7話 一夜明けて
ギルヴェルトに抱かれた翌朝、リリゼットが目覚めると投獄された時に着せられていた灰色の服ではなく町娘らしい服に着替えさせられており、靴も近くに置かれていた。
ギルヴェルトはすぐ近くの壁にもたれて眠っている。
ー寝顔もカッコいいなぁ。
リリゼットが前世から長年会いたかった彼が目の前にいる。
ギルヴェルトは目付きと愛想は良くない、瞳の色関係なく恐怖など無ければ顔に今までの苦労が滲み出ているが顔付きは決して悪くはない。
リリゼットがもう少しギルヴェルトの寝顔を見るべく近づこうとすると昨夜の出来事が夢ではないと証明するかのように下腹部に鈍い痛みを感じた。
ーやっぱりちょっと痛い…。
下腹部に痛みはあるがギルヴェルトが魔力を分けてくれたおかげで昨日ほど魔力不足による倦怠感は無かった。
少し前までは周囲の殆どがリリゼットの敵となり死を望まれ投獄され何もかも信じられなくなったり処刑による死の恐怖があったが昨夜彼に抱かれたからか気持ちも大分楽になっていた。
ーもっとギルと一緒にいて彼のことを知りたい…。
ギルヴェルトは生れつき瞳が赤かったという理由で理不尽な罵倒、悪態、拒絶を受けながら裏稼業で日々の糧を得ながら今まで生きてきたのだろう…。
依頼だとはいえギルヴェルトはリリゼットを処刑から救い、リリゼットの命と大事に思っている者達を守ると約束してくれた。
『…名を…ギルと…呼んでくれ…』
ギルヴェルトは悪行を行い生きてきた裏稼業の人間だが行為の最中に寂しさが混ざった声で言った彼の言葉、リリゼットを抱く時に壊れ物を扱うかのような優しい手で触れてくれた彼が救いようの無い悪人だとは思えなかった。
ギルヴェルトが過去にどのような悪行をしていたか知ってもリリゼットは彼の側にいようと誓った…。
「このまま馬車だけでクリスティアへ行くには余りにも日数が掛かる。サハーレンに協力者が移動魔道具を持ってくる手筈になっているからそれで一気にクリスティアへ行く」
その日の朝もギルヴェルトが用意してくれた粥を一緒に食べている時に今後のことを彼が話してくれた。
今2人がいる位置はまだガルヴァン国内だ。
ここからクリスティアまでは馬車を速く走らせても2週間かかる。
そこで協力者が持ってきてくれる魔道具で一気にクリスティアへ行くのだという。
サハーレンへは遅くとも今日の夜にでも着くだろうともギルヴェルトは言っていた。
王都ガルヴァンから殆ど出たことがなかったリリゼットはこのままクリスティアへ着くまでの旅を楽しみたかったがギルヴェルトとしては依頼人の元へ彼女を送り届けたいのだろう。
サハーレンに着くまでの間、街に入るところから出るまでの打ち合わせをしながら時間を潰した。
「止まれ、身分証と馬車の中を確認させてもらおう」
ギルヴェルトが走らせた馬車がその日の夕方にサハーレンの街に着いた。
街の門の前に来ると門番がおり身分証の確認をされた。
ギルヴェルトの本職は諜報員ではあるが諜報員のようなあからさまな裏稼業では怪しまれ街の中に入れない可能性が高かったので彼は所持している冒険者用の身分証を門番に見せていた。
「赤い瞳の冒険者か…後ろに乗っている娘はなんだ?」
やはり身分や外見の差別による偏見が根強いガルヴァン国内なのでギルヴェルトの赤い瞳を見て門番から怪訝そうな顔をされ幌馬車にいるリリゼットのことを質問された。
門番はギルヴェルトが赤い瞳だからという理由でリリゼットのような娘を攫い家族に身代金請求、又は奴隷商人へ売り飛ばすつもりなのではないかと怪しんでいるようだ。
少し前までリリゼットは貴族だったが今の彼女は平民どころか王都では死んだことになっているので本名を名乗るわけにはいかない。
「この娘はダンカム商会オーナーから誘拐された娘を連れ戻して欲しいと直に依頼を受けていたオーナーの娘だ。彼女の身分証は誘拐された際に無くしてしまった」
ダンカム商会オーナーとはオーガスタ・ダンカムというこの世界で名の知れた大商人、彼は各街に支店を持ち貴族の顧客も多い。
ギルヴェルトは門番にリリゼットのことをダンカム商会オーナーの娘だと説明し、ダンカム商会オーナーの直筆とダンカム商会の印が押された依頼書を見せた。
このダンカム商会オーナー直筆の依頼書には誘拐された娘の特徴が書かれており依頼書そのものも本物。
何故ギルヴェルトがダンカム商会オーナー直筆の依頼書を持っているのかというとリリゼット救出計画にはダンカム商会オーナーも協力者として加担しておりリリゼットが処刑宣告されたのは計画外だったが元々国外追放されたリリゼットを王都から保護した後に他の街に赤い瞳のギルヴェルトと元令嬢のリリゼットがスムーズに街の中へ入れるよう作成されたものだったからだ。
「ふん、まぁいい。ただし問題は起こすなよ」
やはり赤い瞳という理由でギルヴェルトを怪しんでいる門番は渋々という態度で2人を街へ入る許可を出した。
サハーレンに来た2人は他の協力者が来るまでベッドで旅の疲れをとるために街にある宿屋へ向かった…。