、何か恵んでおくれ」
目の前に差し出された容器に、幾らかのクレジットを詰めてやる。
「代わりといっては何ですが、ハーメルンをご存じですか」
「へへへ。悪いね、そんな言葉聞いたこともないよ」
「ひっ!」
笑いながらジンを見上げた男の顔を見て、ヒルダが思わず悲鳴を上げる。
彼の右目は空洞になっており、そこから蛆が湧いているのだ。
「おっと、すまないねぇ。驚かせちまった。お嬢さん…悪いことは言わない、ここはアンタみたいなのが来ていい場所じゃないよ――うぐっ!」
その言葉を聞いたイレネオが、突如、男に掴み掛り地面に組み伏せた。
「何してるんですか!その人は――」
「いいや。コイツは危険人物だ、ヒルダ嬢。おい、テメェ! その濁った眼で何故、俺の後ろに居たこの子が、女の子だって分かったんだ。答えろ!」
確かにこの男は、ヒルダのことを『お嬢さん』と呼んでいた。
彼女の見た目は中性的で、一目では女の子だと判別できないはずだ。
「こ、声だよ!うぅ…声で分かったんだ!」
「一瞬の悲鳴だけでか? ふざけたことを言うな、左目も失うことになるぞ」
ナイフを引き抜き、男の眼前でピタリと止める。
彼は喉仏を上下させ空唾を飲み込み、何とか掠れた声を絞り出した。
「す…数日前に、物騒なモンを抱えた兵士達がココで集会したんだ。見知らぬ奴らが現れたり、女の子を連れた奴らが現れたら、金をやるからすぐに連絡しろって」
それを聞いたイレネオは、すぐさま無線を取り出した。
「全部隊!俺たちの周囲で、怪しい動きをしている者を全員射殺しろ!」
ダダダッ!
路地に面する廃屋から銃弾が降り注ぎ、立ち去ろうとした者たちや、なんらかの機器を取り出していた者たちが撃ち抜かれていく。スラム街は瞬く間に血の海へと変貌し、そこかしこで悲鳴が上がっている。
「おい!そいつらの連絡先を教えるんだ!」
「し、知らねえよぉ。俺は嫌な予感がして、集会には直接参加してないんだ」
グサッ!
それを聞いたイレネオは、用済みとばかりに男の脳天をナイフで貫いた。
余りに凄惨な場面を目にしたヒルダは、固まってしまっている。
「イレネオさん、やめさせるんだ!これ以上無駄に人を殺すんじゃない!」
「甘いな、ジン・ユーベルト。俺たちは、既に罠に掛かっている。今、この場を血に染めてでもスラム街から脱出しなければ、命は無いぞ!」
二人が言い合いをしている傍から、異なる発砲音が混ざり始めた。
罠を仕掛けた敵が、イレネオの部隊と会敵したのだろう。
――ズリッズリッ
何かを引き摺る音に気づき後ろに振り返ると、大勢の浮浪者たちが廃車やガラクタで、路地を塞ぎにかかっていた。銃撃で何人もの脱落者が出ているが、それもお構いなしにバリケードが出来上がっていく。
「クソッ!数が多い…第1及び第2部隊はコチラの援護に回れ!残りは、敵性勢力の排除に注力しろ!」
イレネオの命令で、廃屋から7人の兵が集まり前後を固めていく。
今では横道を塞ぐように、浮浪者によってバリケードの作製が始まっている。
ルートを絞り、何処かに誘い込むつもりなのだろうか。
だが、数で劣るコチラはその誘いに乗るしかない。
「ヒルダ!しっかりするんだ」
ジンは、放心するヒルダを抱え、イレネオの部隊と共に行進を始める。
敵兵も路地に姿を現し始め、頭上を弾丸が飛び交っていた。
半狂乱となった浮浪者たちも、こちら目掛けて突っ込んできている。
部隊は今のところは、どうにか対処できている。
しかし、イレネオの様子からするに、かなりの劣勢のようだ。
少数精鋭で護衛をしていたことが、裏目に出てしまっている。
「第2部隊は、弾薬を固形燃料弾に変えろ!廃屋を突っ切るぞ」
遮蔽物となる廃棄物が、散乱する広場まで進軍した彼らは、そこで防衛線を引き退路を確保しにはいる。イレネオも各部隊への命令を止め、銃撃戦に加わり、廃屋を爆砕して道を切り開く第2部隊を掩護した。崩れた廃屋に撤退し、再度防衛線を引きつつ、部隊は後退を続ける。
彼らの防衛線を突破してくる浮浪者が何人かいたが、ジンが近接戦により彼らを粉砕し、何人もヒルダには近づけさせなかった。
ズダダッ!
