5話 赤い瞳
リリゼットがツキシロとの会話を終えるとギルヴェルトが木製の器に盛った食事を2人分持って幌馬車に戻ってきた。
彼はそのうち一つの器をリリゼットに手渡す。
彼が持ってきた食事はリリゼットの体調と滋養を考慮したと思われる米と卵を煮て作られた玉子粥だった。
この世界では米の調理法はリゾットくらいしかなく精米する手間もかかる為大半がもみ殻付きで王族貴族が食す家畜の高級飼料に使用されている。
転生してからリゾットですら彼女はあまり米を食したことがなかったので玉子粥を用意されたことに感激というよりも少し驚いていた。
「…依頼人からお前の体調が悪くともコレなら食えるだろうと聞いていたからな」
彼女の表情を見てギルヴェルトが言った。
無意識のうちにリリゼットは『なぜ米粥のつくりかたを知っている?』と言いたそうな表情になっていたようだ。
確かに米粥は彼女の前世、日本人が風邪や胃腸の調子が悪い時に食す馴染み深いものだ。
だが何故リリゼット救出を依頼した者が米粥のことを知っているのか疑問に思ったが彼女は拘束されてから極度のストレスと恐怖で1日パンを一口分と水を数杯しか口にしていなかったので落ちた体力と不足した魔力を回復させるために質問より食事を優先した。
「美味しい…美味しいなぁ…」
木製の器に盛られたまだ熱い玉子粥を木のスプーンですくい、息を吹きかけ少し冷まして口にすると塩加減も丁度良く懐かしい米の甘み、卵の旨味が口いっぱいに広がり胃だけでなく体の芯から温まるのを感じた。
18年ぶりに食べた玉子粥を『美味しい』と涙ぐみながら彼女は食し綺麗に完食した。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
リリゼットはパンッと両手を合わせ笑顔でギルヴェルトにごちそうさまと言った。
この世界には貴族どころか平民の間でさえ両手を合わせて『ごちそうさま』と言う習慣はない。
懐かしい玉子粥を食した所為か普段は親しい友人達どころかアルガリータ家にいる時でさえ隠している彼女の前世、日本人だった頃の癖が出てしまった。
それを見たギルヴェルトはキョトンとしていた。
てっきり彼女が両手を合わせてごちそうさまを言ったのが可笑しいのかと思ったが…。
「…やはりお前は俺の眼を見ても平等に接するんだな」
ギルヴェルトは彼女が瞳の色を理由に悪態をついたりしないことに少々驚いているようだ。
ー赤い眼…あぁ、そうだった…。フランで慣れてるからすっかり忘れてた…。
この世界で赤い眼は悪魔の瞳と呼ばれ迫害の対象となり真っ当な職に就くことができず裏稼業に身を投じるしか選択肢がなくなるという悪循環が生まれている。
フランとは彼女の元同級生、フランシス・アルヴァンの愛称である。
フランシスはウェーブがかかり背中まで伸ばした白髪と赤眼、眼鏡をかけているのが特徴の『聖天使アリシア』に登場する攻略キャラの一人だ。
フランシスは伯爵、代々宮廷医師として王族に仕えるアルヴァン家の生まれではあるが悪魔の瞳と呼ばれる赤眼だけでなく生まれつきの白髪も原因で周囲の人間、家族からも疎まれアルビノゆえに幼い頃から病弱だったこともあり学園には初等部から在学していたものの高等部に上がるまで屋敷の本と実験道具で溢れた自室に引きこもっていた。
彼は大人でも難しい医学書や薬品の本を絵本代わりに読んで育ったので医術や薬品の知識が豊富だった。
『聖天使アリシア』においての彼のグッドエンドルートはアルヴァン家を捨てアリシアと共に遠く離れた国へ行き貧困層の者達を治療する医師となるのだが…。
フランシスのバッドエンドルートでは…アリシアまたはリリゼットに拒絶されても自分の側に置くために監禁して少しずつ彼が調合した特殊な薬品を注射して相手を生きた人形にしてしまうという恐ろしく病んだものだった…。
「これでもう君は僕だけのものだね…」
と狂気の笑みを浮かべながら廃人になったアリシアやリリゼットの頬を撫でながら言うスチルでトラウマになったプレイヤーは多い。
そちらのフランシスの印象が強く高等部1年時代のリリゼットは彼のことがかなり苦手だった。
だが二人一組になる必要がある授業のチーム分けをした時に同じクラスで互いに他に組めるような友人がいなかったので何度も組んだ結果、現在『聖天使アリシア』の攻略キャラの中で彼女が一番会話をする程の仲となりフランシス自身もゲームではボソボソとした口調だったのが今でははっきりとした口調で話すようになり在学中にリリゼット以外の理解ある友人も少人数ながらつくれていた。
そしてリリゼットがエドワードから断罪された日に『悪魔の癖に』、『出来損ない』と言われても怯まずもう一人の攻略キャラ、アレンと一緒にリリゼットの味方となりエドワードに立ち向かってくれた。
フランシスのゲームでの奇行は長年、瞳の色が原因で疎まれ引きこもりだったが故に自分に自信もなく他者の気持ちや距離の取り方が分からず暴走した結果だったのだろうと彼女は推測している。
「フランシス・アルヴァンだけでなく俺の眼を見ても平然としてるとはな。"転生者"は皆そういうものなのか?」
「な、な…なんで知って…」
流石諜報員、リリゼットの友人関係は把握済みのようだ。
だがギルヴェルトの口から出た"転生者"という単語で無意識にリリゼットは体が強張るのを感じた。
長年リリゼットは転生者だということを隠してきたというのに何故ギルヴェルトはそのことを知っているのだろう?
「俺はクリスティアにいる転生者からお前の保護を頼まれたからだ」
リリゼットを救出、保護をしたのはクリスティアにいる転生者の依頼だったとギルヴェルトは告げた…。