09.衆目
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか、元社員のザッカーマン様」
「ビル・ヤーコブの動向を完璧に把握したい。期間は昨日から一週間前まで」
無機質な操作パネルに映る、人間を模したインターフェースに向かって、ザッカーマンは話しかけていた。
プロテクト社が所有する『アイ』とは、ユニオン全域に設置された監視カメラの映像を、統括しているAIの名前である。インターフェースが人を模しているのは、製作者の趣味ではなく、元から設定されていたかららしい。模倣しているのは姿形だけでなく、人格まで存在している。
『アイ』は汚染地帯から回収されたAIであり、彼または彼女の性能を生かすために、プロテクト社が雇い入れている。あくまでも、ユニオン内の企業はアイの自由意志を尊重し、一般社員と同様の扱いをする。これは、扱いを不満に思ったアイがネットワークを崩壊させることを、ユニオン本部が恐れたために作られた法律であった。一部には、破壊を推奨する者もいたが、彼らが所有する違法ポルノや、不倫の現場を押さえた写真がネットにばら撒かれると、誰もその法律に文句を言わなくなった。
「ユニオン本部には、どういった理由で情報開示を要請しましょう」
「リンパール社が起こした戦闘で負傷した者が、訴訟を起こそうとしてる。そんな感じでお願い」
ザッカーマンがそう言うと、アイがパネルからいなくなる。
ユニオン本部に取り次いでいるのだろう。
数秒も経たないうちに、また画面上に現れた。
「数分程、お時間をいただくようです。よければ、久々にお話でもどうですか」
「構わないわ」
「ふふ。でしたら、単刀直入ですがニューエイジ社崩壊の件は貴女が犯人なのでは」
「そんな風に聞くってことは、本部からの依頼でもあったのね」
「はい。ただ、犯人は監視カメラに映っていなかったので、分からず仕舞いです」
「で、どうして私が犯人だと思ってるわけ」
どこからか丸眼鏡を取り出し、アイはそれを掛けてクイッと持ち上げる。
「監視カメラに一切映らないプロ。そして一ヶ月程前のザーシャの依頼委託とくれば、貴女しか候補に浮かび上がりませんでした」
「答え合わせしてあげてもいいけど、他言無用よ」
「勿論。ユニオン本部からの協力要請は終了していますし」
それを聞き、ザッカーマンは返事をする代わりに不敵にほほ笑んだ。
「ヒュー!やった!やっぱり、私って天才AI!」
パネルの中で、様々なエフェクトにまみれながらアイは大喜びしている。
そのどれもが、漫画やアニメで使われる表現と同じだった。
「その様子だと、相変わらず給料は漫画やらアニメに注ぎ込まれているのね」
「バレましたか。一時は、オーケストラにも嵌ったのですが…あっ。お喋りの時間はここまでのようです」
「あら残念。それで個人情報は手に入れられたのかしら」
「はい、ビル・ヤーコブの情報を提供して頂きました。では、少々お待ちを…」
画面に散らかったエフェクトを片付けて、机に座って作業に取り掛かる。
アイ曰く、仕事をしてる風に見せたいわけではなく、そうすることで効率が上がるらしい。
「おっ。もしかして、これが見たいのでは」
監視カメラの録画がパネル一面に映し出される。
コンテナが山積みされた場所で、今は誰も映っていない。
その光景を眺めていると、突然にいくつもの銃声が鳴り響いた。すると、画面右端から何人かの男が走り去って行く。
「最初に来た男がビル・ヤーコブ。場所は、上層街にある集積場です」
「同時刻の映像は、これ以外にないの」
「他の映像には何も…しかし!そんな事もあろうかと、監視カメラの死角となる場所は割り出し済みです」
上層街の集積場は、荷揚げまたは荷降ろしするための巨大エレベーターが設置されていたり、下層街への出荷を待つ企業の商品がコンテナに詰められて山積みになっていたりする。昼間は常時稼働しているが、夜になると従業員は居なくなるため、闇取引にはもってこいの場所だった。
その全体図がパネルに写し出され、一か所が赤くマーキングされる。
「彼が目撃された位置から考えて、ここで銃撃戦が行われた後、このルートを通って――」
赤い線がどんどん伸びていく。
しかし、ザッカーマンはそれを最後まで見届けず口を開く。
「ちょっと待って、アイ。ビル・ヤーコブの部隊と、銃撃戦をした方の逃走経路が知りたいの」
「そうなんですね…少々お待ちを」
監視カメラの映像が、高速で何度もリピートされる。
数十秒後、何か手掛かりを掴んだのか再生音が鳴りやんだ。
「銃声を分析したところ、手広く犯罪を行う組織が愛用する高品質な自動小銃、EZフロント社製『YS-Ⅳ』のモノだと判明しました。そのことからお探しの相手は、この様に根城の下層街へ逃げ延びたと推測されます」
緑の線が集積場の端へと伸びたかと思うと、地面の中を進んでいく。
恐らく下水道だろう。ここからなら、下層街への下水合流地点から脱出可能だ。
「そして、周囲の監視カメラの映像を探ったところ。こんなモノが見つかりました」
映し出された録画の中で路地のマンホールが開き、数十人の兵士が現れる。隊列の最後尾の兵士は子供を担いでいる。恐らく、ヒューゴだ。だとすれば、彼らが『ハーメルン』なのだろうか。
「こいつらの拠点、割り出せる?」
「うーん。下層街なので、監視カメラが少なくて…」
停止中の映像を、よく観察する。
ストリートチルドレンと伝手があり、統制された部隊。
そこらの奴隷商とは違い、『YS-Ⅳ』を支給できる程の組織。
「まさか…。アイ、上層街の住民にヒューゴ・ギャレットという少年が居ないか調べて頂戴」
「お安い御用です、今しばらくお待ちください」
両親が亡くなったと聞いたのが不味かった。
だから、識字やらメモリー端末を使えても抱くべき違和感が無かったのか。
考えてみればおかしな話だ。今、画面に映っているのは10にもいかない少年。
ヒルダは、彼の小さい頃に両親が亡くなったと言っていた。
ならば、自我の芽生える3歳位で、彼はストリートチルドレンになったはずだ。
では、いつ識字やら機械操作の技能を身に着けた。
路上生活で学べるのは、盗みや喧嘩の仕方、それに人を殺す方法程度だ。
思考を巡らすザッカーマンの頭には、上層街で噂される都市伝説が浮かんでいた。
――取り替え子
噂では年端の行かない子供がいつの間にか、すり替えられているという。
そして、子供が成長するにつれ、両親は衰弱していき、最後には家を乗っ取られる。
これが事実ならば、ヒューゴが覚えた技能に説明がつく。
取り替え子として、上層街の裕福な家庭で教育を受けたに違いない。
「ザッカーマン様。お待たせしました」
「結果はどうだったの」
「本部の住民登録名簿によると、ヒューゴを含むギャレット一家は2年前に全員死亡しています」
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