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侵入する狂気

「……っ、くう」


 宵闇に溶け込む汚水が、ノゾミのヴェトマパンタロンに染みこんで来る。そもそも多量の血液を失ったまま、冷温の運河を渡ること自体、自殺に等しい。だがそこはノゾミの超人的な身体能力と気力でカバーすればいい。

 ノゾミは運河の壁沿いを伝うように進む。そして、壁の下をギリギリ流れていく水路目がけて、一気に潜水した。目を開けていても失明はしないはずだが、激痛に悶えることになるだろう。ノゾミの目は固く閉じられていた。


(浮上するタイミングは任せる)

(はぁい)


 心の中でコミュニケーションを取り、ノゾミは平泳ぎで進んだ。滝登りほどではないにせよ、流れに逆らっているのには変わりない。ノゾミの全身に前方からの水流が襲い掛かる

 往路は流れに乗るだけで楽だった。しかし、復路は遡上である。泳ぐだけでゴリゴリと体力が削られていく気がした。

 何十秒、何分泳いだだろう。

 やがて、ノゾミはネネから肩を叩かれて急速浮上した。ざぱっと水しぶきの飛ぶ音。ノゾミが水面から顔を出す。


「ぷはっ……病み上がりの身体に潜水は堪える」

「ごめんね。私に体温が合ったら温めてあげられるんだけど。私、肉体がないから」

「あ。ネネを責めてるわけじゃないよ」

「分かってる。だから、早く運河から上がらないと。芯から冷えちゃうよ?」


 近くの岸辺から上がるよう促される。ネネの言う通り、河を渡るのは血を失った体には酷な運動だ。ノゾミはゴミ捨て場の端っこに上陸した。周囲を見渡したノゾミは、ほんの少しだけ郷愁を覚えた。


「懐かしいな。ここ、僕がサスケを殺した場所だ」


 すでにサスケの肢体は回収され、闘いの跡も残って無い。しかし、デュクタチュールの地理が頭の中にあるノゾミには分かる。このゴミ捨て場が、サスケと死闘を繰り広げた場所だと。

 ネネは拗ねた様子でノゾミの腕を引く。


「そういう時は、僕とネネが出会った場所、って言うところじゃないのかな?」

「うっ……そういうのは僕の専門外だからいいの」


 そんな無難な返答を済ませ、ノゾミたちは都市の中心部に向かう。証明輝く都市部へ戻るには、簡単なセキュリティを突破しなければならない。このゴミ処理場は一般人の立ち入りを禁止されている。関係者以外立ち入り禁止区域だ。不審者や防災警戒のため、警備の巡回だってある。

 スパイだったら警戒すべきところだろうが、ノゾミはむしろ『人間』に遭遇したかった。今のノゾミはなにより血液が必要だ。


「うう~、さみぃ~。今日は冷えんなぁ……」


 思惑通り獲物(カモ)がねぎを背負ってやってくる。腕をさすりながら男がノゾミの方へ近づいてきている。着ているのは通常のヴェトマパンタロン。施設生のように、シンボルマークを胸に付けているわけではない。

 列記とした大人。超能力が使えるヌーヴォだ。

 こんな端っこのゴミ処理場で働いているのだから地位は低いだろう。それでもノゾミには男が羨ましくて、妬ましくてたまらない。

 あの男は、きっとテキトーに生きている。今のノゾミより幸せだろう。超能力を持っているだけでこうも待遇が変わるのなら、やはり超能力都市にノゾミの居場所は無いのろう。


(――ふざけるな。僕の生まれた場所が悪かったとでもいうのか!)


