プロローグ
西暦2030年
都内・某ゲームセンター
ゲームセンターの中は、時が経ってもあまり変わることはない。立体映像やVR装置など最新の設備が置かれてもなお、それをプレイする人たちの歓声、笑い声、それにスピーカーから流れ出る騒々しいBGMは今も昔も変わらない。
そんなゲームセンターの一角に、異様な雰囲気を出すブースがあった。4台のゲームの筐体と、ゴーグルのような黒い装置。そこを仕切る壁には、大きく目立つような文字で『アイドルナンバーワン!!』とタイトルがロゴされていた。
その筐体の一台に、ひとりの男が座っていた。彼の名は、松田邦明という。少し小太り気味の体格。ジーパンに、Tシャツというラフな格好をしているが、背中にはじわりと汗のしみができていた。
彼は今、決戦のときをむかえようとしていた。この、昨年の夏に稼働が始まった『アイドルナンバーワン!!』は、VRーー仮想現実世界での、アイドル育成ゲームだった。プレイヤーはプロデューサーとなりアイドルを育成、日本のアイドルでの頂点を決める「全日本アイドル選手権大会」での優勝を目的とし、日本のアイドルの頂点を目指す、というものだった。アイドル育成ゲームは昔からあったが、リアルな仮想現実という空間でプロデュースする、という内容は魅力的で、またたく間に爆発的なヒットをした。さらにこの「全日本アイドル選手権大会」も、ネットを通じて全国のプロデューサー同士のバトルということもあり、本当に自分のアイドルを育てている、という実感が持てるとなって、その人気は衰えていない。
ただ、このゲームが他の育成ゲームと違う点は、仮想現実だけではない。よりリアル性を持たせるため、一度プロデュースしたアイドルを再びプロデュースできない、という設定があった。つまり、ゲームオーバーすれば、リトライすることはできないのだ。
それだけに、育て上げたアイドルには愛着が湧いた。このゲームが、そんな過酷な条件かあるにも関わらず支持されるのも、そんな理由からだ。さらに、最終的なクリア目標は大会の優勝ーートップアイドルになる、ということだが、その大会に出ずにひたすら育成に励み、オーディションを繰り返す、という方法もある。そうすれば少なくともゲームオーバーにはならないし、担当のアイドルを失うこともない。
だが、彼は敢えて大会に出場することを選び、担当するアイドルーー天空寺未来花を育て上げてきた。全国のライバルたちを蹴落とし、ついに今日、大会の決勝戦を迎えるのである。
(未来花、いよいよだな……)
心の中で、松田は未来花に語りかけた。画面の中の彼女は、相変わらず可愛らしい笑顔を、彼に向けている。その笑顔を信じて、松田は「決勝戦へ」というアイコンを、タッチした。
決勝戦が始まる。全国から選び抜かれた強敵たちが、それぞれ一人ずつNPーー審査員たちに、それぞれのアイドルの魅力をアピールする。その、累計のアピールポイントが一番高いアイドルが優勝する、という仕組みだ。
そして、数分後。その結果に、彼は愕然とした。
「2位ーーだと……?」
僅か2ポイントの差、だった。最後の最後で、自分のアイドルの最大アピール値を出す技を繰り出すタイミングが、少しーーほんとに数秒ーーズレただけだった。それまでは、完璧な試合運びだった。だが、そのミスで、すべてがパーになってしまった。
(負けてーーしまったんですね……)
未来花の、悲痛な、悲しげな声が虚しく響く。その後の最後のコミュを、呆然としながらただ眺めるしかなかった。
※※※
帰り道。まだ敗北の余韻が残っていた。ーー2年前、筐体が稼働するときに見かけた、未来花。いわゆる「主人公枠」で、明るく、どんなときも前向きな彼女に一目惚れした松田は、筐体稼働後迷うことなく彼女をデビューさせた。それから、いくらお金をつぎ込んたのかは、定かではない。だが、この2年間で積み重ねた彼女との思い出は、お金ではない、かけがえのないものだった。落ち込んだときは彼女の歌に励まされ、予選を勝ち抜くたびに一喜一憂し、ほんとうに自分が担当しているアイドルのように接していた。なのにーー。
ぼんやりとそんなことを考えていた彼は、いつもの通いなれた横断歩道を、しっかり確認せずに渡り始めた。ーーそして、猛スピードで突っ込んでくるトラックに気づかなかった。「危ない!!」という叫び声が聞こえ、はんしゃてきにトラックの方を向きーーそこで、意識か途絶えた……。