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復讐開戦

 ノゾミとメグル、二人の再会は意外にも早く相成った。

 特にノゾミはメグルを避けていたわけではなかったし、前回の会話から市長ナギに密告したりしないだろうと断じたからだった。

 なにより、サイコメトリー能力が優秀なのが大きい。

 探査能力に長けるメグルは、ノゾミがどこに隠れようと警備犬のような嗅覚で見つけてしまうから。


「もう僕の後をつけるのは止めてくれない? 正直、メグルがいても、僕にとっては足手まといでしかないよ」

「……」


 二日ぶりに顔を合わせたにしては、酷く辛辣な物言いだった。

 ノゾミが心からヌーヴォを嫌っていることの現れであって、メグル個人を嫌悪しているわけじゃない。

 そんな風に自己暗示をかけても、ノゾミの言葉は心を切り裂く鋭さを秘めていた。

 グサリ、ぐちゅりと精神を千切りに切り刻まれていくような拒絶。

 ――食い込んで、蝕んでくるような激痛を感じる。

好意を抱く者に酷薄な態度を取られることがどれだけ辛いか。

 今更に、メグルはそれを思い知る。


「謝って済むことじゃなないのは、私だって、わかってるつもりだよ……」

「そんなのは…………嘘だッ!」


 肩を押しのけてきそうなほど強い叫びがメグルに浴びせられる。


「そう……そうよノゾミ。あの子は、ノゾミが虐められているのに、何もしようとしなかった。ただ仲良しごっこに興じていただけだもの」


 可憐なソプラノが、耳朶を心地良く蹂躙してくれる。

 隣にいるネネは、メグルに姿が見えないのを良いことに、今のノゾミが安心できる言葉だけを選び、吹き込んでいく。

 その言葉たちの、なんと甘美なことか。

 世界中から果実を集め、煮詰めても、この糖度には勝るまい。

 ドロドロに溶かされたジャムのように甘々とした言霊たち。

 蠱惑的な微笑みはその糖度を増幅し、たやすくノゾミを夢中にさせてしまう。

 ネネの言葉にしか耳を傾けなくなってしまうほど。

 ずぶずぶと、底なしの、ハチミツで満ちた湖沼にハマっていくように。


「もう話は終わりだ。消えてくれ」


 ふいっ、とノゾミは切り返して背中を向ける。


「ま、まって」


 薄汚れたヴェトマパンタロンを着る背を、メグルは必死に追いかけた。

 だがノゾミは、縋ってくる手を払いのけるように振り向く。

 しつこい態度にムッと着ているのだろう。


「いい加減――」


 もう一度、メグルを拒否しようと怒りを露わにした途端、


「――!? ノゾミ、危ない……!」


 二人のやり取りを、つまらなそうに傍観していたネネがノゾミを押しのける。

 コンマ数秒遅れて、一条の死線がノゾミとネネの体を貫いた――。



 スラム街の中でもまだ取り壊されていない、比較的背の高いビルの上。

ビルの屋上からはかなり遠くまで視界が開けていた。

曇天を交えた地平線をまで見渡せる、見晴らしのいいポイントだった。

そこで、黒のフェルト帽とスーツで決め、紳士然とした態度の中年男性が双眼鏡片手に寛いでいた。

ただ訂正するとすれば、彼は紳士などではなく暗殺者であり狙撃手だった。

ジーコはレーションを頬張りながら、うら若き二人の少年少女の密会を覗いていた。

二人とは、もちろんノゾミとメグルである。


「痴情のもつれ……じゃなさそうだな。まあ、気が逸れているなら丁度いい」


 ふざけるのを早々に止め、ジーコは用意した旧式(、、)軍用狙撃銃を構えた。二脚に固定されたライフルに寄り添うように、ジーコもまた寝そべる。


「今日もお仕事頼むぜ~」


 銃身長は六百ミリメートルを超え、人の腕よりでは足りないくらいだ。余計な飾りはなく、素朴な黒のボディはジーコの好きなデザインだった。

 全盛期ではレミントン・シリーズとして名を馳せた名作のレプリカだ。

 ジーコはそのまま『レミィ』と呼んでいた。

 模造品とはいえ、トリガーを引けば鉛玉は発砲されるし、人は殺せる。最近、軍用に配備されているレーザー式の光学兵器も悪くは無いが、ジーコはとある(、、、)利用から、この時代遅れともいえる狙撃銃を愛用していた。

