菜々子の想い。
涙なんて男がたやすく見せるものじゃない。
英明を出て、靴を履いて光さんから逃げる僕。
それを追いかけてくる光さん。
「あっ君、待ちなさーい」
「何で追いかけて来るんですか?」
「あなたの事が心配だからよ」
走ってすぐにばててしまって、光さんに追いつかれてしまい腕をつかまれた。
「いったいどうしたの?あっ君」
心配そうなまなざしで僕を見る光さん。
僕は考えさせられる。光さんが彼氏がいるから、それがショックで逃げたなんて、言えないし、どうすればここから抜け出せるのだろう?
そして僕は言った「アンネの日記の事を思い出して泣いてしまったんです」なんて嘘が下手なのか?
「アンネの日記を見て思い出したんだ。それで泣いたんだね」
僕はホッとする。こんなでたらめで下手くそな嘘が通じる光さんに対して。
そんな僕がホッとしている束の間「そんな訳ないでしょう?私にそんな嘘は通じないわよ」と言って胸元を捕まれた。
「さあ、言いなさいよ。どうして泣いて逃げ出したかを」
とうとう追いつめられた僕は、「ごめんなさい。言えません。でも決して、誰にも迷惑などかけてないつもりです」
「本当に!?」
光さんの目が怖い。
「本当です。光さんが聞いたら迷惑な話です」
「私が聞いたら迷惑な話って何のこと?」
しばし考えてから、
「私が聞いたら、迷惑な話って、もしかして、あっ君私の事が好きなの?」
「・・・はい」
光さんは軽く息を吐いて「そうか、あっ君は私の事が好きなのか?」
「でしょ迷惑な話でしょ。昨日、菜々子さんに僕が光さんの事を好きだと言うのを知っていて、光さんには彼氏がいるって言われて、僕は落胆して凄い衝撃を心に受けたのです」
「私には彼氏はいないよ」
「本当ですか?」
「だからと言って私とあっ君が恋愛対象になることはまずないわ」
再び衝撃的な事を言われる。
「ゴメンね。また衝撃的な事を言っちゃって。
私もあっ君の事が好きだよ。でもそれはいけない事なのよ」
「ど、どうしてですか!?」
「あっ君は私の生徒に当たることだからね、教師と生徒の恋愛は禁じられているのよ」
残酷な真実を聞いて僕は溢れるばかりの涙を流して、その場を去った。
今度は光さんは追いかけて来なかった。
でも僕は光さんに追いかけて欲しかった。
体がヘトヘトになるまで僕は河川敷にたどり着き、「ふざけんなバカ野郎!!!」と隣町まで叫んだ。
僕は振られたんだ。それは認めるしかない。
でも菜々子が嘘をついたことに憤りは止まらなかった。
どうしてあんな嘘を言ったのか僕は気になったが、多分僕の事が気に入らないから、そう言ったんだと思う。
でも光さんに彼氏がいないことを思うと、僕も男を磨けばいつか振り向いてくれるんじゃないかと夢のような事を思う。
そうだ。頑張ろう。
そういって来た道を折り返して英明塾に到着した。
中に入って勉強部屋に入ると、光さんと菜々子がいて、光さんが「菜々子ちゃんあっ君に言うことは?」
「ごめんなさいあっ君」
と菜々子さんから意外な言葉を聞いて僕は驚いた。
それに僕の事をあっ君と呼んでくれた。
「分かったから、もう良いよ」
と言って置いた。
そこで光さんが「さて私も司書の仕事があるから行くけれど、菜々子ちゃん、もうそんな嘘はついちゃダメよ」
「はい。申し訳ありません」
なぜか菜々子は泣いていた。
「別に謝らなくて良いよ」
と僕が言うと、光さんが「菜々子ちゃんには私からきついお灸をすえて置いたから、これからは仲良くしろとは言わないけれど、ちゃんとうまくやっていきなさいよ」
「はい」
と泣きながら返事をする菜々子さん。
光さんはお灸を据えたと言っていたがいったい何の因果があって菜々子さんは泣いてしまったのか?
