13.牙城
服が裂け血だらけになった傭兵が、大路地を歩いていたところで、上層街のビジネスマンは誰も気にしない。誰もが、厄介ごとを避けるために、見て見ぬふりをしているのだ。
しかし、今はそれが有難い。
余計な問答に体力を使いたくなかった。
既に、歩き始めてから一時間は経っており、EZフロント社の本社ビルは目前にあった。
ウィーンと自動ドアが開き、受付へと歩みを進める。
「経営部門長の、タイラー。タイラー・ハリソンさんに、取り次いでくれる?」
ザッカーマンは息も絶え絶えに、何とか要件を伝える。
「お…お名前を、お伺いしても?」
「ザッカーマン」
「下のお名前は――」
ドンッ!
ザッカーマンが受付に拳を叩きつける。
それを確認すると一斉に、警備員が銃を引き抜いた。
「ザッカーマンだけでいいんだ。それで、分かる」
「わ、わかりました。今すぐ取り次ぎます」
受付の若い男性が、受話器を取る。
警備員は相変わらず彼女を警戒しているが、拘束しようとはしない。
その場に居合わせた誰もが、ザッカーマンの殺気に気圧されていた。
「――はい、ザッカーマンさまが…。はい。ええ、分かりました」
ガチャッと受話器を置き、受付の男性がこちらに向き直り、口を開いた。
「右奥にあるエレベーターを使い、13階まで上がります。先ほどの無礼をお許しください、ザッカーマンさま」
そう言うと受付から男性がこちらにやってきて、彼女に肩を貸した。
足を引きずりながら、二人でエレベーターに乗り込み、13階へとたどり着く。
扉が開くと、そこにはタイラーが立っていた。
「あぁ、ザッカーマンさん。ご無事でしたか」
どこをどう見て、無事だって言ってんのよ。
「ええ、貴方の護衛のおかげで、どうにかたどり着けました」
皮肉の一つでも吐きたいのを我慢して、ビジネススマイルを取り繕う。
少なくとも、本人はそうしたと思っていた。
しかし周りから見れば、それは口の裂けた死神がニンマリとほほ笑むような不気味な笑顔であった。
「さ、さぁ。ここからは、彼女がお送りしますよ」
黒服を着た大柄な女性が、車椅子を押してくる。
タイラーが気を利かせて、同性の警備員を選んでくれたのだろう。
受付の若い男性が、細心の注意を払い、車椅子にザッカーマンを座らせてくれた。
「さっきは、ごめんなさいね」
少し心の余裕が出てきた彼女は、男性に先ほどの非礼を謝った。
「いいえ、こちらこそ申し訳ございませんでした」
彼は社交辞令を述べると、エレベーターに乗り受付に戻っていった。
それを確認すると、車椅子が動き出す。
「大変申し訳ございませんが――」
「はぁ、いいですよ、このまま会議に直行でも」
「ご理解いただき、誠にありがとうございます」
こんな、傷だらけで血まみれな傭兵の発言が、正常な思考のもとで発せられたと、判断されるのだろうか。それに、服もこんなボロボロで、重役会議に出席するなんて。
「ククッ」
大企業の重役会議に、血まみれでボロ切れになった傭兵が出席する。
そして、その傭兵の発言で、会社の命運が決まる。
想像してみると、可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
もしかしたら、鎮痛薬で少しハイになっているのかもしれない。
「どうか、されました?」
車椅子を押す女性が、心配して彼女に問いかけてきが、手を振って何でもないと伝えた。
「さぁ、付きましたよ。ザッカーマンさん」
観音開きの扉をタイラーが開くと、太々しい顔をしてスーツに身を包んだ者たちが、会議室で待ち構えていた。その中の、中央に座った初老の男性が口を開く。
「彼女が例の傭兵かね、タイラー」
「はい。その通りです、社長」
「では、ザッカーマンさん。依頼の調査報告をお願いする」
チッ、何様だよ。
ザッカーマンは、社長という生き物が嫌いだった。
自分以外を虫けらのように扱い、誰も逆らうはずがないと勘違いしている。
だが、激情に身を任せ、銃を抜いたところで報酬は手に入らない。
ここは、我慢をする所だと自分に言い聞かせ、口を開く。
「座ったままで、申し訳ありませんが。報告をさせて頂きます」
ザッカーマンは淡々と、事の顛末を説明し始める。
「私達は、競り市場に介入していたPMCの戦闘兵を尋問し、彼がブロウ社に所属していると知りました」
「ならば、競りに介入した企業はそのPMCということかね」
幹部の一人が、彼女に問いかける。
「いいえ、彼らは雇われたにすぎません。PMCが競りに介入したところで、得がありませんからね。そこで、彼らと強く繋がりのある企業を調査しました。それが、ニュースで話題になっているニューエイジ社です」
少し辺りがざわつく。EZフロント社もニューエイジ社を懇意にしていたのだろう。
「ですが、ニューエイジ社は汚染地帯への送迎業務と回収任務を、定期的にブロウ社に依頼しているだけでした」
これは憶測だったが、ニューエイジ社が無くなった今なら、どうとでも言える。
「ただ、ニューエイジ社を調査中に一つだけ気になることがありました。3年前に、ブロウ社に多額の報酬が支払われていたのです。この理由が気になった私は――」
「おい!ニューエイジ社がPMCを雇っていないなら、なぜその会社の調査を続行したんだ」
どこかで見た男が立ち上がり、声を上げる。
