プーチ・ティラン強襲
夜が明けた都市部の市街地に潜む影が二つ。
薄汚かったボロ布を脱ぎ捨て、正規のヌーヴォが着装するヴェトマパンタロンを着込んだノゾミ。それに供するのは、白磁の肌を絹のワンピースで包んだアルビノの少女ネネ。
二人がセキュリティゲートを強引に突破したのが原因なのか。市街においても警備の目が厳しくなっていた。
光学散弾銃スプレットレイを装備した警備軍が、デュクタチュールの街中を巡回している。それも三人一組になり、各々のグループが半径百メートルの間隔を守備している形だ。この陣容を抜くのは、常人には不可能極まる所業だろう。
その警戒態勢を受けて、市民たちは社会人や施設生などを除き、極力外出を控えているようだ。おかげでノゾミが出歩くのはリスクが高くなっていた。
「ナギ・カザマは僕を恐れている。ジーコの奇襲から逃れた僕が、自分の城に切り込んで来ることを」
「その通りよ。だからこそ、こんなに雑魚を泳がせて、私たちに餌を撒く真似をする。このヌーヴォ共の血が祢々切丸の刃と化すとも知れずに」
ナギの滑稽さに耐えきれなくなったネネは、クスクスと笑みを溢す。だがしかし、祢々切丸の力を知らないのだから、それも無理はない。
「でもこのままじゃプーチ・ティランに到着するのが遅くなってしまうわ。夕方になれば施設生は帰ってしまうから、復讐ができなくなっちゃう」
「分かっている。だから……」
ネネの進言はまったくもってその通りだ。今日は時間との闘い。市街に散らばらる雑魚を気に留めるのは愚考にして愚行。
なれば、ノゾミの選択はただ一つ。
「前に立つ者はすべて斬り殺す」
「まあ素敵♪」
ノゾミの狂気にネネの微笑みが共鳴した。
行動に移すのは迅速に――。
思い立ったが吉日と、ノゾミは大通りに姿を現した。周囲に市民はおらず、突如、出現したノゾミは大層目立った。
当然ながら、巡回していた警備軍の目に留まる。警備兵の一組がスプレットレイの銃口を向け、ノゾミに近づく。
「お前そこで何を――」
「シッ」
不意に警備兵は耳朶の付近に風を受けた。しなやかに男たちの間を縫っていった隙間風。しかしながら、その切り口は鎌鼬より鋭く、突風よりも凶暴な一陣だった。
頸椎の隙間を縫い、筋繊維と脈だけを切断する流麗な一閃。男は背後のノゾミを振り返ることなく、首を刎ねられて絶命する。
「ひいいいい! きっ、貴様……」
「ノ、ノゾミ・カミナァァァァ!」
その血しぶきを浴びた残り二人の警備兵は悲鳴を上げながら、ノゾミにスプレットレイを構えた。
「遅いよ。首が落ちる方が早い」
ノゾミは兵士たちの姿を確認するまでもないと言ったように背を向ける。その景色を見ていた警備兵二人の首には、すでに一閃走った跡があった。あまりに鋭い切れ味が、切断面から血液が溢れるのを遅らせたのだろう。
「えっ、ごは……」
「……!?」
両断された首から溢れた鮮血は、祢々切丸に吸血されていく。警備兵たちは残った意識すら簒奪され、道端で絶命した。
倒れ伏した警備兵たちは萎びて干からび、見飽きた変死体になる。
――約十五リットル。
流れ出た血液が祢々切丸を通じてノゾミに注がれていく。これだけでも膨大な血液量だ。だが、ジーコを相手取り、デュクタチュールの中心、セウル・ティランを踏破するには至らない。
「十五番隊、脳波信号が途絶えたがどうした……って、ひいい!?」
「し、侵入者のノゾミ・カミナだっ! 応援を要請する!」
たった今崩壊した十五番隊とやらの様子を伺いに、別働隊が近づいてきた。しかし、ノゾミと転がる亡骸を発見すると、恐怖におびえて後退った。
「応援か……いいよ、その調子だ。もっと……もっと血を寄越せ!」
「うおおおおお!」
兵士の一人がスプレットレイのトリガーを作動させ、レーザー散弾をばら撒く。光速で飛来する弾幕は、いかなノゾミの動体視力を持ってしても避けられるものではない。
「貧相な武装だ。同情するよ、弱さに」
だが、頭と心臓さえ無事なら死ぬような攻撃でもない。ノゾミは刀身を短く広く調節した祢々切丸を盾のように構え、光線の弾幕を突破する。
レーザーが紅の大太刀を焼き、側面から抜けてきた流れ弾が二の腕や腿を掠っていく。やはり致命傷には至らず、ノゾミは息もつかず肉迫する。
「超能力を使わないヌーヴォなんて、ヴューにも劣る」
「ごもっとも♪」
後ろに控えるネネは嘲笑を浮かべ、ノゾミは祢々切丸を横に薙いだ。途端、警備兵の胴体は真っ二つに分かたれる。あっという間に臓物を溢す六つの肉塊が出来上がった。
しかし、ノゾミに悠長にしている暇は与えられていない。ここから第八プーチ・ティランに向かわなければならないのだから。
(さて、公共の地下ステーションに乗るのは下策。急停止でもさせられたら、逃げ場もなく袋の鼠だ)
「ふぅ……いくら考えても、自分の足で向かうのが一番よさそうだ」
「祢々切丸のお腹も空いてるし、ちょうどいいじゃない。ほら、まだまだ沢山ご飯はあるんだから」
ネネの言う通り、四方八方から警備兵たちが押し寄せ始め、四面楚歌状態になっていく。ノゾミにとっては願ってもないことだ。
「プーチティランまで血のビュッフェができそうだ。一人残らず喰らってやる、ヌーヴォ共」
人斬りの快楽に歪んだノゾミの壮絶な笑みが、暴力のうねりを伴って警備兵たちを飲み込もうとしていた。
*
警備体制強化により街が閑静としている中、第八プーチ・ティランの上階行きトラベーター付近には、男子生徒二人が話し込んでいた。その二人は、ノゾミ失踪の日に試超室で一緒だった発火能力者と透視能力者である。
「なんか今日、街中が静かだったよな」
「お前知らないの? 今、俺ら施設生とか、仕事してる大人たち以外は外出を控えるように言われてるらしいぜ」
「マジかよ。そういや警備軍も出回ってたけど……ハルカやサスケの事件と関係あるのかな?」
「さあ、でもメグルとかノゾミみたいな成績上位者もいなくなったし、俺らがセウル・ティランに就職できる確率も上がるし、いいんじゃね?」
「それもそうか~」
発火能力者の少年がヘラヘラと笑う。その隣で透視能力者の少年が「だろ?」と同調していた。
――とんでもないクズ野郎たちだ。
「これは驚きだ。お前たちが……ハルカやサスケをバカにできる立場だとは」
ギャリギャリと地面をこそぐ大太刀の音が、施設生二人に近づいていた。




