太刀に捧げる
セントラルホールの天井から上階へ上がったノゾミは、そのまま弐の太刀、参の太刀と天井を切り崩して進んでいた。上層エレベーターのパスカードを持ってないのだから、このような強引な侵略を繰り返すしかない。
途中、足を止めた階で何人かの上役と邂逅したが、すべて切り殺した。ナギを屠る前の肩慣らしだ。
死ぬ直前の無様な懇願は、とても超能力を持った人間とは思えなかった。
――四十九階。
ナギがこの上で胡坐をかいてるかと思うと吐き気がする。
「今ぶち殺してやるぞ、ナギィィィ!」
ギィィィィ!という耳を塞ぎたくなる切断音の後、最上階を支える床が崩壊した。落ちてくる建材を避け、開けた天井から最上階に飛び乗る。
その瞬間、瓦礫の礫が弾丸並みの速度で飛んできた。
(これは、テレキネシスによる念力弾! ナギか!)
無数の破片が殺到する中、ノゾミは冷静に太刀で防ぐ。
「な……?」
瓦礫の風が吹き止んだあと、机の前に唖然とした表情で立つナギを見据える。その表情は、今の一撃で死ななかったことを理解できないと言った風だった。
「ナギ・カザマか。こんな形で会うのは、僕も想像していなかったよ」
本当ならセウル・ティラン職員として出会うつもりだった。しかし、復讐の鬼となってしまったノゾミには遠い過去の夢である。
「この程度の念力弾を防いだくらいで調子に……乗るなッ!」
と、ノゾミがボーとしている間にナギのテレキネシスが片足を捉えた。骨の砕ける音と共に、片足が変な方向に捻じれる。
バランスが崩れそうになったので、ノゾミは太刀を杖にして持ちこたえた。
「……」
「ハハハッ、なんだやはり雑魚か! この程度の侵入者に手こずるとは、ガンニッソスも落ちたものだな!」
高笑いするナギ。だが、ノゾミは真顔だった。色が抜け落ちたような素面である。
――小者、俗物、小悪党。
おおよそ、ノゾミには目の前の人間が市長だと信じられなかったのだ。
(こんな奴が、僕の憧れていた市長?)
「ふざけるな……」
「ん?」
「ふざけるなッ!」
片足でナギの懐に飛び込んだノゾミは、ナギの両腕を斬り飛ばした。
「ぎゃあああああ!?」
バランスをとるための両腕が亡くなった瞬間、ナギは前のめりに倒れて、床に頭を打った。
腕を斬られた激痛で、テレキネシスを使う集中力が保てないのだろう。ナギは念動力で体を支えることもできないようだ。
「あがっ! う、腕ええ! あ、な、な、なぜだ。なぜ動け……」
「うるさい」
けたたましく喚くナギの髪を掴み、顔をこちらに向けさせた。苦痛を隠そうともせず、子供のように泣き喚く顔が不快で仕方がない。
「僕は……僕はお前みたいなゴミクズに人生を滅茶苦茶にされて心底腹が立っているんだ。それ以上無様に泣きわめいてみろ。すぐさま首を刎ね飛ばすぞ」
「ひ……!」
まさに鬼の形相という表現がぴったりな面相でナギを睨む。
それを最後に、ナギは一言もしゃべらなくなった。それをつまらなそうに眺めるノゾミ。
「まさかハルカよりも歯ごたえが無いなんてがっかりだ。奴は、殺されそうになってなお、僕に恨み辛みを吐いていたというのに。ちょっとは自分の愚息を見習え」
「うがっ!」
ノゾミの拳がナギの頬に沈む。あまりにも情けない親の姿に、イラついてしまうのは仕方のないことだろう。
完全に怯えている。
その時点で、ハルカより格下の相手と位置づけられる。
「はあ、もういいや……お前みたいな奴と関わり合ったこと自体が僕の汚点だ」
ノゾミは心底見下しながら、太刀を持ち上げる。
こんな奴の首に価値などないが、刎ねねば気が済まないのも事実。半ば投やりになりながら、作業のように太刀を振りかぶる。
「この、ヴュ―……」
「死ね」
「風情あぎゃっ!」
何の感情もなく。
強いて言えば、虚無を抱きながらナギの首を刎ね飛ばす。
そうして、ノゾミは脱力感に包まれながら、背後で見守っていたネネに話しかける。
「終わったよ、全部」
「ええ、今まで本当にお疲れ様」
ネネが近寄ってくる。
ノゾミはナギに捻られた片足を治癒した後、白皮症の少女に向き直った。
「僕はこれで正しかったんだよね?」
「ええ、そうよ。ノゾミも、私も、正しいことをした」
「ネネも――うっ?」
問い返すと、ノゾミは体から力が抜けるのを感じた。
体勢が崩れてネネの体に寄りかかってしまった。
