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20/23

ナギ・カザマ

 陽は沈みかけ、都市は夕闇に染まっていた。

 茜に彩られた大地に、ぽたりぽたりと鮮血のしずくが落ちる。大太刀の柄からしたたる微量の血液が、白亜の街並の外観を汚しているのだ。

 デュクタチュール警備軍の小隊や大隊を相手に、大立ち回りをした結果だった。

 斬っては応援が、倒しては増援が、の繰り返し。そのため、歩の進みは大幅に遅くなったと言えよう。


「セウル・ティラン、やっぱり徒歩だと遠いね」

「仕方ないわ。ノゾミは地下ステーションやバスが一切使えないんだもの」


 ノゾミはふうと一息ついた。

 一体、何人のヌーヴォを斬殺したのか、見当もつかない。血痕のこびりついたヴェトマパンタロンが、道のりの険しさを物語る。


 ネネはそんなノゾミを陰でささえていた。

 不可視なことを利用し、ときに潜伏している警備軍などの情報を伝達。主に索敵や偵察、戦況の把握を役割として、ノゾミの行動をサポートし続けた。


「でも、もうまどろっこしいモノは残っていない」

「後はセウル・ティランで偉そうにしてるナギ・カザマを殺すだけだものね♪」


 二人はそろって唇を歪めた。ネネは殺意を後押しするように、ノゾミの背を押す。復讐相手を前にして昂ぶるノゾミに呼応したのだろう ノゾミとネネは精神的かつ、思考レベルで同調しているのだ。だから結果的に、ノゾミを急かそうとしたに違いない。


 そんな風に、ノゾミは微笑ましく思いながら背中のぬくもりに押される。


「さて、セウル・ティランの様子はどうかな?」


 セウル・ティランに潜入するため、ノゾミは物陰から出入口を盗み見た。

 中央のゲートは、電子施錠によるオートロック仕様だ。しかも、門前には十人以上の警備兵がおり、それぞれが持ち場を任されている。おそらく内側には、五十から百人ほどが控えているだろう。


「ちょっとした中隊くらいの規模ね……警戒されてるみたいよ?」


 あっけらかんとネネは言った。

 だが、相手側の対応はノゾミの想定内だ。焦るなく対処すればいい。


「なに、警戒されているなら、それはそれでやりようがある。今はあそこが最も警戒が厚い場所なんだ。『守っている』意識が一番強いと言ってもいい。そこを破られた瞬間、戦線は一気に混乱する」


 ノゾミはふっと口端を緩め、太刀の柄を握りしめた。瞬時に、白亜と紅のコントラストを描き、真っ赤な刃金が牙を剥く。半端な戦力なんて歯牙にもかけない、という鉄血の意思を感じさせる。

 警備軍からすれば、たかがヴュー如きに中隊を配置するだけでも大仰な対応なのだ。しかし、そうやってノゾミを弱者と侮り、兵を分けたのが運の尽き。そこが食い破られる隙になろうとは誰一人として考えなかったのだろう。


