01.僥倖
ジンは、イレネオとヒルダの二人を連れて下層街の路地裏を進んでいる。
拳闘試合に入り浸るザッカーマンに、依頼を受けたことを報告するため、高架下の小さな広間を目指していた。
すれ違う住民たちは、ヒルダを好奇の目で追うが、二人の屈強な男に守られた彼女に手を出す者は誰一人いなかった。
ワアァー!
歓声が遠くに聞こえ始める。
それから数分もかからずに、フェンスに囲まれたリングが設置された広間に辿り着いた。
群衆が取り囲む中央に、ザッカーマンはいた。
これから試合が始まるのだろうか、背丈が倍もある大男と対峙している。
「アンタ、最近話題になってるみたいだが、ここのボスは俺だ。調子に乗ると、痛い目に合うことを教えてやるよ」
男の挑発は無視して、構えを取る。
それが気に食わないのか、男は耳まで紅潮させた。
「いい度胸だな!俺に挑んだことを後悔させてやる」
言うや否や地面を蹴り、巨体に見合わず素早い動きで間を詰める。
強烈な加速から、低い姿勢のタックルが繰り出された。
体格差を生かせる組み技に持っていく算段だろう。
ジンとの模擬試合で、その対策は既に出来上がっていた。
左足を引き、右手を下げダラリと脱力する。
激突の瞬間、目にも止まらぬ速さでフックが放たれ、男の顎をとらえる。
巨体がグラつき体勢が崩れた。
進路のそれたタックルを、軽く躱し、すれ違う瞬間に足を掛ける。
地面に倒れた男にとどめを刺すために、振り上げた拳を頭蓋に叩きつけた。
ワアァァー!
決着がつくと一段と大きな歓声があがった。
「スゴイ!彼女がザッカーマンさんなんですね!」
会場の熱にあてられたのか、ヒルダはぴょんぴょん飛び跳ねながらジンに尋ねた。
もしかすると、こちらが本来の彼女なのかもしれない。
ジンが頷くと、尊敬と興奮の入り混じった眼差しで、リングの中央に立つザッカーマンを見つめる。
「なるほどな。彼女は、早撃ちが得意なのか」
「え、なんで分かったんですか」
「フックを放つ動きを見れば分かる。脱力から入り、即座に銃を抜き、急所目掛けて撃つ。その一連の動作が重なったからな」
イレネオはリングでの戦いを一度見ただけで、彼女の得意技を見抜いたのだ。
やはり、只者ではない。
そうこうしていると、ファイトマネーを受け取ったザッカーマンが、こちらに気づき近づいてきた。
「ジン、彼らは依頼人か?」
「はい。30分程前に――」
そう問われたジンは、彼女にヒルダの依頼をかいつまんで説明した。
「なるほどな、行方不明の男児を探してほしいわけか」
「そうです。ですから、隊長と合流して今から現地に行こうと――」
「待て。お前が現地調査に向かうのは構わないが、私に同行して欲しいなら、一つ質問に答えろ。報酬額は、いくらなんだ」
言いにくそうにしているジンの代わりに、ヒルダが彼女の質問に答える。
「すみません。ザッカーマンさん、私の暮らす所ではお金による取引が禁じられてるのです」
「ほぉ。でしたら、友のために貴女は何を、対価に差し出せるのでしょうか」
「レイゼン家の守護者として――」
「おっと、そこまでだ。ヒルダ嬢、その話をするには、ここじゃ人が多すぎる」
何かを言いかけたヒルダとの間に、イレネオが割って入ってきた。
「レイゼン家…?聞かない名前だな、一体どこの」
「それ以上、その名を口にするな。まぁ、要約するとだな報酬として、格別な名誉が与えられるってことだ」
依頼人でもないイレネオが口を挟むのは気に食わないが、ブロウ社の師団長が言っているのだ。ここで「レイゼン家」という話題を出すのは、得策ではないのだろう。
ザッカーマンは、しばし考えた後に、口を開いた。
「普段なら、どんな理由であれ。報酬金の無い依頼は受けないだが、今は懐が暖かいからな」
不安そうだったヒルダの顔が、パッと明るくなる。
「そ、それじゃあ!」
「はい。依頼をお受けしますよ、ヒルダ様。ただ、先に例の話が聞きたいのですが、構いませんか」
「勿論です。報酬を曖昧にしたままでは、あなた方に不平等ですから」
少女を依頼人と見なしたのだろう。
ザッカーマンの口調は、仕事のときのソレに変わっていた。
「では、二度手間になってしまいますが、事務所に戻りましょう」
「おい!ちょっと待て!」
帰路へ就こうとした矢先、ザッカーマンの肩を誰かが鷲掴みにする。
振り向いてみると、さっきまでリングで伸びていた巨体の男だった。
「イレネオさん。この男はヒルダ様にとっても、危険な存在だと思うのだけれど」
「はぁ!?ナニ言ってんだおま――」
イレネオが軽く手を挙げると、男が突然、地面に崩れ落ちた。
「あの、彼は一体…」
「心配ありません。無理して動いてたようで、小突いただけで倒れこんでしまいました」
ヒルダからは、ザッカーマンが壁になって見えていなかったが、頸椎の辺りから一筋の血が流れていた。
倒れた男には意識があるようだが、目を見張るだけで体に動きはない。
恐らく、神経を傷つけられたのだろう。もう起き上がることもできまい。
それにしても、彼が片手一つ挙げるだけで、こうも簡単に敵が排除されるとは。
イレネオは、思ったよりも厳重にこの子を護衛しているようだ。
「これで満足かな、ザッカーマン殿」
「ふふ、勿論。さぁ、今度こそ事務所へ戻りましょう」
ザッカーマンを先頭にして、4人は路地裏へと消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
よかったら感想、広告の下にある評価、ブクマへの登録をお願いいたします。
作者の励みになりマス。




