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その1 の1

 ドアを開けた途端、図書室とは思えない賑やかな声に迎えられ面食らう。

 校舎の一番奥にある図書室は普段から利用者が少なく、それに目をつけた暇人どもが放課後にたむろしているのだ。


 「宮森ちゃん、ちーっす」


 怖いぐらいにアイメイクをした三年の女子がふざけた口調で挨拶して来る。睫毛バサバサだし。

 無駄と知りつつも、仕方なく注意をする。


 「飲食禁止ですけど、ここ」

 「大丈夫、本は読んでないから汚さないよ」


 だったら何しに図書室に来たんだよ。

 そう言ってやりたいところだが、上級生の、しかも複数の女子を相手に口喧嘩で勝てるとは思わない。

 クッキーか何か食べているのが坂下で、鏡に向かって一心不乱に化粧をしているのが橋本、そして、このグループのリーダー的存在である片桐。僕が主に会話をするのは、この片桐さんだ。

 何を言っても、人を食ったような笑みでのらりくらりと躱される。それが少し苦手だけど、校内で気軽に声を掛けてくれる貴重な存在でもある。


 悲しいかな、僕には友達がいない。ロンリーボッチだ。


 溜め息をついて、カウンターにつく。もう一人の当番が来ていたのか、パソコンが既に起動している。

 三人組を見ると、「町田なら逃げてったよ」と返事がある。

 町田とは図書委員の三年生だ。ちょっと陰気なタイプなので、三人組と仲がいい筈もない。町田からしたら天敵に近いかも。


 本来であれば当番がいない時は鍵を掛ける事になっている。だが、三年生ともなると色々と詳しい上に図々しい。勝手に入り込んで、持ち込んだ雑誌を見たりお喋りしたり、挙げ句の果てには弁当を食べたりしている。貴重品がある訳ではないからと、数字錠しかないのが原因だと思う。


 「宮森ちゃん、お昼食べた?」


 おいでおいでと手招きされるので仕方なく傍に行くと、購買のパンを渡される。餌付けのようだとは思ったものの、空腹には勝てずパンを受け取る。ハッ、自然と三年女子に囲まれるようにして座ってしまった。


 「宮森ちゃんは食堂も購買も行きづらいっしょ」


 ヘラヘラ笑いながらそう言う片桐さんに、他の二人が不思議そうに「どうして?」と問い掛ける。


 「西垣に睨まれてるんだってー」


 その名前を聞いた途端、ムゥと眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。

 西垣とは、この学校の生徒会長だ。成績優秀にして、背が高く顔も男前。文武両道の才色兼備。それら四文字熟語がよく似合う模範的優等生。ちなみに生徒会長も四文字熟語だ。

 更には、責任感が強く誰にでも平等に接すると噂されている。その所為なのか、女子だけでなく男子からも人気が高い。


 僕はその生徒会長に、何故だか知らないが、目の敵にされている。

 面と向かって何かされた訳ではない。ただ、睨まれる。迫力ある美形が無言でジットリと。

 そんな有名人が常に睨んで来る所為で、誰も僕に寄り付かない。つまり、僕がボッチなのは生徒会長に原因がある。


 「へぇ、西垣って人を嫌ったりするんだ?」

 「違う違う。その逆でしょ」


 片桐さんがヒラヒラと手を振って否定する。

 それに、他の二人が「マジで?」と口々に言いながら意味不明な盛り上がりを見せる。


 「確かに宮森ちゃん可愛い顔してるもんね」

 「背も小さいしね」


 余計なお世話だ。楽しそうに盛り上がる三年生につい口を挟んでしまう。


 「小さくありません。これでも百七十はあります」


 どうだ、と胸を張ってみたものの片桐さんに「私、百七十二あるよ」と返されてしまう。そりゃ、あなたが大きいんだ。

 言い返せず、左耳のピアスを弄る。高校入学と同時に穴を開けたから一年は付けているのだが、未だに違和感が抜けなくて手が行ってしまうのだ。

 俯き加減になった所為で、落ち込んだように見えたのか。女子三人組が、「お菓子もあるよ」とクッキーやらポテチやらを机に広げる。学校に何しに来てんだって思うけど、食べ物に罪はないので有り難く頂戴する。


 「そう言えば、黒板に手形があったって話聞いた?」

 「聞いた聞いた、見に行ったのに消されちゃっててさー。マジ、ヤバいよね」


 キャハハと笑う。ヤバいと言いながら面白がってる。

 手形って何の話だろう?