 ――今が、攻め込む最大の好機。


「死ね……ヌーヴォども!」


 ノゾミが大太刀で薙ぎ払った瞬間、赤の飛沫がゲートに殺到した。

 緋色の刀身から飛び散った血の滴。それらすべてが刃に変わって、警備兵を襲う。


「な、なん――」


 ノゾミの奇襲に、遅れて気付いた警備軍。だが、驚愕の言葉を絶ち切るように、紅のつぶてが視界を真っ赤に埋め尽くす。

 一瞬にして、一人の警備兵が血刃の波に呑まれた。


 無慈悲な血の雨。

 骨を砕き、臓腑を穿つ、鮮血の時雨。

 殺意を具象化した豪雨が、哀れな兵士たちを撃つ。


「はがっ……!? 敵しゅ――ぐぱっ」

「ノゾミ・カミナだっ! 左のビルの影にいるぞ、応戦城しろ!」


 討ち漏らしたヌーヴォが、すぐさまセウル・ティラン内部の警部軍に応援を頼んだ。しばらくすれば、中央ゲートや巡回の警備も集まってくるはずだ。

 もっとも、他のヌーヴォが集結する前に、中央ゲートを守護する小隊は、壊滅してしまうだろうが。


「いい……いいよ、もっと呼ぶんだ。お前たちの流す血が、純白のセウル・ティランを赤く染めるんだから……ねっ!」


 警備軍の戦況が混乱した隙を突き、ノゾミは隠れていたビルの物陰から飛び出した。


「楽しそうなのは結構だけれど、あまり遊んじゃダメよ?」


 ネネは、突撃するノゾミの首にしがみつきながらそう囁いた。


「わかってるよっ!」


 光学散弾銃スプレットレイの閃きが頬をヒュンとかすめた。ノゾミは体に直撃しそうなレーザーを大太刀で防ぎ、敵陣に突っ込んでいく。近接戦闘になれば、警備軍は超能力に頼らざるを得なくなるだろう。

 これから始まるのは、異能力者同士による総力戦だ。


「総員、超能力先頭に切り替え……」


 隊長らしき服装の男が、全体に号令をかけた。

 ――だがそこに、「遅いわ」とノゾミにしか届かない嘲笑が木霊する。


「せえええええいっ!」

「う、あぁぁぁぁぁ!?」


 先頭に立っていた警備兵がノゾミに掌をかざした。しかし、ノゾミの方が一手早かった。紅の刃が揺らめき、アスファルトの地面を這はって敵の喉元に迫る。

 大太刀の切先が触れた瞬間、兵士の首は叫びながら宙を舞った。

 ノゾミはそれに目もくれない。

 そればかりか、二人、三人と次々に警備兵を屠っていく。


「ああああっ!」

「お前たち、ノゾミ・カミナを止めろ! なんとしてでも止めるんだ!」


 流れるように敵陣の中央に飛び込んだノゾミは、すれ違いながら敵を斬り、己の進路を鮮血で染める。

 紅の刃が乱舞するたび、兵士が倒れていく。

 憎しみと殺意に満ちた血路を切り開いて、ノゾミはセウル・ティランの中央ゲートまでたどり着いた。

 ――そして、通路に血の壁を立て、進路を遮断。

 これで時間稼ぎになるだろうと、ノゾミは詰めていた息をゆっくり吐いた。


「さて……中央エレベーターの使用にはID認証が必要だ。僕には使えない」

「じゃあ、あの動く床は? トラベータ―だったかしら」

「そっちもパスが必要だから無理」


 ノゾミはゲートの奥に配置されたエレベーターをチラリと見て、瞬時にそう判断した。同様に、螺旋塔を取り巻く高速トラベータ―の認証も難しい。

 セウル・ティラン内部には昇降用の螺旋階段も設置されている。

 残されたルートは、その階段をひたすら駆け上がる……と言うことになるが、ノゾミはそれを良しとしなかった。

 ネネはノゾミの考えを汲み取り、ニイと口角を吊り上げる。


「ノゾミ、悪いこと考えてるわね」

「あ、わかる?」


 ノゾミもまた、厭らしく笑うネネに野卑な笑みを返した。


「エレベーターのコンピューター制御……壊したらどうなるのか、見物だと思わないかい?」

「それはとても素敵ね。中に人が入ってたら、もっと素敵」

「でしょ?」

「ええ、とっても。だから早くやっちゃいましょう?」


 称賛を浴びたノゾミは、口紅をぬったような赤い唇をペロリと舐めた。

 ネネが褒めてくれるたび、えも言えぬ快感が背筋をくすぐった。それは前頭葉がじんわりと痺れていく、甘ったるい心地良さ。

 しかしながら、今のネネには言葉にキレがない気がした。それは本当に些細な感覚だったので、ノゾミはその意識に蓋をした。


「ああ、そうしよう。それに……エレベーターを止めれば、僕はそこを登っていける。一石二鳥じゃないか」


 ノゾミは大太刀の柄からトロリと血を流し、エレベーターの隙間に這い寄らせた。エレベーター内部に侵入した血液は、コンピューター制御の基盤やエレベーターを固定・作動させるワイヤーに絡んだ。


「はは、エレベーターにお乗りのヌーヴォ様方、急な降下にお気を付けくださーい」


 ――これら鮮血のすべてを、刃に変えて解き放ったとしたら、さぞかし爽快なアトラクションになるだろう。


「……ショーダウンだッ!」



 ノゾミがセウル・ティランを襲撃する少し前。

 メグルとジーコの二人は、先回りして純白の螺旋塔にやってきていた。向かう先はナギの仕事場であるセウル・ティランの最上階。セウル・ティランの中央を貫くメインエレベーターに搭乗した二人は、浮遊感に包まれながら上階に運ばれている。


