3話 想い人と邂逅
『あれ…?ここはバスの中…?』
彼女は気がつくと転生先の世界には存在していないバスの中にいた。
『ちょっとアヤ寝ぼけてるの?まぁかなりはしゃいでたから疲れるのも仕方ないよね~』
彼女と向かい合う位置に座ってる黒髪黒眼の少女が言った。
確かこの少女は親友の美香だ…。
そして彼女はこの光景にも覚えがあった。
このバスは美香と旅行帰りに乗ったバス…、綾奈はあの事故で命を落としてリリゼットに転生したはずなのに何故このバスに乗っているのだろうか…。
ー私がリリゼットに転生したのは夢だったのかな…?
彼女がそう考えた瞬間だった。
キキキキィーッ!バァンッ!!
急ブレーキ音、何か大きな物がバスに激突し車体が大きく長く揺れた。
『『キャアアアアアアア!!』』
彼女は美香と抱き合いないながら悲鳴を上げ、視界が暗黒に染まった…。
『あんな子、好きで生んだわけじゃないわ』
暗闇の中でリリゼットの母親の声が聞こえた。
『エドワード様に対してあの態度はなんだ!?エドワード様と婚約しているからお前に価値があるんだぞ!』
今度はアルガリータ公の声。
『お前のような悪魔がオレの婚約者だったなんてな正直ゾッとするよ…』
これは卒業パーティーで婚約破棄をされる前にエドワードから言われた言葉だ。
恋愛感情もなく無関心の相手だったのでエドワードからの罵倒を彼女は幾らか耐えられたが悪魔と呼ばれたのには流石に深く傷ついた。
『リリゼットが生きているだけでまた暗殺されそうで怖いわ…。彼女は私を殺してエドワード様の婚約者に返り咲こうとしているのですもの…』
これはアリシアが泣きながら裁判所の証言台で言った言葉だ。
『ガルヴァン国第一王子の婚約者、アリシア・フィリーズ嬢暗殺未遂の首謀者として被告人リリゼット・アルガリータに極刑を言い渡す!』
有罪判決を言い渡されると今度は断頭台とその向こう側に群がる民衆が見えた。
『エドワード様に仇なす魔女に死を!』
『アリシア様を傷つけた悪魔に死を!』
『我ら民を食い物にした貴族に死を!』
リリゼットの死を願う民衆達の罵声が聞こえる中、彼女は2人の兵士に連れられながらゆっくりと断頭台まで歩かされていた。
ー嫌…、死にたくない…私はまだ死にたくない…!
前世でもやりたい事をやり切れず親愛な家族に別れも告げられず死んだのに、前世と同じ年齢で今度は冤罪により死ぬのだ。
ーお願い!やめて!私を殺さないで!!
断頭台に首を固定された彼女は叫ぼうにも声が出ない。
ー誰か…私を…助けて…。
リリゼットに転生してから周囲の人間に助けを求めても無駄だという諦めがあった彼女が初めて心から他者に助けを求めた。
「その依頼、確かに承った」
愛して止まなかったあの言葉が聞こえて彼女は目を覚ました。
「…ようやく目を覚ましたか」
リリゼットが目覚めてはじめに見えたものは赤い二つの眼、そしてこの声は…彼女が会いたくて仕方なかった声の主がいた。
ーあれ…?ここどこ…?
彼女は状況を確認すると幌馬車の中だと思われる床で質素ではあるが彼女の頭には枕、体には毛布がかけられた状態で横たわっていた。
横たわったまま彼女は暗殺者(?)の姿を観察する。
彼の容姿は肩まであるウェーブのかかった黒髪に赤眼、目つきは鋭く年齢はリリゼットより10歳上のように見え、服装は貴族ほどではないが平民が着る服より少しだけ質の良い服を着ていた。
ー暗殺者さん…?あれ、私もしかして天国じゃなくて地獄に落ちた?それとも暗殺者さんも天国に来れたのかな?
リリゼットは独房で自害、彼はアリシア暗殺の際にエドワードから返り討ちにあった筈だとまだ自身が生きていることに気が付いていない彼女は混乱していた。
「…まだ具合が悪いだろうがこの場で言える範囲で説明をさせてもらう。まず俺の名はギルヴェルト。クリスティアで諜報員をしている。暗殺は請け負ってはいないからな」
ーえ、暗殺業じゃないの!?
ようやく彼の名前を知ったが何よりまず暗殺業をしていないことに彼女は内心驚いていた。
「俺はお前を助けて欲しいと"ある女"に頼まれたがお前を罪人のまま連れ去れば追手が来てしまう。その為に死んだことにさせてもらった」
ギルヴェルトの説明によるとある女性にリリゼットを助けて欲しいと依頼を受けガルヴァンに来た時には既にリリゼットは独房に入れられほぼ有罪が確定し諜報員の彼では状況を覆すことなど不可能だった。
その状態で彼女を連れ出すことは脱獄を意味する。
罪人が脱獄すればエドワードは確実にリリゼットを連れ戻す、もしくはリリゼットを始末する為に追手を放つことが想定できた。
策を考えた末に死んだ罪人を探す者はいないと考えつきアルガリータ家のメイド長メアリーの助けを借り、リリゼットの差し入れに仮死状態にする薬を紛れ込ませた。
そして仮死状態となり罪人墓地に埋められたリリゼットを掘り起こしてガルヴァンから彼女を連れ出したのだとギルヴェルトは説明した。
「私は貴方に助けられて今生きてるんですね…。助けてくれてありがとう…」
周囲が敵しかおらず死を望まれた中でも自分を助けてくれる者がいた、しかも想い続けてきた声の主に助けられたのだから彼女は嬉しさのあまり涙を零しながらギルヴェルトに礼を言った。
処刑による死の恐怖から解放されたこともありその涙はリリゼットが泣き疲れてまた眠りにつくまでとまることはなかった。