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セウル・ティランへ

遅くなりました。

 メグルは自分の推測がとてもバカらしいものだと思った。しかし、いくら振り払おうと悩んでも疑問は晴れない。

 ただ、仮説が正しければの話だが。ネネは過去視の中で攻撃を受けた場合、その本体であるプラズマ体にダメージが行くのではないだろうか。

 メグルはぶんぶん頭を振る。


「早っちゃダメ……まだ確信できる情報じゃないんだから」


 だがしかし、切り札にはなり得る。ネネをノゾミから切り離すための光明だ。そのためには、メグルがネネの正体に感づいたは悟られてはならない。

 じっと息をひそめて、ネネの思惑を断つために。



 ノゾミとジーコの激しい戦闘の最中。

ふっと、ネネは市街に目を向けた。


「……気付かれた」


 遠くから響く警備隊の足音を聞き、ネネは微笑んだ。


(ノゾミ、増援の警備軍が来るわ。ジーコと闘うのは後にしなさい)


「っ」


 戸惑ったノゾミは、瞬時に血の結界を展開する。そうして外界からの攻撃を完全にシャットダウンした。


「どういうこと? 今の僕ならジーコと警備軍くらい同時に相手をできるけど」


 ノゾミは不可解な表情でネネを問い詰める。祢々切丸に蓄えられた血液量は、警備軍を全滅させるに十分な量だ。

 それを分かっていないネネではないはずだ。しかし、ネネの唇からはノゾミを諌める言葉が出る。


「警備軍やジーコは、ノゾミの本命ではないわ。ノゾミの目的は市長のナギ。でしょう?」


――ならこんな場所で、ぐずぐずしている時間は惜しいわ。


 ネネは続けざまそう言った。

 何か妙だった。ネネは焦っているように見える。まるで死期を悟ったかのように、ノゾミを急かす。


「でも……」

「いいから、聞きなさい」


 そう語気を強められた瞬間、ノゾミは脳を直接締め付けられるような重圧を覚えた。頭を抱えていると、ネネがノゾミを優しく撫でる。


「いい子ね、ノゾミ。さ、こんな戦いは早く終わらせて、次の場所へ……都市の中央にそびえるセウル・ティランに行きましょう」


 頭に添えていた手を、ネネの柔らかい手が取った。すると、不思議なことに頭痛が引いていく。

 その頃には、ノゾミもこの場でジーコと戦い続けようとは思わなかった。そのかわりに新たなターゲットとして、市長ナギが追加されたのである。


「……わかったよ、ネネ。セウル・ティランに向かおう」

「そう言ってくれると思っていたわ」


 ほっと、ネネが珍しく安堵の表情を浮かべた。

 ノゾミはその顔に若干の陰りを感じつつも、にこりと微笑んだ。


「じゃあ、まずは血の結界を解いてジーコから逃げようか」


 もちろん、単に防御を解けば、外にいるジーコにハチの巣にされてしまうだろう。いくらノゾミでも、負傷は免れない。

だからネネに耳打ちする。


(外を見てきてくれ。僕はジーコがいない方から抜け出す)


 ネネはこくりと頷いた。ネネには実体がない。ノゾミ以外は触れられないという特性を持っている。それを利用すれば、ジーコの裏をかくのは容易だろう。

 命令を受け取ったネネは、即座に結界の外に顔を出して周囲を窺う。


「ジーコはいないわ。代わりに、警備軍が取り囲んでいるけれど」

「なんだって?」


――ジーコがいない?


 そんな馬鹿な、と思いつつもネネが嘘を吐くとも考えられなかった。この状況で嘘を吐く理由なんてないし、そもそもネネがノゾミを謀る行為をするはずがない。

 ならばジーコは、ノゾミを叩くチャンスを自ら逃したというのか。

 ノゾミは。与えられた少ない情報からほんの少しだけ思考した。


「もしかすると……ジーコは警備軍とは別で動いているのかもしれない。市長ナギの依頼を受けてはいるけど、もしかしたら大っぴらには行動できないのかもな」

「今のところは、そう考えてもよさそうね」


 二人で納得のいく答えを出すと、ならば話は簡単だ、と笑う。

 ジーコのいない警備軍など雑兵の塊であり、烏合の衆だ。有象無象ほどの価値もない。今ならば、簡単に突破できるだろう。

 当然、ジーコが隠れて狙っている可能性も考えておく。しかし、警備軍の中を駆け抜けていくノゾミを、ライフルで狙撃するのはさしものジーコでも厳しいものがある。下手をすれば味方である警備兵に、フレンドリーファイアしかねないのだから。


