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私を信じて?

「じゃ」


 サスケは、つまらないとも、面白いとも思っていなかった。

 ただ命令通りに対象を殺すため、鉄塊を振り下す。

 直径五メートルはある屑鉄の塊は、いとも容易く、ノゾミを押し潰すだろう。

 マグネティッカーの殺傷力に、サスケは微塵の疑いを持たなかった。相手がヴューならなおさらである。


「なに……?」


 落下中の鉄塊が、真っ二つに切断されるまでは。

 ギィィィィッという甲高い音は、金属同士の接触が起こした悲鳴だ。

 鉄塊を切り裂いた原因は、無論、ノゾミにある。

 ノゾミには、立ち上がる気力もなかったはず。そして、万が一立てたとして、巨大な鉄の塊を両断するなど、ヴューには不可能の所業だ。


「……ノゾミ・カミナ、その刀はなんだ」

「これは切符さ。僕が死の淵から地獄に戻ってくるために掴んだ、最低最悪の切符だ」


 その右手には、片手で扱えないサイズの大太刀が携えられていた。

 凝固した血液が、そのまま刃に変わった赤黒い刀身。脈打つ血の刃金だ。

 その刃金には小さな隙間空いており、中身には白骨の地金が潜んでいた。

 二メトールはある骨肉の大太刀を振るい、先の一撃を防いだのだ。それは、なんとなくサスケも理解していた。

 分からないのはむしろ、大太刀を振るう異常な身体能力。

 ノゾミは典型的な勉強の虫だった。間違っても、大の大人でも振り回せないような武器を扱えるスペックはなかった。あまつさえ、大太刀を縦横無尽に繰るなど不可能なはずだった。



