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ネネという少女

今年最後と言ったな。アレは嘘だ。

 ベルトに収まった回転式拳銃(リボルバーマグナム)が引き抜かれ、神速のクイックショットが放たれる。だが、そんな達人的な早打ちの初動すら、ノゾミには丸見えだった。


 火力の高いマグナム弾を大太刀で弾きながら肉迫する。


「『銃の匠(ガンニッソス)』か。大層な名前だなッ! 死ねッ!」

「ヤダね!」


 勢い良く振り下された大太刀だったが、ジーコも驚異的な体捌きで回避する。横っ飛びで祢々切丸の血刃を回避したジーコは、そのままノゾミを中点にして背後に回り込んでいく。


「クロゴキブリが」

「ひでえっ!?」


 だが、ノゾミも紅刃を返し、ジーコの背を追随するように横薙ぎに切り払う。この反応速度には、ジーコの身体能力でも逃げ切れない。


「ひいっ、おっかねえ!」


 しかし、太刀が迫った次の瞬間、ジーコは後方宙返りで一閃をひらりと避ける。今度はノゾミの方が驚いた。


 ジーコの黒いコートの内側には先ほどのアルミ塊や銃器が収まっている。その重みを一切感じさせない軽業に、並々ならぬ努力と鍛錬を感じたのだ。錬金術という天賦の才に甘んじず、日々研鑽を積んできたのだろう。過去、必死に勉学に励み、机に齧りついていたノゾミのように。


 銃の達人のそんな研鑽の跡を思うと、ノゾミは不意に微笑みが零れた。ヌーヴォとビューという差異以外、この黒服紳士と己は同類なのかもしれないと。


 しかし、それとこれとは話が別。追撃の手を緩めるようなことはしない。


「はあっ!」


 祢々切丸を血の刃金のみに変え、凝固状態から液体状態へと昇華させる。変幻自在の鞭のようにしならせる。触れれば、チェーンソーのように流動する血刃にこそぎ落とされる凶悪な仕組みだ。


「やっぱ広いとこだとミスターに分があんなぁ! この野郎!」


 地の利に文句を付けつつ、銃弾を撃ち込んでくるジーコ。宙がえりやバク転でノゾミの猛攻を躱しながら、拳銃で早撃ちする様は曲芸師のようだ。しかも急所に打ち込むのではなく、動きを阻害する弾幕をばら撒いてくる。だが、それも連続で六発まで。回転式拳銃は弾切れからの再装填に時間がかかる。


 その隙を見逃さない。


「っ、弾が……」


 ――キン、カラン。


 と、空薬莢が地面に連続で落ちる。


(もらった!)


 回転輪胴をスイングアウトして排莢するまでが恐ろしく早かったが、弾を込める動作だけは緩慢になるはず……ノゾミは思っていた。だが、その思惑は見事に外れた。ジーコは懐から取り出した六つの弾丸が付いたバナナの房のような物を取り出し、シリンダーに差し込んだ。


「は……?」


 思わずノゾミの動きが止まる。するとジーコが得意げに、弾丸の無くなった房を見せびらかしてきた。


「お、今の奴は知らないか? これ、スピードローダー。乱戦だと必需品だぜ? 便利だろ? ま、今じゃ製造されてねえから。俺のお手製だけどな」


 そう言ってジーコは使い終わった房を錬金術で数個のマグナム弾に変質させた。実質、弾薬を無限に生成できると言っているようなものだろう。攻防自在、補助万能。銃火器の扱いに長けたジーコにとって、まさに鬼に金棒の能力だろう。

 憎たらしいほどに技術と能力がベストマッチしている。


(これは、消耗戦に持ち込まれたらマズいな。というか、何もかも僕と違いすぎてもはや笑える。これが超能力の原点を操る者――錬金術師か) 


 これまでノゾミが闘ってきたヌーヴォたちがまるで偽物に思える。そう思えるほど、ジーコは真のヌーヴォと呼ぶに相応しい者だった。


「いい……いいねジーコ。それでこそ僕が夢見た、僕が憧れた錬金術師(アルケミスト)だ」


 自身で仮説を立て、憧憬を抱いたアルケミスト。その実物がノゾミの刃を受け、銃弾の限りを尽くし対峙している。

 そんな自分が、憎たらしいほど誇らしい。

 ただの一度もヌーヴォたちから振り向かれたことがないノゾミが、超能力者達の頂点と向かい合い、死闘を演じることが嬉しい。

 復讐という刹那の中に生まれた幸福を噛みしめていた。


「……そうかい。だが、ヴューのミスターにはちと儚い夢だったな」


 歓喜に打ち震えるノゾミを、しかしジーコは額面通り受け取ろうとはしなかった。相手は復讐鬼であり殺人鬼。どれだけ悲惨な過去が、同情を誘うストーリーが展開されようとジーコが手心を加える理由になりはしない。

 ただトリガーを引き、撃鉄を作動させるだけだ。

 飾らず、驕らず、目の前の鬼を鎮めるために。


「せめてお前の憧れ(ヌーヴォ)として俺が葬ろう。それが筋だからな」

「やってみろ。僕はお前を殺してセウル・ティランへ行く」


 例え当初描いていた理想と違っていたとしても。ヌーヴォではなくヴューの身で、あの純白の螺旋塔を駆けのぼるのであっても。

 それはきっと、ノゾミの中の『何か』を満たすはずだ。



 

 ――やはりネネの姿はどこにもない。


 ノゾミとジーコの戦闘から逃れ、離れた場所で一息つくメグル。ジーコの銃弾が跳弾しない市街ビルの壁にへたりこんでいた。

 彼女はアルビノの少女がいないことを、別段不思議に思ってはいなかった。もしかしたら、一緒にいたジーコは、ネネの存在を疑ったかもしれない。

 しかし、ネネはサイコメトリーの過去視に干渉できる存在だ。そんな存在がただの人間(、、、、、)であるはずがない(、、、、、、、、)


 よしんば、人間でないとするならネネは何なのか?


「目に見えなくて……触れなくて……でも存在している。それってまるで幽霊みたいな……いやいや、流石にそんなオカルトみたいな……」


 しかし……とメグルは冷静になって考えなおす。


 今となっては一般的で、権力の象徴である超能力も、過去はオカルトと同一視されていたと聞く。ならば、実証されてない現象――例えば幽霊だって、本当はいるのかもしれない。


「そういえばネットとかに『幽霊プラズマ説』とかあったなあ」


 その時は暇つぶしに笑い飛ばして読み流していた記事だった。科学で証明できるもの以外はこの世に存在できるものではない、と思っていた。

 だが、本当に幽霊のような存在がいるのだとしたら? この世に実在できる断りが存在しているのだとしたら、『幽霊プラズマ説』という仮説は、完全に否定されるものではなくなる。


「プラズマって……確か物質の第四の状態だよね? 気体中の分子を電離させると陽イオンと電子に分かれて……電子……?」


 思考が道草を食い始めたところで、ネネはノゾミの仮説を思い出す。


 ――全ての超能力は電子・陽子・中性子の原子構造に干渉することで起こる。


「……!」


 その瞬間、渦巻いていたネネへの疑念が晴れ、思考がクリアになっていく。


 全ての超能力が電子・陽子・中性子の原子構造に干渉するのなら、プラズマであるネネもまた、サイコメトリーのように電子軌道に干渉できるのではないか。


 だとすれば、ネネの正体は――。


「幽霊なんかじゃない。ネネはノゾミ君にしか姿を見せない、プラズマ状態の超能力者……いや超能力そのもの……?」

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