「追い風は僕たちに吹いてる。なら、ここは遠慮なく乗っかっておこうか」


 ノゾミが薄く微笑んだ瞬間、祢々切丸の血の結界が解かれた。



 警備軍がノゾミを包囲してから、しばらく。

ジーコは宣戦を離脱し、市街地の路地にあるカをフェでメグルと向かい合っていた。メグルがカフェオレに追加でミルクをとぽとぽと入れる中、ジーコはブラックコーヒーを啜る。


「……」


 ジーコはしばし黙っていた。


 警備兵が現れたことにより、戦いの中断を余儀なくされ、ジーコは消化不良気味だった。ジーコはナギから「都市内では好きにしろ」と言われている。しかし、それは決して暴れ放題、ドンパチ戦闘を行っていいわけではなかった。


 警備軍の検閲をスルーできる権限をもっているだけで、ジーコ自体は権力を持っていないからだ。もっと言えば、普通の市民――ヌーヴォと変わらない。町中で騒ぎを起こせば、現行犯で捕縛されるし、無関係の人を殺せば即アウト。


 先ほどのような混戦など、警備兵に誤射してしまう可能性が高い。腕に自信のあるジーコでも、あの場での戦闘続行は断念せざるを得なかったのだ。


「それで話って何だい、メグルちゃん」


 ジーコはカップを皿に戻した。


「はい。もしかしたらなんですが……ノゾミ君がおかしくなった原因が、分かったかもしれないんです」

「……なに?」


 もう一度、マグカップに伸ばした腕が途中で止まる。


「それは、例のネネとかいう女が関係しているのか?」

「おそらくは」

「ふむ……」


 ジーコは考え込む仕草をしながら、サングラス越しにメグルの瞳を見つめる。


――嘘は、ついてなさそうだ。


 ただ真実かどうかは分からないので、それは聞いてから判断した方がいいだろう。

 じっと待っていると。メグルの方から話しはじめた。


「以前から、ノゾミ君は超能力について熱心に調べていました」

「それは俺も知ってる。まあ、ヴューなら必死に調べてもおかしくないな」

「そのことで、ノゾミ君はある仮説にたどり着いたんです」


 メグルがほのめかして言う仮説に、ジーコは心当たりがあった。なにせ、ノゾミはジーコの錬金術を言い当てたのだ。

 その仮説と言うのは、つまり――。


「全ての超能力は、電子・陽子・中性子の原子構造に干渉して起こる……だろ?」


 ジーコが呆れ半分に問うと、メグルはこくりと頷いた。

いたって普通の学生だったノゾミが、授業に出てこない錬金術にたどり着くなど、常軌を逸していている。それこそ、専門の超能力研究機関でも答えにたどり着いていないというのに。

 よほど、ノゾミは焦っていたのだ。ヴューの宿命から逃れるために。

 途端に、ジーコはノゾミが哀れに想えた。たとえそれが、持つ者の持たざる者への哀情だとしても、抱かずにはいられないのが人情というものだ。


「そうです。ジーコさんはご存じだったんですね……」

「まあ、死んだ師匠からの受け売りだよ。代々の錬金術師が知る秘密さ。ノゾミの仮説とは言葉の言い回しが違うが、おおむね同じさ。俺はそれを、頭と体で経験し、理解しているだけだ。独学で解明したノゾミは、間違いなく天才だろう」


 だからこそ、ヌーヴォ至上主義のデュクタチュールでは日の目を浴びなかった。それがノゾミに悲劇をもたらしてしまった。一人の、天才となりえた人間の人生が狂ってしまったのだ。


――まあ、だからといってデュクタチュールの人間でない自分が関わることではない。頭では、ジーコはそう理解していた。


 だが、感情的な部分では、少年に救いの道があってもいいのではないか?