爆破された壁の先から、数多の銃弾が部隊に降り注いだ。
撤退戦が続き、もう少しでスラム街から脱出できるというところで、先回りしていた敵兵に挟撃されてしまったのだ。退路を確保するために突出していた第2部隊は全滅し、味方はヒルダも含め6人しか残っていない。
「イレネオ、また俺たちだけ生き残っちまったな!」
「ハハハ!確かにそうですねガーランド副隊長」
「黙れガーランド、それにマーカスもだ!」
生来の性なのだろうか、銃弾の雨が遮蔽物を削っていくのにも関わらず彼らは笑っていた。ジンのよく知るザッカーマンも、戦場でこうやって笑う。彼女は、人を殺しすぎた輩にとっては死が眼前に迫っている状況だけが、唯一、生を実感できる至極の時間だと言っていた。
「おい、カリナ!焼夷手榴弾は持ってきてるか」
ただ一人、無言で敵を殺し続けていた兵士が、腰の投擲物をイレネオに投げ渡す。
それを受け取ると、彼は遮蔽の裏でヒルダを匿うジンに近づいてきた。
「今からコイツで退路を切り開く。そしたら、ヒルダ嬢を抱えて、ここから脱出するんだ」
「イレネオさん達は、どうするつもりですか」
「ふん。足手纏いがいなくなりゃ、どうとでもなる。さぁ、行くぞ!」
イレネオは焼夷手榴弾を放り投げ、それ目掛けて固形燃料弾を撃ち放った。
敵の頭上でソレは弾け、地獄の業火が彼らに降り注ぐ。
肉の焼ける匂いが周囲に蔓延し、耳をつんざく悲鳴がこだまする。
彼は続けて、地面に向けて発砲し、爆風により火炎を飛び散らせ退路を作った。
「ヒルダ、掴まっててくれ!」
彼女の目は虚ろだったが、ジンの胸元を握る手が少し強く締まった。
それを確認し、ヒルダを抱きなおすと、イレネオが作った業火の抜け穴に突っ込んでいく。
彼らに追いすがる者達も居るが、味方の援護射撃が障壁となって敵を阻んだ。
ジンは息を切らしながら必死になって走り、スラム街から脱出し下層街の大路地へ飛び出す。
「うっ!増援か」
路地の奥からホバークラフトがこちらに向かって来ている。
すぐさま機体の入り込めない裏路地に入り、後ろを顧みずに疾駆した。
日は傾き始めており、もう少しで夜になる。
そうなれば、闇に紛れてセーフハウスまで撤退できるだろう。
「ハァハァ。ヒルダ、もう少しの辛抱だ」
「うぅ、ひぐっ…ヒューゴ、どうか、どうか無事でいて」
ジンの胸元に顔を埋めるヒルダは、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
無理もない。いくら大人びているとはいえ、彼女はプレベントという鳥かごで育ったお嬢様なのだ。こんな残酷な現実に、耐えられるわけがない。それでも、自身が窮地に陥っているというのに、異国で出来たかけがえのない友達のため、彼の無事を祈る気高い精神を持っている。
こういう子供達が、いつか世界を蘇らせるのかもしれない。
「安心して、絶対にヒューゴを――」
進行方向上にあるT字路が、ライトで照らされた。
ジンは息を殺し、サッと物陰に身を潜める。
足音の数からするに敵は三人。
後方は直線状になっており、身を晒した瞬間にハチの巣にされるだろう。
「ヒルダ、ここから動かないで」
ジンは彼女の耳元でそう囁く。
ヒルダは、小さく頷き不安そうに彼を見つめた。
そうしている内にも足音が近づいてくる。
ジンは音を立てないように、ナイフを引き抜いてその場に屈みこんだ。
敵兵の足が、ぬっと彼の目の間に現れると、迷いなく脛を切り裂いた。
「ぐあっ――くっ!」
傷口を庇うように屈んだ敵の喉輪を引き裂き、こと切れた兵士の胸倉を掴んで物陰から身を晒す。
「うおおっ!」
雄たけびを上げながら、死体を盾にして残りの敵兵目掛けて突進する。
その内一人が体当たりによって吹き飛び、体を建物の外壁に打ち付けられ、銃を落とした。
ジンはそれを、手の届かない場所まで蹴り飛ばす。
ズダダッ!
彼を仕留めようと、もう一人の敵兵が発砲するが、仲間だったモノがズタボロになるだけだった。
銃撃が終わるまでじっと耐え、間隙を突き死体を放り投げる。
これを避けた敵兵がナイフを抜こうとするが、一瞬早くジンが金的に蹴りを繰り出した。
余りの痛みに耐えられず、ガクッと膝をついた勢いを利用して、胸から首にかけて抉るようにナイフで引き裂いた。
「きゃぁ!」
その悲鳴に後ろを振り返ると、ヒルダを肩に担いで、走り出している敵が目に映る。
今からでは、走っても追いつけないだろう。
足元には今殺した敵兵が落とした、自動小銃が転がっている。
――ドクンッドクンッ!
鼓動が高鳴り唇が渇く。
今撃たねば、ヒルダが攫われる。
決心して銃を手に取ろうとするが、しかし――
包帯を巻かれベッドに寝かされた、ザッカーマンの姿が脳裏をよぎる。
「クソッ、クソッ!」
手が震えて、どうしても掴むことが出来ない。
そんな彼の頭に、突如として、その時に掛けられた彼女の言葉が浮かび上がった。
――ジン…お前は、私の命を救ったんだ。これからも、誰かの命のために引き金を引け。
忘れていた記憶が呼び覚まされ、手の震えが止まる。
無我夢中に銃を構え、狙いを付けた。
バズンッ!
放たれた弾丸は心臓を取らえていた。
敵兵の足がもつれ、血の海に沈んでいく。
解放されたヒルダは、血塗れになりながら何とか立ち上がり、ジンに駆け寄って抱き着いてきた。
「うぅ…怖かった」
ジンはそんな彼女に何も声を掛けられず、手に持つ銃を捨てた。
彼は再びヒルダを抱きかかえ、夜の帳が下りた裏路地を駆けていった。
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