08.回帰
「では、リンパール社とハーメルンが事件に関与しているのですね」
「えぇ。ヒルダ、その通りよ」
まだ日が昇り切らない明朝に、ヒルダはイレネオと共に事務所に訪れてきた。
昨夜のことがあって、寝不足気味の二人は欠伸をかみ殺している。
「なぜ、部隊長の名前も調べたんですか」
「企業の私兵はね、届け出があれば上層街での戦闘行為が許される代わりに、個人情報を提供する義務があるの。顔写真、身長や体重、住所などなど…。退職するまで、ユニオン本部が管理してるわ」
「住所ですか。その…また、拷問をする気ですか」
「安心して、その気は無いわ。今回は穏便に済ませるつもり」
そう言うと、ザッカーマンはジンに説明を任せて個室に引っ込んだ。
「上層街や下層街では、治安維持企業の監視カメラが至る所にあるんだ。だから、その映像を入手して、ここ一週間の『ビル・ヤーコブ』の行動を追っていく」
「では、企業にクラッキングを仕掛けて、監視カメラの映像を入手するつもりですか」
「それは厳しいかな。治安維持を請け負う企業は、サイバー犯罪も対象としていて。防衛網の厚さと複雑さは、尋常じゃない。それでも突破はできるけど、一か月は掛かってしまう」
――ガチャ
個室の扉が開き、スーツ姿のザッカーマンが現れる。
正装に身を包んではいるが、ジャケットに回転式拳銃を忍ばせていた。
「あまり気乗りしないけど、昔の伝手を使うのよ」
「昔の伝手…ですか」
「そう、プロテクト社の古い友人に貸しを返してもらうわ。あなた達は、市街でハーメルンについて聞き込みをお願い。あそこなら、誰かが知っていてもおかしくないから」
「分かりました。では、ビル・ヤーコブについてはお任せします」
ザッカーマンは頷き、3人を事務所に残し階下にあるガレージに降りていく。
小型ホバークラフトのハンドルに引っかかっているヘルメットを被り、エンジンを掛ける。
――ブゥーン!
エンジンの回転数が上がり機体が安定してくる。
そして遠隔操作でガレージのシャッターを開けると、路上に飛び出した。
機体を十分程走らせると、修理の終わったハイウェイに入る。
あの時とは違い、誰からも追われることなく無事に上層街へと降りていく。
ビル群の立ち並ぶ大路地を進んでいくと、場違いな雰囲気を醸し出す、塀に囲まれた軍事基地のようなプロテクト社が見えて来た。
ザッカーマンは迷わず、入口の検問所に機体を横付けする。
それに気が付いた警備兵が怒鳴り声をあげた。
「おい!そこは駐車場じゃねぇぞ、ハチの巣にされたくなきゃ立ち去れ!」
「相変わらず口が悪いわね。そんなんだから出世できないのよ」
彼女がヘルメットを外すと、警備兵がハッとする。
「なっ…ザッカーマンじゃねぇか。珍しいな、そっちから来るなんて」
「ザーシャへの貸しを徴収に来たのよ」
「ヘヘ、アイツを頼るなんてよっほどお急ぎらしいな。ソイツは見張っておいてやるから、行ってきな」
「ありがと。これで、酒でも買って頂戴」
ホバークラフトのエンジンキーと、クレジットを幾らか握らせた。
その代わりに、訪問者用のIDカードが差し出される。
「VIP用さ。受付で見せれば、誰とでも面会できるぜ」
彼の言葉を背中で聞きながら、片手を挙げて感謝の意を示す。
塀の中へ入ると、こちらに気づいた昔の同僚達が敬礼してきた。
そんな彼らのことをザッカーマンは、そっぽを向いて無視を決め込んでいる。
しかし、彼女が建物内部に姿を消すまで、敬礼を崩す者はいない。
彼女の退職理由を知る大半の者は、兵士として彼女を尊敬し続けていた。
プロテクト社内部に入ったザッカーマンは、IDカードを見せながら受付に話しかける。
「ザーシャ・アメルンと面会したいのだけれど」
「それが無くてもよかったのに、あなたなら何時でも歓迎しますよ…社長以外は」
「なんだ、まだアイツが社長なのか」
「えぇ、残念ながら商才はありますからね。ですが幸運な事に今日は、商談で留守にしてます」
「なら、こいつの出番はなさそうだ」
ザッカーマンが、ジャケットに忍ばせた回転式拳銃をチラリと見る。
「それは良かった…血は見たくありませんからね。さて、ザーシャに面会でしたね。この時間なら、彼女のオフィスにいますよ、取り次いでおきますか?」
「いいや、結構だ。私の名前を聞いたら、飛んで逃げてしまう」
「確かにそうですね。そのIDカードなら、オフィスの扉も開けられます。あとは、ご勝手に」
「そうさせて貰うわ」
三年前と何も変わらない社内を、勝手知ったる彼女は進んで行き、2階にあるオフィスの前で足を止める。
『総司令ザーシャ・アメルン』
オフィスのプレートには、そう刻まれている。
IDカードで電子ロックを解除すると、ノックもせずに扉を開け放つ。
「うわっ!びっくりした、ノックぐらい…げっ、ザッカーマン」
「あらあら、命の恩人に向かってその態度は頂けないわね」
ずかずかと部屋に踏み込み、ドカッと応接用のソファに腰を下ろし足を投げ出す。
「何が命の恩人よ。非番のアナタが運よく、居合わせただけじゃない」
「だとしても、強盗から守ってやったのは事実よ」
「そうね。だから、数多の命令違反も目を瞑ってあげたのよ」
「ふっ、よく言うわ。私が居なくなってから、死傷者が増え続けるじゃない」
痛いところを突かれたのか、ザーシャは押し黙ってしまった。
「それと…ザーシャ、あんたがEZフロント社に私を紹介したんでしょう」
「だったら何よ。報酬金額も十分だったはずよ」
「確かにね、それは認める。ただ、あんたが幾ら紹介料を貰ったのかも聞いてね」
「なっ!あの狸親父め、余計なことを…」
「あら、本当に貰ってたのね。なら話は早い、その紹介料分働いて欲しいの」
彼女はカマを掛けられたと知り、顔を真っ赤にしてザッカーマンを睨みつける。
しかし、ザッカーマンはお構いなしに、涼しい顔をしながら話を続けた。
「リンパール社の部隊長ビル・ヤーコブ。彼のここ一週間の動きを、完璧に把握したい」
「そこまで調査済みなら、自分でやったらいいじゃない」
「時間に余裕が無いの。『アイ』を貸して頂戴」
『アイ』、その単語を聞いたザーシャは、腕を組んでしばし考えこんだ後、その重い口を開いた。
「いいわ。その代わり、EZフロント社の件はチャラよ」
ザッカーマンはソレには返答せず、ヒラヒラと手を振りながらオフィスから出て行った。
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