――妙に体が軽く、そして息苦しい。
「ネネ、これは、どういう事だ?」
吐息が漏れるせいで声が震えていた。
「………………」
ネネは長い沈黙で応えた。
「なあ、ネネは僕を騙していたのか?」
耐えきれなくなったノゾミが切実に問う。
「いえ、騙してなんていないわ。言っていなかっただけ」
それは言葉の綾だろう、とノゾミは言いかけた言葉を飲み込んだ。
ネネはノゾミの耳元で、くすぐるように囁いた。
「――復讐を遂げた者が、次の太刀となる。悠久からのさだめよ」
「次の、太刀だって? なら、ネネも契約者だったっていうことなの?」
「……そうよ」
ネネはそれから一つの過去を語った。
まだ超能力が科学で証明されない時代。
いまだに土着神への信仰を保ちつつ、農耕を主にする集落でのこと。
集落に白皮症の少女が生まれた。その少女は、神からの使いとして大層大事に育てられたという。家には家宝として柄のみの大太刀を飾っていたが、その出自はよく分かっていなかった。
ある時期から凶作が数年続き、村で餓死者が出始めた。
それから数カ月後。
少女を神への供物として、生贄に捧げるという話が出てきた。少女は不安になりながらも、噂だと割り切って過ごしていた。
だが、ある日の夜。
気が付くと、少女は四肢を荒縄でくくられ、村の男たちに担がれていた。食事に遅効性の毒を仕込まれていたらしく、少女はピクリとも動けなかった。
少女はそこで初めて、自分が裏切られたことに気付いたのだ。
本当は、ずっと前からただの偶像としてしか崇められていなかったのに。
そのことに気付かず、自分は平気だとおもいながら。
村人たちを信じていた。
しかし、現実は違った。
少女は、村人たちが参拝する土着神の奉納所……よりもさらに深い森の中に置き去りにされた。
村人たちは「おめえが土地神様の贄となれば村は救われる。だから、俺たちを祟らねえでくれ」と言った。
少女には、その言葉の意味がわからなかった。
都合のいいことばかり言う男たちの言葉を、心の底から恨んだ。
――なぜ?
――ならば、なぜ自分を神の使いとして育てたのかと。
今まで、御子としての舞踊や祝詞をしてきたのは何のためだったのか。すべては村のためにやって来たことではなかったのかと。
それを一方的に裏切られた。
屈辱でしかなかった。
同時に、生への執着と村人たちへの恨みがふつふつと沸き上がった。
少女の前に復讐の太刀・祢々切丸が現れたのは、その時だった。
「それから先は、ノゾミ……あなたと同じよ。彼に言われるがまま、村人を殺して、殺して、遂には自分の親ですら祢々切丸の糧となった」
彼……というのは先代の契約者だろう。ネネは憎々し気に呼んでいた、
「そして、復讐を終えたネネは、太刀にその身を捧げた?」
あまりにもばかばかしい。しかし、生々しい語り。
ネネの境遇が、過去があまりにも自分と似通っていたからかもしれない。仮初の付き合いから、完膚なきまでに裏切られ殺されかけたノゾミと。
「信じられなくても無理はないわ。私も彼から言われた時は、放心していたもの。むしろノゾミは平静を保っているほうよ」
ネネは最後にノゾミを褒めつつ、その身を剥がした。
「ああ、そろそろお別れかしら」
そう悲し気に告げたネネの体は、すでに透けつつあった。
彼女の話が正しければ、これからネネは消え、ノゾミが太刀の精霊と変わり果てるのだろう。
――復讐はそのための儀式に過ぎなかったのだ。
「はは、僕は死んでも惨めなのか」
ノゾミは運命を呪い、手を握りしめた。
その手をネネは柔らかく包む。
「そんなことはない。ノゾミは復讐を遂げた。その事実だけは裏切らない。それは勲章でも汚点でもない。ノゾミと言う人間が、ネネという私に、太刀に捧げたかけがえのない一生だから」
包んでくれた手が、実体がないはずの彼女の体が、とても暖かかった。
その温もりが消え去ろうとしていた。
「最後に、一言だけ」
「なに?」
ネネは本心からの笑みを浮かべる。
純白の百合が咲き誇ったような笑顔。
「ノゾミと一緒に復讐できたこと、心から幸せだったよ――最期まで私を信じてくれてありがとう」
「まっ……!」
少女の体が、足の先から消えていく。最初からそこにいない幽霊だったかの如くスーッと消えていく。
ノゾミは手を伸ばしたが、その指が何かを得る事は無かった。
*
――早く、早く!
