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決裂

今年最後の投稿になります(多分)。

皆様、良いお年を。

 少年たちが少し掠れた声に反応して振り返る。見れば周囲の施設生たちもその人物に視線を浴びせていた。視線を一身に集めていたのは、体躯を優に超える大太刀を担いだノゾミ・カミナだった。


「ノ、ノゾミっ!? なんでここに!」


 発火能力者が躰をびくつかせて後退る。返り血に塗れ、血の大太刀を曳くノゾミの風体は、常人の理性を狂わせてなお有り余る狂気だ。

 問われたノゾミは首を傾げる。


「なんで? おいおい、同じ第八プーチ・ティランで共に勉学に勤しんだ者同士じゃないか。悲しいなあ……」

「それだったらもっと悲しそうな顔をしたら良いのに、クスクス」


 隣では契約者以外には認知できない少女が、眉一つ動かさないノゾミを笑う。だが、彼女の目もまた一欠片も笑ってはいない。


「ハッ、お前なんかを同じ学び舎のクラスメイトと思った日は一度もねーよ! なあ!?」

「あ、当たり前だっつーの。ヴューとつるむのなんて好き者のメグルくらいだろ?」


 ゲラゲラと、あの日ノゾミをバカにしたときと同様に、品性を疑う蔑みが生まれる。特権階級に胡坐をかき、自分が絶対的だと疑わない下劣な品格。ヴューと言う相対的に下の存在がいながら、それでも優位を絶対的と信じている様は滑稽の極みだ。


「……メグル」

「ノゾミ?」

「いや、何でもない」


 頭に浮かんだお人好しの顔を、ノゾミは一旦かき消す。どうせアレ(メグル)だって、ノゾミがヴューのまま奴隷階級に落ちれば、手の平を返すに決まっている。


 ――ヴューのくせに、と。


「なあ、お前たち。ハルカやサスケが死んだ理由……教えてあげるよ」

「は、ぐぼェ?」


 ようやくほほ笑んだノゾミは大太刀を繰り、透視能力者の胸を貫いた。


「僕が殺したんだ。二人ともね。お前たちも仲間入りだ」


 祢々切丸の伸びた刀身を元に戻すと、刃を引き抜かれた遺体は変色しながら絶命する。苦痛に歪むより早く、その表情は恐怖に彩られていた。

 周囲で悲鳴が上がり、施設生たちはプーチ・ティラン内や市街に逃げ込んでいく。


「ひ、ひっ。テメエ、イカレてやがったのか!?」

「とんでもない。僕は僕だ。ノゾミ・カミナだ」


 ノゾミが一歩、歩みを進める。 


「ヴューのノゾミだよ」

「う、うるせえ、お前なんか死んじまえーッ!」


 発火能力者の少年――ノゾミは名前など知らないが――が、ノゾミに掌をかざした。瞬間、空気中の塵が一瞬にして酸化し、激しき種火となる。


(燃焼することは酸化と同義。それは己の体に近しく、電子操作が及ぶ範囲でしか種火を起こせない)


 パイロキネシスが必要とする『発火』の公式が、一瞬ノゾミの脳裏に蘇る。同時にその弱点も。灯火が大火に変わる前に潰すのが、パイロキネシストへの理想的な対策。しかし、既に発動したパイロキネシスを止めるのは難しい。

 ――ゴオッ!

 爆炎となって広がった焔がノゾミに群がる。血の一滴まで焦熱させ、骨が煤けるまで焼き尽くそうとする。


「や、やった……!」

「ま、たかだか一千度の炎。サウナにもならない」


 じゅう、と音を立てて蒸発したのは、大量の血液によって鎮火されたパイロキネシスの方だった。血の結界を展開したノゾミは、内側で祢々切丸を背負い、立っていただけだ。

 警備軍を何十人と殺して奪った血液の総量は計り知れない。それをパイロキネシスの一度や二度で枯れはてさせるなど不可能。

 今のノゾミには火傷は愚か、煤をつけることも許されぬ存在だ。


「ば、化け物……化け物ぉぉぉぉ!」


 改めて格の違いを見せつけられた発火能力者の少年が、ノゾミに背を向けて遁走を図る。その立ち退いていく背に血刃が飛ぶ。


「ぎ……」


 切り離された祢々切丸は、鮮血の飛刃で少年の体を切り裂いた。


「なんだ一芸か。つまらない。サスケやハルカはもっと強かったよ」


 サスケたちの評価を再確認しつつ、ノゾミは撒き散らした血液を祢々切丸で回収する。ついでに、袈裟切りにした死体からも血を奪い取っておく。


「……人がいなくなっちゃった。プーチ・ティランに逃げたのも追いかけないと」

「それもいいけど……その前にお客さんよ、ノゾミ」


 トラベータ―の入り口に向かおうとするノゾミをネネが止める。服の袖口を軽く引っ張られる感覚。振り向いて欲しいということだろう。


 後ろにいるノゾミを追って来た二人を。


 ノゾミは振り向いた先にいる黒服紳士の男をねめつけた。ゴシックブラックのフェルト帽にサングラスをしているせいで表情は伺えない。ただ背中に回した片腕が、拳銃をいつでも引き抜けるという緊張感を生んでいる。


