魔虫の力、、
「それでこれからどこに向かわれるのですか?」
屋敷を出発してからしばらくして魔虫が話しかけて来た。
「……まずは西方都市リューネベルに向かうわ。そこには魔法院と言って魔法研究を行っている場所があるから魔法やステータスに詳しい人が多くいるの。そこで少しでもこのステータスを消し去る手がかりを」
「まだそんなことを言っているのですか? 魔虫の私が言うのも何ですが、ステータスはその人だけの固有の力。消し去るなんて不可能ですよ」
「そんなこと言われなくても知ってるわよ! だからこそこうして旅をしてるんじゃない。はぁ、私の貴族生活を返して……」
まさかあの稽古生活を懐かしむ時が来るなんてなぁ。
それもこれも全てこの力のせいよ! それにこの魔虫、どうしていつも私の肩に乗っているの?
これじゃあ会う人会う人全員に気持ち悪がられるじゃない!!
「ねぇ、いい加減肩から降りてくれない?」
「どうしてです?」
「……お前は自分の姿が分からないのか?!」
「ぶへぇ!」
私は魔虫を肩から引きはがすと近くにあった水たまりを覗かせた。
そこに映る魔虫の姿、それは私がいつも見ている可愛らしいものではなくおぞましい姿をしたTHE・魔虫だ。
「えへへへ、何をなさいますかミクリア様。恥ずかしい」
「……あなた本当に死んでくれない?」
「またそのような照れ隠しを仰って。仮に私がいなくなったとしてもすぐに他の魔虫がやってきますよ? ほら辺りを見てください」
辺り?? 私は魔虫の言葉通り周囲を見渡した。
いつもと変わらない美しい自然の数々。しかし更によく目を凝らすと見えてくる。おぞましい存在が!
「……いやぁぁぁぁぁ!!」
嘘でしょ!? こいつみたいな姿をした奴の他にでっかい芋虫、人の手のようなものが全身に生えているもの、背中に巨大な口をもつもの、数え出したらキリがない。
そんな奴らが物陰からこちらの様子を伺っていたのだ。
「さ、流石に気持ち悪い」
「ほらね、私なんて可愛いものです。それに私があいつらにミクリア様に近寄らないよう言っているお陰ですよ」
「あり得ない、あり得ない、あり得ない」
私は侯爵家の令嬢よ? 自分で言うのも何だけど容姿も整っている。
本当なら13歳になって本当の貴族ライフを満喫しているはずなのに。
どうしてこんな化け物達に見つめられないといけないのよぉぉぉ!
「た、助けてぇぇ!!!」
私が現実を受け止めれないでいると、突如前方から叫び声が聞こえた。
目を凝らすとどうやら女性が何かに追われているようだった。
王国貴族たるもの、誰かが困っていたら助けるのは当たり前。でも今の私が出ていったら私の方が怪物扱いされるかも……。
「誰か助けて……」
「ええい、迷っている場合じゃないわね! 元JK舐めんなよ!」
「何を言ってるんですかミクリア様?」
「う、うるさい! いいから行くわよ!」
女性の後を追う者、どうやら盗賊の様だ!
数は……、約10人。あれくらいなら私の魔法でどうにか出来るかもしれない。
「もう逃がさないぞ女」
「た、助けて」
「お待ちなさい!!」
私は追い詰められた女性と盗賊の間に割って入り両手を広げる。
「何だお前は??」
「狼藉はやめなさい。今なら見逃してあげるわ」
「ハハハハハハッ、おい聞いたか皆! 見逃してくれるんだとよ!」
こ、こいつらぁ……、女だと思って馬鹿にして!
もう頭にきた、お母様のしごきに堪えて来た私の力を見せてあげるわ!
「……風刃!」
「な、何だと!」
高笑いを続ける盗賊達は、私から放たれた風刃に険しい表情になった。
当然よね、風刃はそんじょそこらの魔法使いじゃ使えないわよ?
……まぁ私この魔法しか覚えてないんだけどね。
「この女……、その服の紋章はハッシュフィル侯爵家の! へへへ、まさかこんな所で貴族のお嬢さんに出会えるとは。お前らこいつも攫っちまえ! たっぷり身代金が手に入るぞ」
「し、しつこいわね! 風刃、風刃、風刃ー!」
はぁ、はぁ……、だ、だめ。
流石に風刃3連発はしんどすぎるわ。
それにしてもこいつら一体どれだけいるのよ! 何かさっきよりも数が増えてない??
