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嵐の前の平穏?

 「待って下さいお嬢様! まだお稽古の続きが」


 「もう嫌ですあんなもの!」


 「あぁ、お嬢様!!」


 私を追いかける中年の眼鏡をかけた女性は躓きその場に倒れた。

 フフフ、私を捕まえようとするからそうなるのよ!


 私がこの世界、そしてミクリア・ハッシュフィルに転生して12年。

 始めこそ貴族の令嬢というものは楽な暮らしが出来ると喜んでいたけどとんでもない。

 毎日食事の作法に貴族としての挨拶立ち居振る舞い、それに様々な習い事の稽古稽古……。

 本当に参ってしまう。

 お母さまの言葉を借りればこれも貴族としての教養を身に着け良い夫を迎えるためなのだ。


 「全く、時代錯誤も甚だしいよね……。まぁこの世界じゃこれが普通なのだけれど」


 「なんだミクリア、また稽古を抜け出したのか?」


 「これはお父様! ええ、だってつまらないんですもの」


 「ハハハハハッ、全くお前という奴は。早く戻らんとまた母に叱られるぞ?」


 「分かっていますお父様。もう少ししたら戻ります」


 「まぁ程ほどにな」


 そう言うとお父様は笑みを浮かべその場を離れていく。

 ああなんて出来た父親なのかしら! 

 この世界は貴族制があり、ハッシュフィル家は侯爵。高い家格なのだ。

 でもお父様はそれを鼻に掛けず下の者にも平等に接する。

 だからお父様の元には連日様々な人が相談のため訪れている。

 恐らく今日もこの後誰かと会うんだろうな。


 「ミクリア、こんなとこに居たのか」


 「これはアベルト様!」


 「また稽古をさぼっているのかい?」


 「アベルト様まで、どうして私が一人でいると稽古をさぼっているということになるのですか?」


 「じゃあ違うと?」


 「……いえ、その通りです」


 この超絶爽やか銀髪少年、彼はアベルト・ルルバートだ。

 ルルバート家は同じ侯爵家で小さい時からこうして家に遊びに来る。

 俗に言う幼馴染だ。


 「それでアベルト様、今日はどのようなご用で?」


 「ハハハハッ、分かっているだろう?」


 「……あの件ですね?」


 「……ああ、あの件だ」


 私達はお互い笑みを浮かべ、家の者に見つからないようある一室に入り鍵を閉める。

 ここは私の秘密の部屋。何人たりとも足を踏み入れることは出来ません。


 「おぉぉぉ!! また種類が増えたんじゃないか?!」


 「流石はアベルト様、その通りこちらの甲虫を今朝捕まえましたの」


 「すごい、これは見事な甲虫だ」


 そう、これこそ私達2人の秘密。

 部屋には至る所にガラスの容器があり、中には無数の昆虫が蠢く。

 何故これが秘密なのかって? それはお母さまが大の虫嫌いだから。

 一度私がいも虫を捕まえた時は気を失ってしまうほどだ。

 それ以来お母さまの前では虫を触ることは無い。そう、目の前ではね。


 「いやぁ本当にミクリアはすごいな。甲虫はただでさえ見つけれないのにこんなに沢山」


 「フフフッ、どういう訳か私虫に好かれるみたいで」


 「まったく、ミクリアは変な貴族令嬢だよ」

 

 「それを言うならアベルト様も甲虫好きなんて十分変だと思いますよ?」


 「僕はいいんだよ、貴族でも男だしね!!」


 甲虫、以前の世界で言う所のカブトムシに当たる昆虫だが、この世界の貴族が甲虫に興味を持つことはまずない。

 いや、むしろ庶民の子供が好むものとして避けられている方だ。

 もちろん前世の記憶がある私にとってそんな考えは馬鹿らしいのだけど、不思議なのは蓮目見来だった時には昆虫は大の苦手だったこと。

 それが今や虫が可愛くて仕方がない。

 転生すると好みまで大きく変わるのかしら?


 「お嬢様、お嬢様!!」


 「あ、まずいそう言えば私稽古から逃げ出してきていたんだった」


 「ハハハハッ、なら早く戻った方がいいんじゃないかい?」


 「そうですねアベルト様、では私はこれで失礼します。帰られる時は」


 「……誰にも見つからないように、だろ?」


 流石はアベルト様、長年私と幼馴染を続けているだけの事はある。

 私はアベルト様に小さく笑みを浮かべた後、誰にも見つからないように部屋を出ると稽古場へと戻るのだった。









 「あぁ、疲れた!!」

 

 「まぁミクリア、そんなに大きな声を出してはしたない」


 「……ごめんなさいお母さま」


 その日の稽古を終え家族での食事の席に着いた私の言葉に、お母さまが鋭い眼光を浴びせた。

 

 「まぁいいではないか。ミクリアも頑張っているんだから」


 「そうやってあなたが甘やかすからいつまで経ってもはしたないままなんです!」


 「す、すまん」


 お父様はそう言うとみるみる小さくなっていく。

 この国でお父様にこんなことを言えるのはお母さまくらいだろうな……。

 

 お母さまこと、ナナリー・ハッシュフィルは昔社交界の華と言われていたほどの美人だったのだとか(本人談)。

 まぁ確かにもうすぐ40になるというのに20代の様な容姿に整った顔。

 私の赤い髪はお母さま譲りだ。あ、でも本人の前で年齢の話は禁句だから覚えておいてね?


 「そう言えばミクリアはもうすぐ13歳になるな」


 「ええお父様。1週間後の誕生日で13になります」


 「そうか。13歳になれば立派な大人、何かやりたいことはあるのか?」


 「うーん、そうですねやりたいことはまだありませんが、好きな虫……」


 ガシャンッ!! やばい、お母さまがいることのになんてことを……。

 しかし時すでに遅く、スプーンを落としたお母さまはこちらを激しく睨みつけている。


 「ミクリアさん、今なんと仰いましたか?」


 あ、敬語になってる。これ本当に怒っている奴だ。


 「え、えっと……」


 「私には虫と聞こえたのですが、あなたもしかしてまだ甲虫を飼っているんじゃないですよね?」


 「……」


 お、お父様助けて!!

 ……だめだこの親父、目線を全然合わせてくれない。


 「ミクリア!!!」


 静まり返った部屋の中にお母さまの怒号が響き渡る。


 「あなたはハッシュフィル家の令嬢なのよ!? それを甲虫なんてものに現を抜かして……。あぁ気持ち悪い」


 「ま、まぁまぁナナ。ミクリアも悪気がある訳じゃないんだから」


 「悪気があってされたんじゃたまったものじゃありません!! 2人ともそこに正座しなさい!!」


 『は、はい!!』


 その後お母さまの説教は深夜まで続き、私が甲虫を飼っている事、そしてそのための部屋を与えたお父様は1カ月の生活費以外の出費の禁止。

 私には誕生日までの外出禁止が決定されたのだった。



 

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