心配させたくはなかったんだけど...
朝三時、そろそろ新聞配達の仕事に行く時間だ。
昨日父親から殴られた痛みがまだ残っている。
今日は休んだ方がいいと思ったが、仕事の同僚に負担をかけてしまい、それに菜々子さんも心配して、それに家計のやりくりも出来なくなる。
「くそ、あのくそ親父め」
人知れず僕はそう言って、朝ご飯を食べて、仕事に向かった。
配達所に到着したら、真っ先に僕の顔を見て、心配する菜々子さん。
「アツジどうしたのその怪我?」
「ちょっと階段から落ちてしまってさ」
僕は元気だとばかりに手話を交えて、話した。
「・・・」
菜々子さんは鋭い視線を向けて僕に問いかけてくる。
「何、菜々子さん、そんな怖い顔をして」
「階段から落ちたなんて嘘よ。何があったか、後でちゃんと話して貰うから」
やっぱりそうだ。菜々子さんには嘘は通じない。
それよりも仕事仕事。
新聞紙に一束ずつチラシを入れる作業をして、僕と同僚と菜々子さんはわき目も降らずに仕事に取り組む。
同僚達にも言われた。
『どうしたんだその顔の痣は』
と。
だから僕は『階段から落ちて・・・』と苦笑いをして言った。
『気をつけなよ』
と信じてくれた。
新聞紙にチラシを入れる作業をして、僕と菜々子さんと同僚達は、新聞を配りに行く。
やっぱり菜々子さんには心配かけたくなかったのだが、かけてしまった。
新聞配達の仕事が終わったら、菜々子さんに真実を話さなきゃいけないんだろうな。
でも菜々子さんに真実を話したら、何か事がややこしくなりそうで不安だった。
僕は人知れずに舌打ちをして、「あのくそ親父め」と口にした。
配達中、今日は昨日の痛みもあって仕事が捗らなかった。
今日はきっと菜々子さんにジュースをおごらなきゃいけないな。
新聞配達の仕事も終えて、配達所に戻ると、菜々子さんは仕事を終わり、僕の帰りを待つように手を腰に当てて僕の事をずっと見ていた。
「今日は菜々子さんの勝ちだね」
「今日の勝負は無効、それよりも事情を話して貰うわよ」
「事情って今日言ったじゃん、階段から落ちたって」
「あんたの嘘はねあたしには分かるんだから」
「・・・」
「さあ、ちゃんと話しなさいよ」
口をへの字に曲げて、鋭いナイフのような目で僕を見る菜々子さん。
僕は息をつき「菜々子さんに話したってどうにもならないよ」
「あたしはアツジの恋人よ、どんな事があってもあたしはアツジの力になりたい。たとえそれが命を落とす羽目になっても」
そこまで言われちゃあ、話すしかないな。
「それじゃあ、話すけれど・・・」
「ちょっと待って、ここでは何だから、アツジの部屋で聞くことにするよ」
「ええ、僕の家に来るの!?」
「立ち話も何だからそうしましょう」
菜々子さんが朝っぱらから僕の家にかあ・・・。
「菜々子さん。お母さんの方は大丈夫なの?」
「さっき家に連絡を入れておいた」
「そう」
僕と菜々子さんは共に僕の一人暮らしをしている家に自転車で向かった。
案の定やはり心配されてしまった。
僕の家に到着して、菜々子さんは「じゃあ、事情を話して貰おうかしら」
「フー」と息をつき、僕は昨日の顛末を菜々子さんに話した。
「それはひどいわね。どうしてそんな事でアツジの父親にそんな事をされなきゃいけないの?」
「家の親どもは世間体の事しか考えていないんだよ」
「そんなのってひどいよ。アツジはアツジなのに」
「そう言ってくれるのは菜々子さんに光さんに妹に英明塾のみんなだけだよ」
「それだけの人達がいるんだから、あたしがアツジを親族から守ってあげるわ」
「父親は腕力だけは強いから、菜々子さんはすぐにやられちゃうよ」
「だったら警察を呼ぶべきだわ」
警察かあ、小柳の一件で僕は警察にひどい目に遭わされたんだよな。そんな警察に僕は頼りたくないがもし、父親がまた僕の家に来たら、警察に110番に連絡しよう。
そのための国家の警察なんだからな。
「じゃあ、今度僕の家に父親が来たら警察を呼ぶよ」
「その前にその怪我を保健所に連絡して事前に二度と父親がこれないようにした方が良いわ」
「その手が合ったか、菜々子さんに相談して良かったよ」
「アツジ、何事も報連相だよ」