「今日は奇襲をしないのかい、ジーコ?」

「そうしたいのは山々だったんだが。こちらのお嬢さんが先約でな。紳士らしくレディファーストしたんだよ、ハハッ!」


 スッと視線をずらす。ノゾミは自然に視界から彼女を外すようにしていた。ジーコよりも前に立って、決意を瞳に秘めた少女がいる。


「メグル、僕を止めにきたんだね。ジーコまで引き連れて」

「うん。ノゾミ君がジーコさんと闘わないように。私が一緒に来たんだよ」


 とメグルは言うものの、ノゾミにとってジーコは油断ならない相手。そのジーコをバックに付けている以上、武力行使を盾に交渉を迫っているようなものだ。少なくともノゾミはそう受け取っていた。


「でも僕が言う通りにしなかったら、ジーコは襲い掛かってくるんだろう? なら……」


 ノゾミは祢々切丸を下段に構え、敵対の意思を示す。


「君と話し合う意味などない」


 ――ヒュッ、とメグルの喉元に血風が迫る。


「危ねえっ!」


 ノゾミは逆袈裟で血の飛刃を放ったが、メグルの首を絶ち切ることは叶わなかった。一手早く動いたジーコがメグルを退避させたのだ。血刃は霧散し、ノゾミのもとへ帰っていく。

 これは意外だ、と目の前の殺し屋がメグルを庇ったことに驚く。てっきり今の隙を狙い、ノゾミを撃ってくると思っていた。ノゾミの想像以上にメグルは人質としての価値があるらしい。

 戸惑いと義憤を露わにしたジーコが紛叫する。


「ミスター! テメエ、これが真っ当な道に戻る最後のチャンスかもしれねえんだぞ! なんで自分から道を断とうとする!?」

「真っ当な道に戻る……? ふっ、ははは! 確かにそうかも知れない。メグルの言う通り復讐を止めて、このデュクタチュールから姿を消せば、もう悲劇が起こる事はないだろう。でもね……」


 眉間にしわを寄せ、ノゾミは心の底からの反吐を吐く。


「僕は、僕を蹴落とした奴らから施しを受けるなんて真っ平ご免だッ!」


 同時に、祢々切丸を肩口から振り抜いた。メグルもろともジーコを叩き斬るつもりで。


「そうかいッ!」


 交渉決裂――そう断じたジーコは、懐から金属片を取り出した。その金属片で祢々切丸の紅刃を受け止めるようだ。


(銀に近い光沢。だがジーコの扱い方を見るに、大きさに見合わず軽そうだ。アルミニウム塊か? 血迷ったのか?)


 怪訝に眉をひそめたノゾミだったが、その疑問符はジーコが放つスパークで吹っ飛んだ。ノゾミは眩しさから目を細めたが、祢々切丸を振り抜く腕は止まらなあった。

 しかし、帰ってきた感触は、肉を切り裂くものではなく、超硬度のなにかに接触したものだった。


「間一髪だったぜ」

「な、に……」


 光は一瞬で収まっていた。

 ノゾミはジーコの手に広がったソレを凝視する。アルミニウムが放電現象を起こしたかと思えば、それは薄く盾のように伸びていた。物質の性質は変化し。銀のような光沢から、鈍色に寄った配色に。

 その合金(、、)は軽量と強靭を兼ね揃える。


(アルミニウム単体からチタン合金に変化せた……?)


 超能力者は『公式』で物質に干渉する。その基本原則は、小文字のaを大文字のAにするような、単一の変化でしかない。いわば、化合物を作りだしているようなもの。だが、ジーコは明らかに別の物質を作りだしている。aをabという混合物に変えてしまっている。


 ノゾミは過去に自分が立てた仮説を思い出した。


 自由に『公式』を使える者の存在。


「ジーコ……お前、錬金術師(アルケミスト)か!?」


 自らが立てた仮説の証明から起こる歓喜。自分とは対極の存在である者への怒りが沸く。


「メグルちゃん、巻き込まれねえように隠れてろ……」

「……っ、すみません。後を、頼みます」


 そんなノゾミの二極化した感情など露知らず、ジーコはメグルに下がるよう促した。メグルは口惜しそうにしていたが、やがて頷き二人から離れて行く。

 メグルを見送ったジーコは、火花を散らせながらチタン合金をアルミニウムに戻した。


「ご名答。俺がこの世で最後の錬金術師――『ガンニッソス』のジーコだ。まあ、異端同士仲良くしようや!」

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