 そんなふうにも考えていた。


「で、その仮説とネネにどういう関係があるんだい」

「実は……ネネは超能力そのものなんじゃないかって考えたんです」


 メグルは俯きながら、自信なさげに口を開く。その言葉は、にわかには信じられないものだった。


「超能力そのもの……?」

「はい、私のサイコメトリーに干渉してきたときから、何か変だったんです」


 メグルは自分の超能力をもとに解説しはじめた。


「彼女は、物体の記憶の中に現れたんです。ほら、サイコメトリーって、物体に干渉して過去視するじゃないですか」

「ああ、そうだな」


 サイコメトリーの大まかな能力は、ジーコとて知っていた。物質に触れ、その原子構造内を飛び回る電子の軌道から、過去をリーディングする。

 ネネが、その過去視の中に現れたというなら、確かに普通の人間である可能性は低い。

 メグルの力説する通り、ネネは電子に直接干渉する力を持つか、もしくは電子そのもの。

 それは脳波の電位差を利用して発動する超能力そのものと言っても過言ではない。


「――と、いうわけなんです」

「そうなると俺達はマジモンのユーレイみたいな奴と戦っていることになるな」


 ジーコは概ね納得し、体を椅子に預けた。メグルの話をバカバカしいと一蹴するのは簡単だろう。だがジーコは、警備軍所属のサイコメトラーがハルカ、サスケの殺害現場で過去視の不調を訴えていたことをナギから耳にしていた。

 プロのサイコメトラーが、二度も過去視の不調を訴えるなど普通ではありえない。

 尋常ではない――そう考えるべきだ。


「わかった」

 意を決したように、ジーコはおもむろに立ち上がった。

「何がわかったんですか?」

 メグルがいきなり立ちあがったジーコに問う。

「ネネへの対処法だよ」

 そういって、ジーコはテーブルの上から注文の伝票をかっさらった。

「はい?」

 電光石火の会話に付いて行けず、メグルがとぼけた声を上げる。


「まあ付いて来いって。歩きながら話そうや……ネネが俺の想像する通りの相手なら、今すぐ動く必要があるからよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「待たねえから早く席立ちなよ。あ、お愛想よろしく~」


 カフェの店員に声をかけ、手短に会計を済ませるジーコ。メグルは飲みかけだった甘ったるいカフェオレを飲み干すと、出口に向かうジーコを足早に追いかけた。

 メグルは先導するジーコを問いただす。


「どういうことなんですか? いきなり、そんな急いで」

「メグルちゃん言っただろ、ネネが超能力そのものだって」

「はい、そう言いましたけど」

 ジーコは再確認を取り、早歩きのまま早口で語る。紳士然としてゆったりとした雰囲気を持つジーコには珍しい口調だった。

 よほどの焦りを感じているようだ。


「なあメグルちゃんよ。超能力はどこで生まれると思う?」

「えっと……」


 そう聞かれ、メグルは咄嗟に「脳じゃないんですか?」と答えた。


「そんな当たり前のことを聞かないで下さい」

「当たり前ね……」


 いくらなんでも馬鹿にし過ぎだとむくれるメグル。

そんな彼女に、ジーコは鮮烈な言葉を放つ。


「じゃあ、ネネが超能力そのものだとして、普段はどこにいるんだろうな?」

「えっ……?」


 ネネが超能力者であり、超能力そのものならば。

 それは、


「頭の、中?」

「ビンゴだ。しかもノゾミの脳の中だ」


 ジーコが冷や汗をかきながら答えた。

 悪寒が二人の背筋を走る。


「それじゃ……まるでネネがノゾミ君に寄生してるみたいな」

「寄生、ふむ……」

「ジーコさん?」

 それはどうだろうかと、ジーコは一考した。ノゾミもネネに寄りかかっている以上、寄生というより共依存だ。しかも精神まで濃密に絡み合った、強烈な共生関係。


「ノゾミとネネを切り離すのは至難の業だろうなと思ったのさ。少なくとも俺には無理だ。錬金術で分けようとすれば、脳みそを二つに裂いちまう」

「さっ、裂く……」

「ジョークだよ。そのくらい難しいってことだ」

 きっとジーコは、皮肉の一つでも吐きたくなったのだろう。それにしても肝の冷える冗談はやめてほしいけれども。

 だが奇しくもジーコの皮肉は、メグルに一つの発想を抱かせた。

――錬金術での物理的な分離が無理でも、サイコメトリーでの精神干渉でなら? と。


「ところで、ジーコさん」

 メグルは今更に一つ訊いてみる。

「今、どこに向かってるんです?」

 ジーコは早足ながら遠方を指さした。

「ああ、そういえば言ってなかったな。セウル・ティランだよ」

 鋼鉄の高架橋を越えて指し示された景色の先には、八〇〇メートル級の純白の螺旋塔が斜に構えていた。

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