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復讐鬼vs錬金術師

「はい。メグル・オモイです」


 『件の』というのは、メグルがハルカの殺害現場から失踪したことか。ナギに冷徹な人物像を抱いていたメグルは、わずかに市長の人間性を垣間見てから、情感を感じない瞳を覗く。


「喋らなくていい。許可したら話せ」

「……!」


 そして、直感した。 

 横暴で、選民思想の塊。ナギ・カザマは、ヌーヴォであるメグルを市民とは見ていない。

 おそらく、ジーコあたりは上等な駒、程度に見ているのではないだろうか。


「それでジーコ。なぜ定期報告もせずに戻ってきた?」


 本当にメグルは見られただけだった。ナギは路傍の石でも蹴るように、メグルを視界から弾いたのだ。

 ジロリと蛇にらみされるジーコ。


「まあ、大目に見てくれよ。こっちは危機を知らせようとだな……」

「その危機とやらは、セウル・ティランの直下で騒ぎを起こしている反乱分子のことだろう?」


 ジーコは「何?」と市長室のガラス窓にへばりついた。メグルも焦り、螺旋塔の下をのぞく。

 ターミナルになっている中央入り口では、血で血を洗う骨肉の争いが始まっていた。二人のすぐ後に、ノゾミが襲撃に来たのは明白だった。


「ノゾミ君、本気で市長を……」

「ああ、殺るためにきたんだろう」


 二人が歯噛みしている背後で、市長が椅子に腰かける。皮張りの椅子を軋ませたナギは、淡々と命令を下す。


「ジーコ、お前は四十五階のセントラルホールで待機だ」

「はいよ」


 迎え撃て――という指令だ。

 何を、というのは言うまでもない。

 ノゾミのことである。


「そこのサイコメトラーもだ。理解したら、直ちに市長室から退室しろ」


 ナギば冷たく言い放ち、二人を追い出す仕草をした。傭兵契約のジーコは順従に頷くしかない。

 しかし、彼の物言いに納得のできないものもいる。


「待ってください」

「なんだサイコメトラー。私の言葉が聞こえなかったのか?」


 無機質な市長室でメグルとナギの視線が交わった。


「おい、メグルちゃん……」

「聞こえていました。その上でお話があるから、ここに残っているんです」


 制止を求める黒服紳士の声も聞かず、少女は口調を強めた。メグルは静かに怒りを溜めていた。興味の無さげに見られたことは、不快なだけだった。

 歳若いメグルの感性を逆撫でしたのは、ノゾミへの差別を隠そうともしない姿勢。

 ナギの価値観そのものである。


「私は話すことはないと思っていたが。いいだろう。発言してみろ」


 そんなメグルの内情を無視するように、ナギは顎をくいと上げて、傲慢に言い放った。


「ナギ市長……私がお伝えしたいことはただ一つです。一言でいいんです。ノゾミ君に、いえ、ノゾミ・カミナに謝ってください」

「私が? なぜ、ヴューごときに謝罪しなければならないのだ?」


 市長の整った眉が、アーチからハの字を描いた。どうやらナギには、メグルの言葉の真意がわからないらしい。

 メグルは言葉尻を捕らえるなり、再び噛みつく。


「どうして? 私たちヌーヴォの無自覚な傲慢さが、彼を壊してしまったんです。当然、私だって謝らなければいけない。でも、それ以上に、市長であるナギ・カザマには、彼に謝る義務があるはずです!」

「ノゾミ・カミナに謝罪をする義務? 私に? 何を言い出すかと思えば……そんな義務、私には欠片も必要ない。都市に不要なものはリサイクルするか、破棄するだけだ」


 今度こそ話しは終わり、とナギは顔を背けた。

 メグルはジーコに腕を引かれて市長室を後にした。


「なんなんですか、あの人は!」

「まあまあ、メグルちゃん。ナギの旦那は、あれで通常運転だから許してくれよ」


 エレベーターのボタンを押しつつ、ジーコがフォローを入れた。とはいえ、メグルの不快指数が下がるわけがない。傲慢の大罪を具現化したようなあの男は、それだけメグルの逆鱗に触れたのである。