 黒塗りのスナイパーライフルのスコープを覗き込む。

 風は……ややあるが、狙撃に支障が出る範囲ではない。

 ジーコは照準器を覗き込み、今まさに立ち去ろうとするノゾミの姿を捉えた。

 ノゾミの後ろ姿を追うメグル。

 その瞬間、ノゾミは確かに不快感をあらわにし、集中を欠いた――。


「じゃあなミスター」


 ――次は、俺に出会わない人生を送るんだな。

 誰が合図するわけでもなく、黒服のスナイパーは心地良い重みとともにトリガーを引き絞った。

 


(何が、起きた?)


 ノゾミは口元から鮮血が溢れるのを、口内に満ちた鉄の味で悟った。

 横からネネに押し倒されそうになったのは分かっていた。

 だが、腹部を貫くえも言えぬ熱と痛みは一体――。


「がはっ……」

「ノゾミ!?」

「ノゾミ君!?」


 一緒に攻撃を受けたはずのネネは、本人の体質のおかげかぴんぴんしている。


「一体何が――きゃ!?」


 メグルが駆け寄ってくるが、その足元で火花が散って、ノゾミの元に寄れないでいた。

 その間に、ネネが横から肩を貸してくれる。


「ノゾミ、遠くに敵がいる」

「分かってる」


 腰が抜けてへたり込んでしまったメグルの足元、混凝土(コンクリート)の地面には爆発物がはじけたような跡がある。


(一瞬見えた火花と地面の抉り跡――銃痕?)


 ネネに体を支えてもらいながら、ノゾミは体を貫いた異物の正体を考察する。

 もっとも自然に解を出すなら、ノゾミの言った通りの旧式銃、それもスナイパーライフルによる狙撃が正当だろう。

 しかし、警備兵装備の軍用レーザーガンではなく、鉛玉を撃ち出す時代遅れの代物を扱っているとは……。


(……時代遅れなのは僕も同じか)


 ノゾミは不意に微笑む。

 旧人類であるヴューであり、振るう武装は大太刀。

 時代の古さで言えば、ノゾミの方が圧倒的に勝っているだろう。

 最も喜べることではないが。


「なあネネ、僕を撃った奴はどこにいる?」

「ん……ちょっとまって」


 ネネは射撃方向を逆算し、陶磁器のような白い指で都市中央の方を指した。

 その先には、少し高めのビルが数軒並んでいる。ネネはその中でも二番目に背の高い廃ビルを指さしていた。


「あのビルの屋上ね」


 直線距離は――――おおよそ六百メートル。

 ネネとの契約により加護を受けたノゾミの瞳に、慌てて立ち去ろうとする黒い人影が映った。

 黒いスーツにハットを被った大柄な男で、その姿は随分と古いスタイルの殺し屋を思わせる。

 立ち去っていく襲撃犯はノゾミだけを狙っていた。

 メグルには足止めの銃撃だけだったのが、その証左である。

 サイコメトラーである情報の塊(メグル)は生かし、サスケ、ハルカ殺人の容疑者のノゾミだけを殺しにかかった。

 その計画的なやり口は、愉快犯的な賞金稼ぎの手口とも違う。

 明確な殺意を持った犯行とはつまり、誰かから依頼されたものだ。


「どうあっても僕を逃がす気はないって言うんだな……ナギ・カザマ……!」


 ほとぼりが冷めるまで隠れていれば、見逃してもらえるかもしれない。

 そんな甘い考えをしていた自分を呪う。

 結論、ノゾミはデュクタチュールにとって排除される異物でしかないのだ。

 ノゾミは大太刀・祢々切丸の柄を握りしめ、吠え猛った。


「いいだろう……どちらかが力尽きるまで、殺し合おうじゃないか!」

「ふふ……その意気よ」


 理不尽な襲撃に憤り、怒りと憎悪に駆られた仄暗い瞳。

 ネネは「そうでなくちゃ……」と妖艶に微笑むのだった。

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