 次々と出されるパンやお菓子を物色していたが、つい顔を上げる。

 興味を持ったと気付かれたのか、三人の女子がニマニマ笑いながらこちらを見る。


 「宮森ちゃんは地元じゃないから知らないよね」

 「はぁ、何を?」

 「この学校の七不思議」


 高校生にもなって何を言ってるんだ。

 そんな思いが顔に出てしまったのか、綺麗に磨いた爪を見せつけるように片桐さんがチッチッと人差し指を横に振る。


 「ただの怖い話じゃないんだよ。今も実際に起こっているんだから」


 そう前置きして、七不思議とやらを指折り挙げて行く。


 「放課後に二階の廊下を一人で歩いたら足音が付いて来るでしょ、あと、男子トイレの鏡を覗き込むと後ろに人影が写るのと、屋上に続く足跡。放送室から聞こえる歌声、で。今言った黒板に浮かび上がる血の手形と音楽室の泣き声……と、もう一個って何だっけ?」


 仲間を振り返って問い掛ける。すぐに返事がある。


 「屋上から飛び降りる影だよ」


 影って言われても。

 屋上は普段から施錠されているので、生徒が立ち入る事はできない筈だ。それなら目撃者はグラウンドから見上げていた事になる。距離があり過ぎると思うんだけど。


 「何かと見間違えたんじゃないですか?」

 「まぁ、そうかもね」


 言い出して置きながら、どうでも良さそうに肩を竦める。


 「でも、この学校の生徒はみんな信じてるんじゃないかな」

 「どうして」

 「八年前に、ちょっとね」


 八年前……中学卒業と同時に引っ越して来た僕には全くもって心当たりがなかった。だから、もっと詳しく聞こうと思ったのだが、図書室の戸が開く音に遮られる。


 「あれ、松村さん?」


 やって来たのは、僕でも知っている有名人の松村さんだった。

 学年トップの成績で、教師の覚えもめでたい。その上、気さくな性格で人柄もすこぶる良いらしい。見た目も優しそうで『菩薩の松村』という二つ名があるほどだ。そう言われてみると、確かにちょっと仏像っぽい。

 その菩薩がたむろする女子をチラリと見て、「飲食は禁止だよ」と言う。

 それに対して「はぁい」と答えて、女子三人がお菓子を僕に押し付けて来る。おい、ちょっと待て。僕が言った時と態度が違うじゃないか。あ、これが人徳って奴か。


 「来週から試験だけど余裕だな?」

 「赤点じゃなきゃいいんだよ」


 そう言って仲間に「ねっ」と同意を求める。


 「一応、受験生だろう。早く帰って勉強しないと」

 「はいはい、分かりましたぁー」


 そんなやり取りを経て、三人の女子がゴソゴソと帰り支度を始める。

 本当は八年前に何があったのか聞きたいけど、今は無理か。この三人はどうせ来週も来るだろうし、その時でいいや。


 「寄り道しないで帰るんだぞ」


 小学校の先生のような事を言う松村さんを振り返り、イヒヒと笑みを浮かべる。


 「松村も、宮森ちゃんを一人占めして西垣に睨まれないようにねー」


 そんな捨て台詞を残して、三人の女子がアハハと笑いながら図書室を出て行く。

 ついさっきまで煩いほどだった図書室が途端にシンと静まり返る。

 それを居心地悪く感じたのは僕だけではなかったようで、松村さんが小さく咳払いをする。


 「図書室は何時までかな」

 「下校のチャイムが鳴ったら閉めますけど」

 「そうか」


 今日は土曜日だが、松村さんが言ったように来週から試験があるので下校のチャイムは午後四時に鳴る筈だ。そのあとに生徒会が校舎の見回りをする事になっている。


 「あとで少し時間を貰えないか」

 「今でもいいですけど」


 三人組がいなくなったので、少しぐらい話し込んだところで迷惑を掛ける相手もいない。


 「いや、四時まで待つよ」

 「まだ三時ですけど?」


 一時間も何をしているんだろう。そう首を傾げると松村さんが隣の机に鞄を乗せる。


 「本でも読んでるさ」


 そう言えば、ここは図書室だっけ。三人組には試験勉強しろって言ってたけど、学年トップはやっぱり違う。一夜漬けなんてしないんだろうな。

 貰った菓子の類いを手にカウンターへと戻る。


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