きっと光さんを怒らせて泣いたんだと僕は思った。
光さんを怒らせると、あの気の強い菜々子まで泣いてしまう程の恐ろしさなんだ。
僕は光さんを怒らせないようにしようと思った。
菜々子をどのように叱ったのかは分からないが、菜々子は泣いている。
きっと凄い怒り方をしたんだなと思った。
勉強は一時休戦ということで、光さんから受け取ったパンを食べて、僕は娯楽室へと足を運んだ。
娯楽室ではみんながゲームをしている。
「あら、あっ君、どうしたの?」
麻美ちゃんが僕に語りかけてくる。
「いやたまには気分転換にみんなとゲームがしたいなと思って」
本当は勉強室で菜々子が泣いているから、勉強に集中できないから娯楽室へと足を運んだことは伏せておく。
「今、みんなでぷよ○よ通をやっているところだよ」
「ぷよ○よ通?」
僕はゲームの事はあまり知らないので、ぷよ○よ通の事を麻美ちゃんに聞いてみる。
「今、英明内ではやっているんだ」
タイトル画面を見て、1994年と表示されていて、僕が生まれる前のゲームだと言うことは分かった。
今、長塚君と笹森君が対戦している。
あの丸い目ん玉がついたそれぞれの色を四つ併せて崩して、それを連鎖すると、相手に攻撃を加えて行くゲームみたいだ。
面白そうなので僕も混ぜてもらった。
笹森君と対戦して、僕はあっと言う間に負けてしまった。
「強いね笹森君」
僕が言ってあげると「いやまだ、あっ君はまだ初心者じゃないか、最初からファイヤーを出すなんて凄いよ。
「そうかな?」
みんなと対戦して遊ぶゲームは面白かった。
ゲームは交代制でやり、一人でゲームするよりみんなでこうしてゲームをするのが楽しいとは思わなかった。
みんなゲームにも飽きてきて、僕はそろそろ勉強室に戻り、菜々子はおらず、僕は勉強を一人でやることになった。
きっと勉強には手が着かず、帰ってしまったのかもしれない。
それならそれでいいと僕は一人で勉強をする事にした。
気分転換も出来たし、勉強の方も進んで出来るようになった。
部屋に引きこもっているより、こうしてみんなとふれあいながら勉強をしているとなんか捗る。
これも光さんのおかげだな。
勉強に集中していると、ドアが開く音がして、誰かと思って見てみると、菜々子だった。
「やあ」
と挨拶をする。
「うん」
となぜかその瞳を泳がせている。
「勉強しに来たんでしょ」
「違う」
「じゃあ、何をしに来たの?」
「あっ君に話があって」
「僕に菜々子さんから?」
「ええ、そうよ」
「話って何?」
「あたし、あなたの事が好きなの?」
「・・・へ!?」
今、菜々子さんは僕に衝撃的な事を言った。
だから僕は「何だって!?冗談にも程があるよ」と言って僕は笑ってしまった。
「冗談だと思う?」
「今日は四月一日だったかな!?」
「ふざけないで!!!」
威圧的な視線を向けて僕に言い放つ。
僕はそんな彼女が怖くなり、「はい!!!」とかしこまってしまう。
「あなたはどうなの?あたしの事をどう思っているの!?」
「別にどうも思っていないよ。急に告白なんてされて驚いているけれど、僕のどこが好きなの?」
「何事にもひたむきで勉強を頑張るあなたが好きなの?」
これには驚いた。まさか夢であったことが本当になってしまった。光さんには彼氏がいることを僕に嘘をついて、それは僕の事が好きだから嘘をついたのだと。
「とにかく急にそんな事を言われても僕はどうしたらいいのか分からないよ」
「私の事より光さんの事が好きなんでしょ。あの人に恋心を抱くのは倫理的にダメな事だよ」
光さんも同じ事を言っていた。
僕と光さんが恋人同士になることはいけないことだと。
生徒が教師に恋心を抱いてはいけないのだ。
だからと言って僕は正直迷ってしまう。
「考える時間が欲しいみたいね。明日まであたしは待っているから、その時まで考えておいてね」