サイコメトラーの少女は、エレベーターの隙間に爪を立てながら、崩れぬように立っていた。
エレベーターの上昇速度が、これ以上ないほどに遅く感じた。まるでカメかカタツムリだ。
チンと、到着をしらせるベルが鳴った瞬間、メグルは開きかけたドアの隙間から、強引に体をねじり込ませて這い出た。
その際、傷口が若干開き、鮮血が噴き出たが知ったことではなかった。
よろよろと市長室の前まで移動するメグル。真っ白な床に紅の滴を落としながら進む。
そして、やっとのことで彼女は市長室の扉を開いた。
「ノ、ノゾミ君? どこにいるの?」
目に飛び込んだのは、両腕が切り飛ばされ、首の落とされた亡骸。そのスーツ型のヴェトマパンタロンは紛れもないナギのモノ。つまり、死体はナギだ。
ナギが息絶えているということは、ノゾミは復讐を遂げたのだろう。
メグルは間に合わなかったのだ。
自然、悔しさで涙が零れた。
――なぜ、もっとノゾミ君の傍にいられなかったの?
――どうして、もっとノゾミ君の味方でいれなかったの?
思い返せば、そんな後悔ばかりが浮かんでは消えていく。
「ふぐぅ……うっ!」
ノゾミの姿を探すがどこにもいない。
あるのは、ノゾミが振るっていた大太刀の柄だけだった。
「ズッ……どうして、ここに」
メグルは肩を傾けながら、大太刀の近くに寄っていく。
刀身はなく、大きな鍔と古くも豪奢な貫目が目を引く太刀。
復讐を遂げたノゾミが、置いて逃げて行ったのだろうか?
メグルはそんな想像を巡らせながら、太刀の傍に膝を突いた。それを拾い上げるまでに、さほど時間はかからない。
形見とばかりに太刀を抱いた瞬間、メグルの頭に激痛が走る。
それはネネに干渉された時のスパークによく似ていて――。
「あ、ああっ……!」
大太刀の柄からノゾミの感情と記憶が流れてくる。ドス黒い憎悪、ヌーヴォたちに対する憎しみの感情が、絶え間なくメグルを犯す。
殺戮の記録。
サスケを、ハルカを、ナギを手にかけたときの記憶が濁流のように流れてくる。
しかし、そんな流れの終着点に、ひとつ光があった。
それは、メグルを斬った時の記憶。
同時に、ノゾミの声が聞こえた。
――信じてあげられなくて、ごめんね。
「ああ、ああ……!」
ノゾミが最後に思い残したであろうメグルへの懺悔。
そんな後悔の念が、今になってメグルに届いたのだ。
「なんで……今っ、今ぁぁぁ」
メグルは泣き崩れ、そのまま感情を解き放つように涙した。
その最中。
「――泣かないで」
「えっ……?」
と聞き慣れた声が聞こえた。
涙で濡れた顔で面を上げれば、そこには半透明の少年がいた。
「ノ……ゾミ、君?」
湿ったような黒髪に、荒んだような黒の瞳。男子にしては細身のその姿は、メグルが覚えているノゾミそのままだ。
だが、彼は名前を呼んでも薄く微笑んで返すだけだった。
「ああ、そっかぁ……」
メグルには、そのリアクションだけで充分だった。
十二分に理解できた。
「次は、私なんだね」
次という言葉を噛みしめながら、メグルは祢々切丸を力の限り抱くのだった。
お付き合いいただきありがとうございました。
最期駆け足のようになってしまいましたが、これにて【太刀に捧げる】は閉幕になります。
またどこかでお会いしましょうm(__)m




