01.兆候
ザッカーマンとジンは依頼を受けてから、連日のように下層街の競り市場で傭兵達や露天商たちに聞き込みをしていた。
「なんであんな依頼受けたんですか。隊長だって、あの噂知らないわけじゃないでしょう?」
「大手PMC企業の介入でしょ?知ってる、だからこそ依頼を受けたの。はぁ、歩いてるだけじゃ見つからないか、あそこ入りましょ」
そう言うと、ジャンクフード店に入り、頼んだコークを受け取ると窓際の席に陣取った。
「だからこそってどういう意味ですか?確かに、競り落とした人物は誰もPMCに所属はしていませんが――」
ジンは頼んだコークには手も付けず、ポータブルPCを開き、人名の載ったリストをスクロールしていく。
「人名の偽装なんて簡単だ、と言いたいわけね」
「そうですよ、企業との契約書はともかく。競り開始時に登録する名前なんて正確性に欠けます」
「そうね、だから現地でそのリストに載ってる人物を探してるわけ。でも、よく考えてみなさい、PMCが競りに介入したところでなんの得になるっていうの?」
「素直に考えると、別企業からの依頼による報酬ってところですかね」
「そう、だからPMCとの直接対決なんてことにはならないはずよ。バレそうになったら、市場から撤退するに決まってる」
どうしてそんな風に決めつけられるんだ、とでも言いたげにジンはムスッと口を閉じてしまった。
彼は、治安維持をもっぱらとするプロテクト社にしか務めていなかったせいで知らないが、企業の私兵と比較にならない程、PMCの戦闘兵は入手が困難なベテランが揃っている。そのことを、元PMCの戦闘兵であったザッカーマンはよく知っている。そして、PMCは依頼よりも、そんな希少資源を優先することも熟知していた。
元々、ユニオンにはPMC、所謂『民間軍事会社』は存在していなかった。PMCが台頭し始める発端は、傭兵がユニオンにある一定の地位を築き始めた頃に遡る。
その頃、企業はある問題を抱えていた。競りによる傭兵の募集は、手間がなくかつ迅速に人材を収集することができた。しかし、その反面、高品質な傭兵を大量に雇用しようとすると、競りのシステムは不適格であった。だからと言って、そのような傭兵を探し出し、個々人と交渉するのは莫大な時間と費用が必要だった。
このようなニーズに応えるため、腕に覚えのある傭兵が集い創立した会社が、ユニオンとして初のPMCとなった。このような経緯から、PMCは傭兵の自己保身的な色が強く出ている企業が今も多く、無茶な依頼をした企業がPMCにバックられることも少なくはない。かと言って、企業がPMCを頼らざる状況は数多くあり、企業が彼らをユニオンから追放することは無かった。
ちなみに、ザッカーマンはPMCの給料が気に食わずに辞めた。さらに、プロテクト社も同様の理由で辞めている。本人曰く、プロテクト社の退職時には「はした金で首輪を付けられると思ってる、間抜けの殺しの依頼なら喜んで受けるわ」と、社長に豪語したらしい。
「そんな顔してないで、目撃者から聞いた情報見せてちょうだい」
「はぁ、どうぞ」
ジンから受け取ったメモには、人名と顔の特徴等が載っているが、これはさして、重要な情報ではない――。武装だ、依頼を受けた人物たちのソレは決してルーキーが持てるような代物ではない。さらに、全員が共通してナイフホルスターを左腕に装着していた。
「こんなの、誰かが情報を集めればすぐにPMCが介入してるって気が付くわ。まるで、そうして下さいって言うように」
「じゃあ、PMCの狙いは噂を広めるってことですか?」
「恐らくね。そして、彼らへの依頼は達成されかけてる。依頼を終えて撤退する前に、黒幕の尻尾を掴む機会は今しかないわ」
「んー。別にEZフロント社からの依頼内容だと、PMCの名前を割り出すだけで、いいんじゃあないですか?」
ズゾゾッと、ストローからコークを飲みながら、ジンは言う。
確かに、彼の言うことは一理ある。しかし、ザッカーマンの性格上、多額の報酬を逃す可能性が数パーセントでもあるのなら、その可能性を虱潰しにしなければ、気が済まなかった。
「ジン。あんた、そういうところ良くないわよ。目の前に、大金が転がり込んでくるチャンスがあるときこそ、油断せず。時には、わざわざ遠回りしてでも、確実に手に入れることが大切なの」
「だからと言って、昔ながらの足を使った調査は気が滅入りますよ」
はぁー、とジンが大きなため息をつきながら、窓の外を眺めると、左腕にナイフホルスターを装着している男が目に映る。
「あっ!んぐっ」
大声をあげそうになるジンの口に、ザッカーマンは指を当てて塞ぐ。
「シーッ、さぁ、ジン。狩りを始めるぞ」
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