12.奔流
日が昇り切り、競り市場に面するセーフハウスの外が徐々に騒がしくなる。
ザッカーマンは競りの喧騒を聞きながら、普段は使いもしない自動小銃まで引っ張り出し、万全の体勢を整えていた。
「それじゃ、セーフハウスの警備は任せたぞ」
「隊長、本当に一人で行くんですか」
「お前までここから居なくなったら、誰がシンユエを守るんだ」
ユーリの施した手術の結果、シンユエの容態が安定したが、未だ目を覚ましてはいなかった。
彼女と交わした契約書に、『契約違反をしない限りは、最大限の努力を払い契約者の安全を保証する』と書かれている以上、絶対にシンユエを見捨てるわけにはいかない。それが無かったとしても、ザッカーマンは数少ない戦友の一人を見殺しにするつもりは無かった。
「しかし、敵は昨日とは比べ物にならない程――」
「ジン、隊長命令だ。ここを死守しろ」
「…了解です。隊長」
ドンッとジンの胸を叩き、自動小銃を肩に担いだザッカーマンは階段を下っていく。
赤錆びた鉄格子を開け、市場に乗り出す。
途中で何人かの顔見知りとすれ違ったが、彼女の表情が消えた顔を見た彼らは、火傷女に声を掛けることは無かった。ただ一人、ユーリを除いて。
「死地に臨む、殺戮機械って感じだな」
「ユーリ、今日はセーフハウスに来なくていい。襲撃されるかもしれん」
「医者は患者の命を守るのが仕事だ。だから、行かせてくれ。アリシア」
「お人好しの馬鹿真面目が。勝手にしろ」
そう言うと、セーフハウスの鍵を手渡す。
代わりに、ユーリが注射器を差し出す。
「持ってきな、鎮痛薬だ」
「すまない、ユーリ」
鎮痛薬の詰まった注射器を受け取り、再度ザッカーマンは市場の入口を目指す。
人混みを掻き分け入口までたどり着くと、既にEZフロント社の迎えが到着してた。
「少ないな」
彼女は思ったことを、そのまま述べる。
ザッカーマンの目前には、装甲化された大型ホバークラフト一台に、護衛用の二人乗りホバークラフトが4台あった。
「仕方がないだろう、身内を敵に回したい奴なんて少ないんだ」
隊長らしき男が、ザッカーマンに近づいてくる。
「あんたが、ザッカーマンで間違いないな?」
「ふっ。ここに火傷を負った女傭兵なんて、そうはいないだろう」
そう言って、彼女は指で左頬をなぞる。
男は軽く頷くと、大型のホバークラフトを後ろ手に指さす。
ザッカーマンは男の指示に従い、それに乗り込んだ。
中には彼女の他に、ドライバーを除く2人の兵士が自動小銃を抱えて乗っている。
――フォックストロット、ハウンドを回収した。そちらへ向かう。
兵士の無線から、先ほどの男の声が聞こえてくる。
無線の相手はタイラーなのだろうか。
――それじゃ、出発するぞ。各員、警戒を怠るなよ。
ザザッと無線が切れると、ホバークラフトが浮遊し走行を始める。
これで競り市場からEZフロント社を目指すなら、下層街と上層街を繋ぐただ一つのハイウェイを通るしかない。
そこが踏ん張りどころになるだろう。
しばし、ホバークラフトの駆動音だけが機内に響く。
数十分後、防爆窓の外にハイウェイが映る。
貯水基地の上に立つビル群へと続く唯一の道。
依頼のために何度となく通ったその道が、まるで天へと続く階段のように見える。
実際のところは、地獄への急坂だけど。
ザッカーマンは一人でそんなことを思いつつ、コッキングを軽く引き、弾が込められていることを確認する。
隊列は、その間も進みハイウェイの入口が近づいてくる。
ダダダッ!ドカンッ!
銃声が鳴り響き、後方から爆炎が上がる。
「来たな」
ザッカーマンはそう呟くと、天蓋を跳ね上げ身を乗り出す。
右後方の護衛機の一つが、業火に包まれている。
建物の影から続々と小型のホバークラフトが現れ、その数は10台まで増えた。
その一つに狙いを付け、引き金を引く。
ズガガッ!