 ほどなくして開いたエレベーターに乗り、二人は四十五階のセントラルホールに到着した。


「さぁて、流石にまだノゾミ・カミナは来てねえみたいだな」

「そうですね……」


 と、メグルが辺りを見渡した瞬間だった。

 焦げのような臭いと火花の散る音がたったのは。

 臭気の原因と音源は、ちょうどセントラルホールまでのエレベーターから発せられていた。


「前言撤回だ、メグルちゃん」

「聞きたくないですけど、なんですか?」

「――奴ら(、、)が来るぞッ!」


 ジーコは短く叫び、エレベーターの横に張り付く。

 自動ドアの隙間から血が漏れている。エレベーターの鋼鉄と血臭がまじり、なかなか不愉快である。

 ノゾミの持つ太刀、祢々切丸に収められた鮮血に違いあるまい。

 問題なのは、その血がエレベーターの基盤をショートさせているということ。


「ノゾミ・カミナめ、エレベーターを垂直落下させる気か! ったく、アクション映画かっての!」


 させるかよ、とジーコは自動ドアの隙間に両指をつっかけた。


「ふんぬっ!」


 気合とともに、ジーコの触れた部分が発光する。メグルは強すぎる光から目を守りつつ、それが錬金術の奇跡であることを悟る。


「ふうっ、どうだこのやろう!」


 さらに自動ドアと隣接する壁を一体化させ、エレベーターを完全に固定する。

 息を整えるジーコにメグルが駆け寄っていく。

 その足取りはわずかに緊張を帯びて強張っているようにみえる。


「今のは、ノゾミ君がしたんですね」


 誠意をもって答えるべきか逡巡した後、ジーコは頷いた。


「ああ、そうだ。んで、タイムリミットだ」

「タイム、リミット?」


 オウム返しをしてからすぐ、エレベーターの下から金属を殴りつける甲高い響きが聞こえた。その木霊は小さくなっていくどころか、回数を増すにつれ、音の大きさも増していった。


「やべえぞ、離れろ!」

「は、はい!」


 メグルとジーコがエレベーターから距離を置いた瞬間。

 ――凄まじい金切りの音がセントラルホールを襲った。


「ああ、やっぱりお前たちだったか。ジーコ……そして、メグル」

「はあい、こんにちは。お邪魔虫さんたち」


 復讐鬼は呆れて、ともすれば苛立ちを露わにした。その私怨は、セントラルホールの中心に立つ二人に向けられていた。

 紅蓮が逆巻いたように、紅に染まった太刀。

 それはノゾミの憤怒を代弁するように脈打っている。


「ノゾミ君」


 そんな悪鬼羅刹の化身となったノゾミを前に、メグルはジーコの前に一歩踏み出た。

 ジーコは目を見張った。一歩間違えれば、気のおかしくなったノゾミに斬られても仕方がない。だというのに、彼女はノゾミと理解し合うことを選んだのである。

 以前なら、ジーコの後ろに立って発言していただろう。


「本当に来ちゃったんだね。ごめんね、止められなくて」

「止める? 何を言ってるのやら。止める必要なんかない。そして、もう謝罪は聞き飽きた」


 ぴしゃりと弁解を跳ねのけると、ノゾミは太刀の切先をジーコに向けた。

 すでにノゾミは、ネネの言葉に頼らずとも、他人の言葉など信用しなくなっていた。


「おいジーコ。僕らの闘いにメグルは不要なはずだ。さっさと退けてくれ」

「ノゾミ……?」


 ネネは不思議そうに首を傾げた。メグルを逃がすのが気に食わないのかもしれない。


「……だそうだ。ミスターの言う通りにしといた方がいいぜ?」


 紳士は無念とばかりに少女を逃がした。メグルはノゾミとの最後の会話であろうやり取りに、大きな後悔を残し、足取り重く退く。

 ――いいんだな?

