超常の祖たる力
ジーコが呆けるという予想外のリアクションを受け、メグルは慌てて話をそらした。
「わ、私のことは良いじゃないですか。それより、ジーコさんはセキュリティを通過する権限を持ってるんですよね?」
「ああ、ナギの旦那からカードキーを貰ってる。と、ちょっとまて……」
先を行くジーコは足並みをストップさせた。サングラス越しに睨んだ目は、メグルたちが通過するセキュリティゲートへ向いている。
火の手が上がり、防火シャッターで封鎖されたセキュリティゲートに。
セキュリティゲート内部からは、緊急時のアラートまで聞こえる。
超能力者たちとAIによって管理されたセキュリティがエラーを起こしたとは思えない。その有様は外部からの侵略に見えた。
「チッ、ノゾミ・カミナ。もう手段は問わねえみてえだな」
「ええ、そのようです……急ぎましょう」
二人は防火シャッターのもとに急行した。
暗い煙幕が立ち昇る施設。戦いの激しさを物語るには十分な演出だ。
ノゾミがやったものなのか、それとも他の超能力者が引き起こした火災か定かではない。いずれにせよ内部に侵入する必要があるが……。
「だーめだ。このシャッター、テコでも開かねえ。出入口はここしか知らねえぞクソ!」
ジーコの舌打ちが面倒そうに響く。市長ナギに雇われたジーコが知らないのだから、本当に侵入経路はここしかないのだろう。よしんば他に入り口があっても、今から探している時間はない。
メグルたちは超能力都市デュクタチュールから締め出されてしまった。だが、この状況に至ってもジーコの威勢は消えていなかった。
「はいそうですかと引き下がれるかっつーの! ちょっと退いていてくれるか、メグルちゃん」
「……? はい、わかりました?」
頭上に疑問符を浮かべた表情のメグルは、おぞおずと距離を取った。サイコマインを使って爆破するのだろうかと勘ぐるメグル。
しかし、ジーコは予想に反し、おもむろに手袋を外した。黒革の手袋をポケットにしまいこみ、皺のある手を晒す。
「時代遅れの超能力だが、こう見えて昔は一端のヌーヴォとして腕を振るったもんだ」
シャッターに掌を押し付けたジーコは、サングラスの下で自慢げに微笑んだ。
「ヌーヴォ……だったんだ……」
この二人旅でジーコの超能力を見ていなかったメグルは、勝手にヴューだと思い込んでいた。だが、ジーコも立派なヌーヴォだったらしい。
「あ、そうだ。俺のスペアサングラス付けとけ。失明するぞ」
「は? はあ……」
発動しただけで失明する超能力とは危険極まりない。
言われた通りメグルはサイズの大きいサングラスをかける。
「ふうう……」
ジーコは息を整え、深く集中している。かなり精密な演算を必要としているのが伺えた。そして、短い呼気が吐き出される。
「むんっ!」
「――っ!?」
瞬間、防火シャッターから凄まじい放電現象が起こった。激しい発光が暗闇を焼いているのが、サングラスをかけていてもハッキリ見えた。
メグルは最初、その能力を磁気操作だと見間違えた。放電現象が起こる超能力は、今は亡きサスケ・ウラミチの磁気操作くらいしかないからだ。だが、メグルはすぐ誤りに気づいた。本質的な部分でマグネティッカーとは全く別の力を振るっていることに。
ジーコが触れた鋼鉄の塊が、自らの意思を持って避けていく。電子がスパークし、物質が変質していく。
人が通れる大きさの穴ができるまで、そう時間はかからなかった。
「これは……」
超能力が発動する時、ヌーヴォは脳波の変化による電位差を利用している。これはすべての超能力者たちが知っていることだ。だが、授業や講義では教えられないこともある。
メグルは、ノゾミがそういった知識の寄り道をしていることを覚えていた。よく勉強の豆知識として話してくれていたことも記憶にある。
それは、全ての超能力は電子・陽子・中性子の原子構造に干渉することで起こるということ。そして、普通のヌーヴォたちは、原子構造に干渉する『公式』を一人に一つ、無意識のうちに習得しているのというのだ。だから厳密にいえば、超能力者たちは超常的な化学反応を無理矢理引き起こしていることになる。
テレキネシスは物質のエネルギー変換による強制的な浮遊現象、サイコメトリーは原子核の周りを回転する電子の軌道から過去に起こった出来事を読み取る、と。
ならばその超常の化学反応の起原を、そのまま超能力として扱うものもいて然るべきだとも――ノゾミは仮説を立てていた。その者たちをなんと呼称するべきかも。
「すべての超能力の祖、屑鉄を黄金に変える者……錬金術師!」
知識の泉から探り当てた答えを口にしたとき、ジーコは驚愕して口笛を吹いた。
「ヒュー、ナギの旦那以外でそれを知る奴がいたか。メグルちゃんは博識だな。……いやそれとも、その知識は秀才ノゾミ・カミナが結論付けたのか? なんにせよエクセレントだ」
パンパンと拍手が打たれるが、メグルの心中はそれどころではない。この紳士が真にアルケミストならノゾミなど容易く原子レベルまで分解されてしまうだろう。勝ち目がないとか、負け戦なんていうレベルでは済まない。戦いにならないかもしれないのだ。
「おいおい、目が怖いぜ。それと今は錬金術師じゃなくて、銃の匠『ガンニッソス』のジーコで通ってるんだがな」
「っ、そんなことどうでもいいです……早く中に入りますよ」
内心、穏やかではなかったが、ジーコに気取られるのはマズい。緩いようで切れ者であるのは、ノゾミを襲ってきたときに重々認識できている。そのジーコに動揺を見せるのは憚られた。
「……ふむ」
――というところまで、ジーコは気付いていたが、つついて爆発させるのもなんなので止めておいた。これ以上怒鳴られるのは御免である。それに、ノゾミには血の大太刀とアルビノの少女という不安要素がある。下手を言えないのはジーコも同様だった。
「おーい、道案内を放置すんなよ…………って、おい顔色悪いぞ」
「いえ、その……向こうに死体があって」
震える指で、通路の角を指すメグル。指の先には、壁際にもたれかかるように放置された男の亡骸があった。右肩から腰まで紅の太刀筋が滲んだヴェトマパンタロン。全身から血の気が引いた変死体が横たわる。
「……こいつはひでえ仏さんだ。血を抜き取られてやがる」
「ジーコさん、その先にも……」
視線の先には、道標のごとく第二、第三の骸が道なりに続いている。吸血されて変死体と化した亡骸だ。
「ノゾミ君がやったんですね。これを……」
「そう考えるのが妥当だろ。一足遅かったみたいだがな……くそったれ」
ジーコは、恐怖に歪んだ表情のまま息絶えた男の瞼を閉じさせる。
「メグルちゃん、第八プーチ・ティランに向かうぞ。ノゾミ・カミナの凶行は俺が断つ。これ以上人死にが出るのは御免だぜっ……」
「……っ、はい! 私も全力でノゾミ君を止めます」
メグルは力強く頷き、ジーコとセキュリティゲートを進んでいった。