 惑うサスケを無視して、ノゾミは埃が舞うゴミ捨て場を見渡した。


「ネネ、どこ?」

「ここよ、ノゾミ」


 ネネはノゾミの首に腕を絡め、妖艶に微笑んだ。


「ノゾミ・カミナ、お前は……なにと話している?」

「……僕がなにと話そうと、君に関係ないだろ」


 ノゾミは睨みを効かせた直後、姿を掻き消した。数瞬遅れて、サスケはノゾミが駆け出したのだと気づく。

 大太刀をひっさげ、ゴミ山を駆ける影。

 ゴミの蹴飛ばされる耳障りな反響がそこかしこで聞こえ、その音はサスケに迫る。 


「速いっ……」

「今までが遅すぎたんだ」


 ――なにもかも。

 ノゾミはガラクタの山を駆け上がる。サスケの直下から這うように接近したノゾミは、刃をぎらつかせ、大太刀で切り上げる。

 ゴミ山の頂点を二分した太刀は、獲物を捉え切れずに空を切った。


「すばしっこい」

「動きが人間離れしているわ。足の裏になにか仕込んでる」


 ネネの推測は当たっている。

 靴の裏に仕込んだ鉄板と地面を反発させ、サスケは高速移動で逃げていた。磁力の調整にはかなりの調整と演算が必要とされるはず。

 サスケはそれを易々とやってのけ、戦闘に応用している。第八プーチ・ティラン総合実力一位は頭脳も完璧らしい。


万年筆記一位(ノゾミ)ごときが……!」

「鉄屑のつぶてがくるよ」


 後ろで囁くネネの報告通り、操られた鉄屑が飛来する。

 ノゾミはこくりと頷き、大太刀を肩口に持っていく。


「避けないだと?」

「舐めるな、総合一位(サスケ)!」


 向かってくるつぶては、一定の軌道で放たれている。それは、演算によって打ち出される放物線であり、磁力で物体を操る限界でもある。

 ノゾミは、サスケが卑下した筆記頭脳で、その計算を見切り。直撃するコースのものだけを撃ち落としていく。

 ギンッ、と大太刀と鉄屑が接触するたび、ノゾミとサスケの距離が縮む。


「もう少し……!」


 敵との距離が十メートルを切る。

 大太刀の切っ先が届くまで、あと数歩。


「だめ、ノゾミ!」


 背中から焦燥に駆られたネネが叫ぶ。

 疑問を浮かべる暇もなく、ノゾミの足場が崩れた。


「しまった……!」


 上からの鉄屑攻撃に気を取られ、下方からのアプローチを想定していなかった。

 磁力操作により、ゴミ山の重心を弄ったのであろう。瓦解した廃棄物の山は、ノゾミを中心に、すり鉢状、いや漏斗状に変形していく。

 サスケは珍しく薄く微笑んでいた。


「かかったな」


 まずい、と直感した瞬間、ゴミの壁を鉄骨が突き破る。

 大太刀で弾く。


「ぐっ……」


 一撃を弾いても、次から次に、連続してゴミの壁から飛び出る凶器。このエリア内はサスケの支配下にあった。

 尽きず、止まない攻撃。

 弾いた金属は、下に落ち、時に地面に突き刺さる。

 徐々に足場が狭くなる。動ける範囲がどんどんなくなっていく。選択肢を削られていく。閉塞感がノゾミの胸中に広がる。

 カツン、と踵が壁面に当たった。

 行き止まりだ。


「……な!」

「チェック」


 まるでゲームの詰み。

 サスケは勝利を確信し、眼鏡を押し上げる。

 気づけば、ノゾミの真上に鉄塊が浮いていた。

 それも三つ。


「ノゾミ、聞いて」


 圧殺されようというときに、ネネは耳打ちした。


「太刀の力を引き出すの。大丈夫、ノゾミにならできる」

「僕に、できる」


 できる、という言葉をかけてもらったのは、初めてだった。

 いつだってなにもなかった。期待されなかった。

 しかし、ネネはノゾミの成功を心から信じている。

 一辺の疑いすら持っていない。


「私を信じてノゾミ。太刀を振りかぶって」

「うん」


 その無償の肯定に歓喜し、ノゾミは大太刀を頭上に掲げた。

 ノゾミの行動を、サスケはささやかな抵抗だと憐れんだ。


「死ね、ノゾミ・カミナ!」


 サスケの腕が降り下され、同時に鉄塊が順番に発射される。


「願って――理不尽を斬り伏せる力を」

「ああっ……!」


 大太刀の刀身が震える。ノゾミに仇なすもの、すべてを斬ってやるといわんばかりに。

 ノゾミの伸ばした腕にネネの細い指が絡んでいく。


「その名を紡いで」


 力無き者に、蔑まれた者に、報復の絶刀を。


「祢々切丸っ!」


 声を枯らすなら本望と、大太刀の真名を叫ぶ。

 祢々切丸は絶叫に呼応し、骨肉の刀身を脈打たせる。

 血と骨で組み上げられた大太刀が、その刃渡りを天へと伸ばすまでにコンマ数秒と掛からなかった。


「っ、構うものかああああ!」


 サスケは、目の前の不可思議に戸惑いながらも、鉄塊を落とす。

 一軒家が倒壊したような破壊音が三度鳴り響く。

 破壊のリズムを刻み終えると、視界はゴミと塵と埃の煙幕に閉ざされていた。

 サスケは肩で息をして、その暗幕の向こうを睨む。


「なんだったんだ……あれは――っ!?」


 煙幕周辺の気流が乱れ、影が見える。

 煙の向こうから飛び出るのは、祢々切丸を下段に携えるノゾミだ。

 奥には、鉄塊の残骸が清々しいほど流麗な断面を見せて切り裂かれていた。


「僕はヌーヴォの世界を壊す」


 サスケは祢々切丸の間合いに入っている。

 後は振り抜けば、首を斬り落とせる。


「お前は記念の一人目だ!」

「う、おぉぉぉぉ……!」


 紙一重で一太刀目の初動に食らいつかれた。

 サスケはノゾミの腕を掴んで磁力操作した。

 途端、太刀を持った右腕は赤黒く内出血し、サスケの触れた部分が壊死して爆ぜた。


「ぐ、あ……」

「ふ……」


 ノゾミの苦痛に歪んだ表情に、サスケはにやりと笑う。

 接近戦もこなせないようでは、プーチ・ティランで実力一位はとれっこない。

 その余裕が、サスケに一瞬の隙を生んだ。


「この程度の痛み、ノゾミには意味ないわ」


 ノゾミの首に絡みついたネネは、玩具に飽きた目でサスケを見つめていた。


「腕一本か、」


 ノゾミは咄嗟に太刀を左手に持ち替える。

 逆手に持った大太刀という稀有なスタイルながら、その姿は様になっていた。

 サスケの気が緩んだ、ほんの一瞬の早業だった。


「君の命は安すぎるッ!」

「なっ……」


 風切りの鋭利で高い音が、サスケの顎下を通り過ぎる。

 ゴミに沈んだ地面と暗い曇り空。サスケの視界は、その時を境にひっくり返った。


「……ナ、ギさっ」


 宙を舞うサスケの首は、頭頂からゴミの山に落ちた。

 第八プーチ・ティラン総合一位にしては、見るに堪えない最期だった。


「やった……やったよ」


 ノゾミは、サスケという格上を葬った愉悦に酔いしれている。

 サスケの首から噴出する血液を、シャンパンのように浴びて喜ぶ。

 敵の血に染まっていくヴェトマパンタロンは、サスケとの戦闘で穴だらけだ。

 右腕は力無く垂れさがり、お世辞にも良い勝利ではない。

 なのに、ノゾミは全身で喜びを表していた。


「は、はっは、あははは、うぐっ……」

 戦いの余韻が引いていく最中、激しい腕の痛みがノゾミを襲う。

 サスケの最後のイタチっペで貰った、右腕の損傷。

 苦痛表情をゆがめるノゾミを、ネネはあやすように諭す。


「怪我なら祢々切丸が治してくれるわ。ちょっと時間はかかるけど」

「……そうなの?」


 ナズナは、大立ちを持つノゾミの腕を取り、刃をサスケの死体に突き立てた。

 瞬間、ズグンと血の刃金が脈打ち、死体から血液を簒奪し始める。それと同時進行で、ノゾミの腕の傷の修復が開始されていく。肉を継ぎ合わせていくおぞましい感覚のはずなのに、ノゾミはクラシックを聞いているかのようにリラックスして受け入れていた。


「すごい、すごいよ。痛みが引いていく」

「でしょ」


 母のように微笑んだネネは、ノゾミの頭を撫でる。

 それから、また囁いた。


「ノゾミ、次、誰を斬る?」

「え?」


 気分がすっかり高揚していたところを、むりやり引きずりおろされた気がした。

 そこで、ノゾミは自分の思考が、すっと氷点下まで下がっていくのを覚えた。


「……すっかり忘れてたよ」

「うっかりさんね」


 誰を斬るかなんて、そんなことは自明の理だ。

 ノゾミを地獄の淵に叩き落した張本人。


「ふふ」


 狂気に満ちた笑み。

 歪んだ口角の端に、ポツリと雨粒が落ちた。


「ああ、今日は雨の予報だった」

「早くいこ、ノゾミ」

「わかってる」

 

 本当ならレインコートを着なければいけないが、今のノゾミは、毒素の雨など気にも留めない。

 それよりも、ずっと凄惨で、血の滴るような快楽が待っているから。


「放っておいてごめんねハルカ。君を――殺しに行くよ」


  血と雨水の混じった足跡を残し、ノゾミはゴミ捨て場を立ち去った。

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