 ――……はい。

 そんな沈黙のセリフが、二人の間で飛び交う。

 メグルはセントラルホールの反対側に向かって走って行った。危険に変わりはないが、戦闘に巻き込まれる心配はだいぶ減ったはずだ。

 ――ネネ、下がって。

 ――……はあい。

 ノゾミの思念を受け取ったネネも距離を取った。ノゾミの全力の戦いを邪魔しないように。

 いよいよ火蓋が切られる寸前、ジーコは口を開いた。


「なあ、ミスター。始める前にひとつ教えてくれねえか?」

「なんだ?」

「もしもナギの旦那がミスターに謝ったら、赦せるか?」


 紳士は万に一つの期待を込めるように問う。復讐鬼となったノゾミの胸に、一筋の光が、救いの糸が垂らせれば……そんな風に思って。

 しかし、それは叶わぬ妄想に過ぎなかった。


「赦すものか。たとえナギが腹を切り、四肢を落とし、舌を噛み、陳謝しようと僕の恨みは消えない」

「……旦那を殺してもこの都市は変わらないぞ。それでもか?」

「愚問だよ、ジーコ」


 ノゾミは一息ついて、太刀を掲げた。


「OK。なら心置きなく、殺し合おう」


 ジーコはリボルバーを引き抜いた。


「――ッ」


 銃口が火を吹いた瞬間、ノゾミもまた動き出していた。正確には、全身をすっぽり覆うほどの血液を前方に展開したのだった。

 超硬化した血の壁は銃弾を弾き、ノゾミを隠す。


「っ!」


 引き金の指を緩めたジーコは、その場から飛び退いた。その判断が正しかった。

 (ざん)、という擬音が聞こえそうなほど、太刀が鼻先を空振りしたのだ。血の盾ごとジーコを斬ろうというノゾミの大胆さが垣間見えた。

 振り抜かれた祢々切丸は、セントラルホールの柱の一本をざっくり切断する。


「この野郎っ!」

「ハハハッ、どうした! お得意の錬金術は! 使って見せろよ」


 ――言われなくてもそうする。

 とばかりに、紳士は切り崩された柱に掌を添えた。輝きを放ち、ジーコが手にしたのはもう一丁のリボルバーである。

 二丁拳銃。


「これはサービスな!」


 ついでに柱を蹴り抜いたジーコは、錬金術で柱を木端微塵にした。当然、砕かれた破片は、鋼鉄の礫となってノゾミに押し寄せる。


「小細工は……」


 ノゾミは太刀を一閃。


「通じないッ!」


 広く、大きな面となった血の刀身が石礫を払いのけた。

 そして、間髪入れずにノゾミは駆けた。


「へっ」


 ジーコの方も、この程度の超能力で死ぬとは考えていない。唇を引き締めたまま、紳士は迎え撃つ。


(接近してきた!?)


 今まで距離をとった闘い方をしていたアンティーク銃の達人。ガンニッソスのジーコは、唐突に距離を詰めた。

 瞬間、ジーコの持つリボルバーが眩く光った。

 視界が真っ白に染まり、ノゾミは直感的に太刀で体を覆う。

 ――ガキィッ!


「なっ、ぐふっ!」


 リボルバーは細剣のように伸び、ノゾミの張った血の壁を貫通した。

 急所は外していたが、代わりに片肺に鋭い痛みが走った。


「クソ、離れろ!」


 棘を引き抜き、ノゾミは太刀を振う。

 ジーコは鋼のレールで太刀を反らすと、いち早くノゾミから距離を取った。祢々切丸は支柱を数本切り倒して止まった。


「やっと一撃入ったか。もうちょっと簡単にやられてくれると、オッサン嬉しいんだがな」

「黙れ、もう二度目はない」


 ジーコの挑発を叩き斬るように、ノゾミは太刀を加速させるのだった。



 刃物が鋼鉄を切断する音。

 銃弾と錬金術が炸裂する音。

 激しい戦闘の攻防が空気を伝播して伝わる。


「ジーコさん、ノゾミ君をどうか……助けてください」


 地べたに座り込み、指を組んで祈るメグル。

 そんな彼女に、鈴が鳴るような声がささやく。


「なんだ。あなた、ノゾミを助けないんだ」


 仰ぐと、そこには白いワンピースの少女――ネネが立っていた。血で濡れた瞳が見下ろし、メグルを映す。


「ネ、ネ? どうして、現実世界で見えるの?」

「クスッ。白々しいこと言うのね。私の正体を見破ったのはあなたなのに」


 ネネは膝を折って視線を合わせる。紅の瞳が、黒い瞳とかち合う。


「私は電子を操ることができる。その程度はたかが知れているけれど、人間の脳に幻覚を見せるくらいは造作もないわ」

「それじゃあ、今私が見ているネネは」

「もちろん、私があなたの脳に干渉して見せている幻覚よ。そんなことよりいいの? ノゾミを助けるチャンスは、ナギを殺す前の今しかないのに、あなたが動かないなんて。まあ、私としては拍子抜けだけど、都合は良いわね」


 ネネはけらけらと笑う。仕草の一つ一つがメグルを苛立たせる。


「そんなの仕方ないじゃない。だって、ノゾミ君はもう私の言葉なんて聞いてくれないもの」

「あら、意外と情けないのね。言葉が通じないなら行動で示せばいいのに」

「行動って、私に?」


 そう問い返した時には、ネネの姿は見えなかった。


「ネネ……あなたは私に何を伝えたかったの?」


 今まで自分から接触をしなかったネネが、いきなり接触してきた理由とは?

 考えてもわからない。わざわざ敵であるメグルにアドバイスをする必要がない。


「――言葉じゃダメなら行動で、か」


 ネネに言われて初めて気づく。

 自分がまだ、命の出し惜しみをしていることを。


「そういうこと。ネネ、あなたの企みに乗ってあげようじゃない」


 不思議と笑みがこぼれる。ネネの思い通りにさせてなるものかと、魂レベルで反発しているのだろう。

 よろよろと立ち上がったメグルは、壁づたいに戦闘音のする方へ向かっていった。


「そうよ、メグル・オモイ。あなたはここでノゾミを止めるのよ。たとえ死んでもね」


 メグルのいなくなった場所では、誰にも聞こえない声が響くのだった。

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