 ゴミ山の影に隠れたノゾミは、祢々切丸の柄を割れんばかりに握りしめた。激昂して襲い掛かりたい気持ちを抑え、男の背後に忍び寄っていく。

 まずは確実に、一人の命を簒奪する。


「~~♪ 今日も異常はあ~りませ~ん♪」

「そうだね。異常はなかった」


 無音で男の背後を取った。振り抜かれる祢々切丸。血の刃を剥き出しにした妖刀が宵闇に紛れて男の首元に埋まる。


「ぎっ!」


 警備職員の男は、訳も分からず首を刎ねられて血を噴き出した。


「あの世で僕が受けた痛みを味わえ」


 源泉のようにあふれ出る血が、すべて祢々切丸の刃へと向かう。死んだ者の血液を自由に操り、己の供物とする。そうして死人から集めた血液は、ノゾミが殺人をするための刃として生まれ変わる。無限の怨嗟となって未来を血で濡らす。

 吸血された男は、体表が変色してゾンビのようになっていた。ノゾミは男の残骸をゴミの山に突っ込んだ。血を吸ったおかげでノゾミの頬には赤みが差していた。しかしながら、一人分の血液で満足できるはずもない。


「足りない。この程度の量じゃ、ジーコに勝てない」

「ならもっと殺しましょう。都市には血がいっぱいあるわ」

「その通りだ」


 都市部なら人間が、ヌーヴォがたくさんいる。もっと多くの血液を採取できる。

 復讐とパワーアップを兼ねた一石二鳥のアイデアが、ノゾミの口角を吊り上がらせた。



「白皮症の少女? ネネ? なんだそりゃ?」


 ノゾミが都市部に戻るという発言を信じ、ジーコはメグルと共に都市部を目指そうとしていた。その道すがら、奇妙なことを聞いたのだ。

 メグル曰く、ノゾミはネネという儚げで美しいアルビノの少女と行動しているらしい。らしいというのは、ジーコがネネを見たことがないからだ。肝心のメグルでさえ、ネネの姿はサイコメトリーの過去視でしか確認できていない。

 正体不明、非存在、謎を謎で包んだ少女。


「私にもわかりませんよ。ていうか、分かってたらジーコさんに話していません」

「お嬢さん、俺へのアタリが強くねえ?」

「……好きな人を狙撃した人を普通に扱うとでも?」

「ハハッ、違いないな!」


 揚々とメグルの毒舌を躱しまくる姿に、メグルは呆れかえる。のらりくらりとしていて掴みどころがない。よほど能天気らしく、毒を吐いても怒る様子はない。

 これがノゾミを襲った人物と同一だとはとても思えなかった。


「それと……そろそろお嬢さんって呼び方、鬱陶しいんですけど。オモイで統一してもらえませんか?」

「んじゃメグルちゃん」

「あの……オモイで……」


 メグルの顔が般若のように激しくゆがんだ。相当な嫌悪を感じた時にする表情だった。毛嫌いしていたハルカにさえこの表情は出した事は無い。


「メグルちゃ~ん」


 口調に煽りが混じっている。毒舌の仕返し、ではなくジーコの素の人格が現れているのだろう。そう考えなければ握った拳で右ストレートを放ちそうだった。


「もうメグルちゃんでいいです。で、ネネちゃんのことですけど。何か心当たりはないんですか?」

「心当たりねえ。アラフォーまで生きてても、幽霊みたいな奴には会ったことないね」


 じいっ、とほうれい線が刻まれた睨んでもジーコから有益なことは得られなかった。嘘を吐いている様子もない。


「使えないアラフォーおじさんですね……あ、そろそろセキュリティが管理する外壁のアクセスポイントに到着するみたいですよ」

「おお、もう着くのか。やっぱ人と話しながらだと時間が過ぎるのが早いな」


 すっかりサイコメトラー少女の毒舌に慣れてしまったのか、黒服紳士は懐から双眼鏡を取り出して確認している。


「ん? そういえばメグルちゃんはどうやってセキュリティを抜けたんだ? たとえヌーヴォでも外壁を通るには権限が必要なはずだが?」


 ジーコがサングラス越しにメグルを見つめる。

 少女は顔を逸らしながら、口をもごもごと動かしている。


「…………………………潜……ました」

「あ?」


 小さすぎる声だったので聞き返すと、若干ボリュームの上がった声が返ってきた。


「……………………輸送車に潜り込みました」

「マジ? こわっ……」


 おとなしそうな見た目をしてやるときはやる。ジーコを相手に交渉を持ち掛けてきたときもそうだ。十五、六の少女なら、むしろ尻込みしてしまうところだろう。

 最近の若者は大胆さと度胸を兼ねそろえてるんだなあ、と感心するジーコだった。


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