色々と話しながら、時計は午前八時を示していた。
「そろそろ、図書館に行く時間だね」
「今日は一日、休んでいた方が良いわ。午後の新聞配達もそれと福祉センターに行くのも」
「大丈夫だよ。これぐらいの怪我で」
「顔面痣だらけじゃない、そんな顔を光さんや英明のみんなに見られたら、とんでもない心配をかけるわよ。
今日新聞配達の同僚達、階段から落ちたなら事情を説明して休めば良いのにって言っていたよ」
そうだよな。自分の顔を鏡で見ると、顔中痣だらけだった。
「今日はあたしがアツジの看病をしてあげるから、ちゃんと休んでいないさい。それよりも病院に行った方が良いかもしれないね」
「病院なんて大げさだよ」
「大げさなんかじゃないよ。自分で鏡を見たでしょ」
改めて見ると確かに凄い。
「でもお金かかるし」
「お金の心配ならいらないわ。私が半分出してあげる」
「そんな、悪いよ」
「私に知り合いの医者がいるの、その人は私のおじさんなんだけど、事情を説明すれば、あまりお金を取られる事もなくなるわよ」
それで僕は菜々子さんのおじさんの医者に診て貰う事にした。
場所は案外近く、一つ目の橋を渡った所にあるみたいだ。
菜々子さんにつれられ、僕は自転車で菜々子さんが運転する自転車で行くことになったけれど、「ダメだよ二人乗りは」僕は言う。
「けが人は大切に扱わないと。それとも救急車で行く」
「そんな大げさな怪我でもないよ」
「じゃあ、私の後ろに座りながら来て」
忠告通り、菜々子さんの後ろに跨り、菜々子さんの知り合いの病院に行くことになった。
「ちゃんと捕まりなさい」
僕は言われたとおり、菜々子さんのお腹に手を回して抱きつくように捕まった。
女の子って妹もそうだったけれど、何かいい匂いがする。
病院にたどり着いて、僕は降りて、菜々子さんに手を引かれて中に入っていった。
この消毒液の独特の匂い、本当に病院なんだと分かる。
でも待合室に患者はいない。
菜々子さんが「おじさーん、夏目おじさーん」と呼ぶ。
「おーう菜々子か?」
診察室から声が聞こえて、出てきた。
出て来たのは白衣を着た少し白髪があって丸いめがねをかけて髭を生やした見るからにも医者だと言う事は分かる。
「どうしたんだ?それにその子は?」
「えーと、色々あってね、その、あの私の彼氏がさ」
「彼氏!?」
驚く夏目おじさんと言う医者。
「まあ、そんな所だからこの子の事を見てあげてよ」
「別に大した怪我じゃないんだから」
「分からないでしょ、もしかしたら骨折しているかもしれないのに」
僕の耳を引っ張る菜々子さん。
「おい。菜々子、お前の彼氏で俺に見て貰いたいんだろ」
「ほら、早く、靴脱いでスリッパにはきかえなさい」
「分かっているよ菜々子さん」
すると夏目おじさんはにこにこしながら僕達の行動を見ている。
「何、にやついているのおじさん?」
「いや、お前に彼氏ができるなんて夢にも思わなくてな」
「そんな事より、アツジの事を見てあげて、この子、昨日父親に虐待を受けてさあ」
「分かった。お前は待合室に待っていなさい。俺が見ておくから」
「じゃあ、お願い」
僕は夏目おじさんの診察を受けるために、診察室に入っていった。
心なしか?おじさんは嬉しそうにしている。
「お前さん、菜々子のこれか?」
ニヤニヤしながら小指をつきだしてくる。
「そうですけれど、とにかく診察をお願いしたいんですけれど」
「お前さんの怪我の方は大丈夫だ。それよりも菜々子に彼氏かあ」
嬉しそうに僕の事を見つめている。
「菜々子にあんな態度をとらせるなんて、お前さん、菜々子に相当気に入られているんだな」
「それよりも、この顔面の痣、何とかなりませんか?」
「まあ、一週間は残るから、目立つのが気になるならコンシーラーで隠すとしよう」
「隠す事は出きるんですね」
「ああ、それよりも菜々子の彼氏か?その傷はさっき聞いたけれども父親の虐待にあったと聞いたが」
「はい。そうです。ほかにもわき腹や足にも」
「それなら、シップを張って直すだけで大丈夫だろう」
「それを聞いて安心しました」
「それよりも、菜々子とはどこまで行ったんだ」
この人は僕の怪我よりも、菜々子さんの彼氏である僕に興味があるみたいだ。