私達を取り囲む盗賊の数は今や20人は超えていた。
どうやらまだまだ隠れているみたいね。
「ミクリア様、お困りのようですね?」
「な、なによ。今忙しいんだから黙ってて」
「いや、それなら我々魔虫を使えばいいじゃないですか。あなたのステータスは【使役 魔虫】。日頃気持ち悪がられているんです、こういう時に役に立てないでどうするんです?」
「……あ、そっか」
でもいいのかしら?
もし魔虫なんて使ったらこいつらはともかく、後ろの女性に嫌われない?
いや今はそんなこと言ってる場合じゃないか。
「わ、分かったわ! お願い魔虫、こいつらを倒して!」
「承りましたぁぁ!!」
おいおい、軽い返事だな。
「寄生魔虫、出番だぞ!」
「キィィィィィ!」
肩の魔虫がそう言うと、地響きと共に地面がいくつも盛り上がる。
そしてそこから数えきれないほどの小さな虫が出て来たかと思うと、一斉に盗賊達へと襲い掛かった。
いやただ襲い掛かったのではない。次々ち盗賊達の体の中へと入っていったのだ。
こいつらキモイ、キモ過ぎる!!
「な、なんだこいつらは!」
「た、助けてくれ!!」
「ぐあぁぁぁ……」
盗賊達は突然現れた魔虫に必死の抵抗を見せるが数が違いすぎる。
みるみる虫に取り囲まれ、1人、また1人と倒れ最後には現れた魔虫は全て盗賊たちの体内に消えてしまった。
「な、なにこれ?」
「あいつらは寄生魔虫と言って寄生した人の体内に棲みつき人間が力尽きるまで半永久的に魔力を吸い続けるんです! だからほら、盗賊達は死んでいないでしょ?」
魔虫の言葉通り、しばらくすると盗賊達は何事も無かったように立ち上がった。
ただその目には生気はなく、本当にただ立っているだけ。
「まぁ寄生魔虫に入られた人間は廃人になりますけどね、アハハハ!!」
「……怖すぎるわ! 何てもの私に使わせたのよ!!」
「そうですか? あいつら魔虫の中じゃおとなしい部類なのですが」
「やっぱり魔虫なんて嫌いよ……」
うわぁ、なんか盗賊達踊り出したわよ……。
体に棲みついて半永久的に……、考えただけでキモチ悪い。
「あ、それよりもいいのですか?」
「ま、まだなにかあるの?」
「いや、後ろの女性ですよ!」
そ、そうだった。でもこんな力見られたんじゃきっと怯えているわよね?
私は恐る恐る背後へと視線を移した。
でも女性は私の想像とは全く違う表情をしていた。
心なしか目が輝いているような……。
「あ、あなた魔虫を操るの!?」
「え、は、はい。まぁ一応」
「すごいすごい! 魔虫は決して人間には懐かないはずなのに」
「い、いやぁそれほどでも」
あ、あれ? 思っていたのと違う!
もしかして私の力って本当にすごいの? お母様たちの反応しか知らなかったから嫌われるって思いこんでいたけど本当はこの力、モテモテなんじゃない!?
私の頭の中に浮かぶ邪な考え。皆から羨望の眼差しを受けるミクリア・ハッシュフィルの姿。
これなら私の人生再び再浮上よ!
「私、あなたに興味が湧いた! ねぇ、ちょっと一緒に来てくれない? 助けてくれたお礼もしたいし」
「そんなお礼なんて……、あれ?」
そこで私は気づいた。
身に着けていたマントの隙間から見える女性の手足を。
それが人間のものではなく、そう昆虫の様な形であることに。
「……ま、ま、ま、まさかあなた」
「ミクリア様、この女性は虫人ですね。なるほどだからか」
「なんてこったぁぁぁ!!」
魔虫の言葉通り、彼女の姿は亜人種の虫人だった。
何とか明るい未来が見えたかに思えた私だったが、またしてもおかしなことに巻き込まれ始めるのだった。