崩落
幅広の黒スーツを追いながら、ノゾミは思考を巡らせていた。
狙撃銃にしてもそうだが、今度はリボルバー……現代の熱光学兵器と比較すると核兵器とガスガンくらい武装レベルが違う。
まともな超能力を持った殺し屋なら、もっと強力な武装を持ちだしてきたほうが自然だ。
例えば、
思念を送ることで起爆させ、半径十メートルを吹っ飛ばすトラップ型の爆弾。思念式の超小型爆弾、サイコマイン。
光の屈折とショットガンの機構を組み合わせて生み出された光熱の散弾銃。電位差感知式の光学兵器、スプレットレイ。
などなど――。
これらはデュクタチュールの警備軍に配備されているものだが、どれも必殺の威力を秘めている。
だが、超能力を使えないとこの武装たちは使うことができない。
知識としてため込んでいただけのノゾミには、永遠に無縁のモノである。
「クソ、考えるほど空回りするなッ!」
非常階段を折り返したノゾミは、二発のマグナム弾を避けながら吐き捨てた。
ジーコの正体はついぞ判明しなかったが、リボルバーの特徴なら知っている。弾倉であるシリンダーは六発撃ち切ると、次弾の装填に時間のかかるモノだったはずだ。
追いかけている都合、弾倉をリロードする暇は与えていないし、その素振りもなかった。
計四発の弾丸を切り抜けたノゾミは、残り二発……と襲撃のタイミングを見計らう。
「ハハハ、難しい顔で考え事か!? 利口で賢しいね、ミスターは!」
ジーコは八相跳びで壁を蹴り、階段を降りていく。
「うるさい!」
「ノゾミ、祢々切丸を前に!」
「……!」
逆上していたノゾミに、ネネが警告的な指示を飛ばす。ネネの声で反射的に大太刀の血刃を正面に構えると、プツンと途切れる音がした。
――キラとちらついた糸切れが、視界を掠めていく。
先ほどジーコが移動したとき、軍用ワイヤーを設置したのだろう。高さは丁度、ノゾミの首を狙って配置されていた。
ブレ―ドワイヤーともいうべきソレに、ネネが気づいていなければ、ノゾミは首と胴体で転がり落ちていたに違いない。
驚嘆すべき周到さである。
「小賢しいのはどっちだよ……!」
また少し距離の差がついてしまい、ジーコの背中が遠くなった。
階段を折り返せば、五階を示す文字が見える。あと十秒も立たないうちにこの追撃は外へとステージを移す。
そう……ノゾミは思っていた。
――ズゥゥゥゥンッ!
ビル全体が揺れるまでは。
「な、なに……!?」
まるで地震が発生したようではあるが、それは考えにくい。
デュクタチュールは大陸のプレートの上に建設された都市であり、地理的に大規模地震が起こりにくいからだ。
で、あるならば。
絶妙なタイミングを考えるに、ジーコはビルのいたる所に爆発、サイコマインを仕掛けていたと考えられた。
本来なら安全な場所に退避し、思念で起爆させる手はずだったのだろう。
……ノゾミを殺した後の証拠隠滅用に。
「この外道ぉぉぉぉぉ!」
「ハハハッ、計画的と言え!」
遂に一階の非常口にたどり着いたジーコは、手間だろうにそのドアを閉めて行った。
ノゾミを閉じ込めて圧死させるつもりだろうが、そうはいかない。揺れに揺れる非常階段を下りきったノゾミも急いでドアノブに手をかける。
「開かない!?」
鍵が掛かっているように見えないドアは、うんともすんとも言わない。
「なら、祢々切丸でっ!」
仕方なく祢々切丸で切り刻もうとするが、キィィンという硬質な音を立てて弾かれてしまう。
これに驚愕したのはむしろネネの方だった。
「祢々切丸の血の刃が、弾かれた……!?」
スラムに建設されたビルは、鉄骨・鉄筋コンクリートで造られている。それだけなら祢々切丸の怨嗟の刃で断ち切れるはずなのだが。
結果は芳しくなく、切り傷は付くが、歯は立たなかった。
「くっ――!」
呆然と非常口で立ちすくむ二人は、そのまま崩落に飲み込まれていく……。
*
「ノゾミ君……どうして、一人で……はあっ、はあっ」
ノゾミが襲撃者を追いかけてから数分後、倒壊していくビル付近に向かう人影があった。おさげを弾ませる人物は運動が苦手ながら、必死に足を動かしている。
メグル・オモイは我が身を顧みず、倒壊したビルのもとへ駆けていた。
――自分が迂闊に動き回ったせいで、ノゾミの身を危険にさらしたのでは?
そう自問自答しながら、息を切らしていた。
実際、その線は充分にあり得た。
メグルは捜索のプロであっても、尾行のプロではない。
ノゾミを求めて歩き回る様は、襲撃者から見ればリードを付けた犬と大差なかったということだ。襲撃者は、メグルの行動を見てニヤつきながら、ノゾミを殺すタイミングを計っていたのだと推測する。
(私、なんて浅はかだったんだろう……ううん、今はそれよりノゾミ君を助けに行こう。それから謝って、傷の手当て……は必要なのかな?)
同時に気がかりもある。ノゾミは、ひび割れた混凝土の地面を鮮血で染める重傷を負った。
なのに、襲撃者を追いかけてメグルの前から姿を消してしまった。
常人なら失血死しかねない傷を、生命に関わるものではないといった態度で。
サイコメトリーした映像に出現する白髪の少女を含め、ノゾミに大きな変化が起こっているのは間違いない。
(……っと余計なことは考えない! 今は走って――)
ノゾミ君を助けに行かなければ、と己を奮い立たせたメグル。
しかし、それは叶わない。
「お嬢さん、みーっけ」
「……えっ、んんんんっ!?」
不意に柔らかい布が猿轡のように口を塞ぎ、メグルを狂乱状態に陥れる。
「んんっ!」
「おっと」
背後から襲われたことを悟って足で蹴り上げる。が、密着状態だったので、足が上手く上がらず徒労に終わった。
犯人を確かめようと振り返ったメグルは、高身長の黒服紳士をその漆黒の瞳に映したが……瞬間、みぞおちに重い衝撃が走る。
意識が……遠のいていく。
「う……」
「そうそう、囚われのプリンセスは寝てなきゃ。ぐっすり、な」
誰かに抱えられる感触を最後に、メグルは強制的にブラックアウトしたのだった。