ザッカーマンの自動小銃は的確に、敵兵の頭を撃ち抜き頭蓋が粉々に吹き飛ぶ。
機体は入り乱れ、銃撃戦が始まる。
「掴まれ!」
機内から声が聞こえたかと思うと、機体が激しく揺れる。
衝撃に耐え身を起こすと、機関銃を搭載した大型のホバークラフトが目に映る。
「おいおい、ここは市街地だぞ」
そう言うや否や、機関銃が火を噴く。
たまらず、ザッカーマンは機内に身を引っ込めた。
数多の着弾音が聞こえるが、耐爆装甲はどうにか銃撃に耐えている。
「ハイウェイに入るぞ!」
ドライバーの声が機内に響き、ハイウェイ入口のゲートバーを吹き飛ばす。
偶然にも吹き飛んだゲートバーが、敵の大型機にぶつかり銃撃が途絶えた。
ザッカーマンはその隙を逃さず、回転式拳銃を取り出すと再び身を乗り出し、機関銃目掛けて射撃する。
バズンッ!
放たれた金属弾が装填機構に命中し、機関銃の弾詰まりを引き起こす。
機関銃が止まったことを確認すると、一気加勢に機内の兵士達が追撃を開始した。
爆炎が敵機を包み体勢を崩したホバークラフトは、ガードレールを乗り越え高架下へと落下していった。
なんとか大物を撃破したものの、形勢が不利なことには変わらない。
今や味方の機体は、ザッカーマンの乗る大型機と、部隊長の乗る護衛機しか残っていない。
それに比べ、敵機はこちらの4倍の8機残っている。
「もう少しで、上層街のエリアに入る。そこまで持ちこたえろ!」
大型機の隣につけた部隊長が叫ぶ。
ハイウェイは上層街の頭上にいくらか伸びた後、市街へ繋がっている。
つま先でも上層街に入れば、正式な届け出の無い銃撃戦は違法行為となり、ユニオン本部の警備隊がすっ飛んでくる。
昨日とは異なり、今は真昼間。
いくら何でも、上層街に入れば銃撃をやめるに違いない。
敵はそうはさせじと、速度を上げてこちらを取り囲もうとする。
ザッカーマン達の応戦虚しく、3台ほど撃破したところで、数で押され包囲は完成してしまった。
ドガンッ!バコッ!
まず、部隊長の乗る護衛機が餌食となり爆発した機体が、彼女の乗る大型機に激突する。
機体が大きく揺れたかと思うと、突如、浮遊感がザッカーマンを襲い、天井に叩きつけられた。
「うがっ!」
痛みに耐え、何とか窓の外を見ると頭上にハイウェイが見えた。
かと思うと、座席に激しく叩きつけられ、彼女の意識は遠のいていった。
――熱い
どのくらい経ったのだろうか、耳鳴りがしてうまく音が聞こえず、頭にはモヤが掛ったようだった。
ザッカーマンがどうにか目を開くと、彼女の上に何かがのしかかっている。
数度頭を振り、霞む視界でよくよく見ると、隣に座っていた兵士の死体だった。
「ぐぐ…」
動かすたびに痛む腕で、死体を退けた。
機体の天地が逆転しているようで、座席が彼女の頭上にある。
扉の近くに這いずり開けようと試みるが、フレームが歪んでいてビクともしない。
そうこうしている間に、周囲にポリマーの燃える嫌な臭いが充満してくる。
「クソッ!こうなったら賭けだ!」
死体から自動小銃を引きはがし、扉に向かって発砲する。
固形燃料弾が着弾し、破片が飛び散り扉が吹っ飛んだ。
懸命に手足を動かし機内から這いずり出すと、何とか立ち上がりフラフラと駆けだした。
その瞬間、爆音が鳴り響き、熱風が彼女を襲う。
「ぐあっ!」
不意に、ザッカーマンの足に鋭い痛みが走る。
足を抑えてうずくまると、骨片が太腿に突き刺さっていた。
「死んでんだから、こっちの足を引っ張るんじゃねぇ!」
怒鳴り声をあげて、乱暴にそれを引き抜く。
着ているシャツを肩口から引き裂き、止血のためにそれで太腿をきつく縛り付けた。そして、ユーリから貰った鎮痛薬を打ち込む。
一呼吸置き、周囲を確認する。すぐ後ろには、眼下に下層街が広がっている。
どうやら、上層街の端に落下したらしい。
ここからなら、一時間も歩けばEZフロント社に辿りつくだろう。
痛みの引いた足が動く事を確認し、もう一度立ち上がる。
「クソッ、絶対に報酬は倍以上貰う、じゃなきゃ割に合わん」
そんな悪態をつきつつ、鉛のように重い足を引きずりながらザッカーマンはEZフロント社を目指す。
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