そうだ、記事で見た顔だ。
彼こそが、マルク・ハーゲンベック。その人だった。
「ニューエイジ社は、汚染地帯の調査のために傭兵を常に募集していました。PMCを雇い、依頼報酬を低下させ食い扶持に困った傭兵を掻き込むという、十分な動機があったのです。それに、私達が始めに調べたのは表帳簿でした。貴方が違法行為を依頼したとして、その証拠を表帳簿に残す愚かな真似はしますか?いいえ、重役に就くほど聡明な貴方は絶対にしないでしょう」
ザッカーマンはマルクを真っ直ぐ見据えて、一気に捲し立てる。
彼は顔を紅潮させ、何か言おうとするが、鶴の一声に遮られた。
「彼女の言う通りだ、マルク。落ち着いて、席につきたまえ」
かの天才技術者もEZフロント社の社長には、さすがに逆らえないのか口惜しそうに席に着く。
「続けても?」
「ええ、勿論」
「どこまで話したか…あぁ。そこで、私達はニューエイジ社に潜伏し、サーバの全データを奪うことにしたのです」
社長が少し目を見開き、タイラーのほうを見る。
「ニューエイジ社とは、仲良くさせて貰っていたんだがね…。まぁいい、続けなさい」
「潜入時に私達は何者かの襲撃に合いましたが、どうにかデータの奪取に成功し、貴社の開発部門長殿が購入したという『マンティコア』の情報を手に入れました」
しばしの静寂が流れたのち、ザッカーマンは報告を続けた。
「マンティコアはプレベントの遠征部隊をも、軽く全滅させることが出来る怪物級の戦車。しかも、装甲には超高密度ポリマーが使用されており、ユニオンでも製造可能と来ました。さらに最近の貴社の業績を調べさせて頂いたところ、従来の小銃販売はあまり芳しくないらしい。そこで――」
ザッカーマンの背後で何者かが動く気配がした。
バズン!
迷わず回転式拳銃を引き抜き、車椅子を押していた女性の足を撃ち抜く。
「うぐっ!」
うずくまる女性の手から、注射器が転がる。
辺りが騒然とする中、すかさずそれを手に取り、彼女の首筋に押し付ける。
「そこで、そこにいる開発部門長は全開発予算をマンティコアの量産に回そうとした。しかし、事業の多角化による、リスク分散を行いたい経営部門は要求を拒んだ。だから、PMCを使って強引に小銃販売から撤退させようとしたのですよ」
ガタンッと椅子を倒しながら、マルクが勢いよく立ち上がる。
「言い掛かりだ!なんの迷いもなく発砲する女の証言なぞ、信用ならん!」
「私の推理が正しいかどうかは、彼女に聞けば分かることです」
ザッカーマンは車椅子を押していた女性の髪の毛を掴み、顔を引き上げる。
「誰に命令されて、私にこの注射を打とうとしたんだ?」
「それ以上の愚行は許さんぞ!」
マルクはそう叫び、懐から拳銃を取り出す。
バズン!ガキーンッ!
ザッカーマンの回転式拳銃から放たれた金属弾が、マルクの拳銃を弾く。
「素人が銃を握らないでください。危険ですから」
スカルドは火傷跡が残る左頬を引きつらせて、残忍な笑みを浮かべる。
「もういい。二人とも、自分の席に着きたまえ」
社長が手を挙げ、その場を収めようとする。
ザッカーマンは素直に従い、車椅子に腰を下ろす。
「しかし、社長!」
「開発部門長、マルク・ハーゲンベック。席に、着きたまえ」
社長にギロリと睨まれ、威勢をなくしたマルクも力なく席に戻った。
「それで、警備部門、第三部隊隊長ケイシー・フレッカー。誰に命令されて、ザッカーマンさんを毒殺しようとしたのかね」
「か、開発部門長のマルク・ハーゲンベックさんです」
「よろしい。下がりなさい、医務室で治療を受けるといい」
ケイシーと呼ばれた女性は、一礼すると足を引きずって会議室から退出した。
それを見届けると、社長が口を開く。
「ザッカーマンさん、この度は我が社の醜い内紛に巻き込んでしまい。大変申し訳なかった。だが、ユニオンの法を犯した者に、支払う報酬はないのだ。このまま、立ち去って――」
ブチッ
遂にザッカーマンの中の何かが切れた。
本能が理性を追い越し、目にも止まらぬ速さで回転式拳銃が火を噴いた。
バズン!
「聞き間違いですかね?もう一度、ゆっくりと、先ほど言ったことを、繰り返してください」
放たれた金属弾は、EZフロント社の社長の脇を霞め、後ろに掛けられている絵画には穴が開いていた。
「ハハハ!冗談ですよ、タイラーの契約書は読ませて頂きました。しかし、ご迷惑をお掛けしたこと、それと口止め料を本来の報酬額に追加して、総額1000万クレジットを今すぐ送金致しますよ」
突然、弾けるように笑う初老の男を目の前にして、ザッカーマンは固まってしまった。
――避けられた。
精確に耳を狙った射撃だった。にも関わらず、絵画にしか穴は開いていない。
彼女の目の前にいる男は、とんでもないバケモノなのかもしれない。
あっけに取られるザッカーマンに、そのバケモノは近づき握手を求めてくる。
「聡明かつ豪胆、そして躊躇せず引き金を引く。すばらしい傭兵だ。今度は、私自ら依頼を頼むことがあるかもしれません。その時は、よろしく頼みますよ」
「え、ええ。勿論。企業の手に負えないような厄介ごとなら、ザッカーマン傭兵事務所をお頼りください」
二人が握手を交わすと、周りから乾いた拍手が送られた。
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