「メグルちゃんは、ナギの旦那のこと知ってるか?」

 エレベーターの壁に寄りかかったジーコは、唐突に語りかけた。

「ええ、それは市長ですし、ハルカ君のお父さんですから。なんですか、急に」

 今さら何を、という質問に、メグルは問い返した。

「ナギの旦那、外面は人受けしそうに振る舞ってそうだから、市民にどう思われてんのか気になってな」

「まあ、ニュースとかで見る市長は立派だと思いますけど……」

 と、メグルは映像の中のナギ・カザマに対して、そのような評価を付けた。


 だが実際には、ハルカから父の愚痴を聞かされるだとか、ヴューへの差別問題から、市長のことは快く思ってはいない。その代わりにヌーヴォからの支持はあついと言える。

 メグルだってノゾミと出会わなければ、ナギを信奉する市民の一人になっていたかもしれない。そう考えると、メグルはうすら寒くなる。


 視線をそらしたメグルを見て、ジーコは苦笑した


「正直者だな。顔に出てるぜ。ま、立場とか、見方が違えば、人間そんなもんだろう」

「むう……そういうジーコさんは、市長と仲がよろしそうな口ぶりですが? そこのところはどうなんですか?」


 むくれたメグルにじとっとした瞳を向けられ、ジーコは壁際で体を震わせた。


「んー……仕事で知り合った友人?」

「え、それだけなんですか?」

「だって俺、雇われだし。付き合いが長いのは確かだが」

「へー、てっきり特別な関係があるのかと思いました」


その後、メグルが疑り深く尋ねても、ジーコは乾いた微笑みで一蹴するだけだった。


「おしゃべりはここまでだ。そろそろナギの旦那が待つ市長室だ」


 そう言われて、エレベーターの階数表示を見れば、すでに四十階を越えようとしていた。たしか市長室は五十階。もうそろそろ到着するはずだが……エレベーターは四十五階で止まってしまう。


「え、残り五階もあるんですが?」


 メグルは、エレベーター内の操作パネルに四十五階までしか表示されてないことに気付いた。不審に思ったメグルはジーコに尋ねるが、


「市長室に直通じゃ、セキュリティもクソもねえだろ?」


 明朗な口調で返されて、押し黙った。

 中央エレベーターを降りた先は、ちょうど螺旋塔の中膨れしている部分だった。内部はホール状になっており、街の景観を一望できる。

 ジーコは超能力都市の絶景に目もくれず、スタスタと歩いていく。メグルは、そんなジーコの後を何も言わずに追う。


「このセントラルホールから、幹部職員しか使えないエレベーターに乗る。はぐれたらその場で捕まって、最悪、その場で処分されるから注意しろよ」

「……」

 思い返せば、メグルにとってセウル・ティランは敵地である。メグルは、針のむしろに包まれた気分で歩く。

 二人は沈黙を保ったまま市長室に繋がるエレベーターに乗った。まるで独房のようなエレベーター内で揺られていると、ポーンという電子音が鳴った。

 鉄箱を降りると、そこはまだ廊下だった。どうやら、市長室とエレベーターを繋いでいるようだ。

 もうじきナギと顔を合わせることを想像し、メグルの心臓がビクンと委縮する、


「ナギの旦那、入るぜ」


 ジーコは三度のノックを経て、市長室の扉を押した。重厚そうな分厚い扉だったが、どうやらアルミニウム系の軽い合金らしく、扉は音もなく開け放たれる。


「……」


 ――ここにデュクタチュール市長、ナギ・カザマが……。


 メグルは生唾を飲んだ。


「よく来たなジーコ。それと……」


 二人を出迎えたのは、冷たい第一声。市長室では、ヴェトマパンタロンをスラックススーツのように着こなした壮年の男が待ち構えている。


「お前か。件のサイコメトラーは」


 ナギは感情の死んだ瞳でジーコを見た後、メグルに視線を向けた。


更新が大変遅くなったことをお詫びします。

申し訳ありませんでしたm(__)m


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