Who are you?
夜が明け、早朝の湿気が肌に吸い付いてくる。
メグルはジーコについていきながら、ノゾミを生き埋めにしたというビルの残骸へと向かっていた。通常、ビルの下敷きになった人間が生存しているとは思えない。だが、メグルはノゾミが死んでいるなどと思いたくなかった。
それに、ジーコ曰く「ノゾミはただの人間ではない」らしいので、生存している確率は高い。すべては希望的推測に過ぎないが、絶望的じゃないだけマシだろう。
目的地へ向かう最中、メグルはジーコとの情報共有に徹していた。
「大太刀、ですか?」
「そうだ、真っ赤な血の刃。二メートルはある太刀だった。伸縮自在、キレ味も鉄を切り裂くくらい鋭い。俺じゃなければ殺されていただろうな」
「超能力ではないですよね? 聞いたことが無い能力ですし……あと、さらっと自慢を混ぜるのが鬱陶しいのでやめてください」
メグルはプーチ・ティランの授業で習った内容を復習しながら、超能力の種類を確認する。記憶に残っている超能力の中に、固形物を作りだす……まして太刀という明確なアイテムを創造する超能力はない。
そうなるとノゾミは、超能力じゃない何かを使っていることになる。瞬間、メグルの脳裏に、あのアルビノの少女の姿が過ぎった。
――『これ以上、私のノゾミを覗くな。触れるな、関わるな』
残留思念の中の少女は、たしかにメグルに向かって警告していたと思う。
「ここだ。止まりな、お嬢さん」
ジーコは考え込んでいたメグルの肩を押さえた。メグルが思考を巡らせている間に、目的地に到着してようだ。目に映る景色は、メグルの想像以上に壮絶なものだった。
廃墟となったビルを爆破、倒壊させたとジーコは言っていたが、実物を目の当たりにした迫力はひとしお凄まじい。鉄筋が剥きだしになった瓦礫の山。積み重なった山の中に、もしかしたらノゾミがいるかもしれない。
そう思い至ったメグルの足は、自然とコンクリート片が散らばる現場に向かっていた。
「足元危ないから気ぃ付けな」
「は、はい」
がらがらと崩れる混凝土の足場を用心深く踏み直しながら、メグルとジーコは瓦礫の山を登っていく。上に行けば行くほどバランスが悪くなっていくが、途中ジーコのアシストと案内を経て、捜索を続けた。
「この辺に埋めたんだけどなー」
「その言い方縁起が悪いのでやめてもらえませんか……」
と、ジーコを諫めながら周囲を見渡すと、目を見張るような光景が飛び込んだ。思わず、「あっ」と声を漏らしたほどだ。釣られてジーコも「おいおい……」と呆然と呟いた。
瓦礫しかないと思っていた場所に深紅の大穴が空いていた。ところどころ黒い染みがあるのは血液が酸化したからだろう。
「お嬢さんはコレどう見るよ」
「……私は、ノゾミ君が生きている証だと思います。ジーコさんも、そう思っていたんでしょう?」
「生きていることは間違いない。たぶん、血液を使って崩落を防いだんだ……」
こびりついた血痕を指で擦り、普通の血となんら遜色ないことを確認する。だが、問題なのは血の種類というより、むしろ穴いっぱいに染み付いた血液の総量だろう。
「この分だと、ノゾミ・カミナは相当の血液を消費したことになるな。おそらく十リットルくらいか?」
「十リットル!? 人間の血液量の倍じゃないですか!?」
叫びながら、メグルは青ざめた。まるでぽっかりと口を開いた大穴に全身の血液を吸われるような感覚に襲われる。それだけノゾミが消費した血の量は凄まじく、常人ならミイラになっていてもおかしくない血液量なのだ。
だが、ジーコは不思議には思っていなかった。
「常識にとらわれるな。ノゾミ・カミナは、ハルカ・カザマとサスケ・ウラミチの血を奪い取っている。十リットル血が減ったくらいなら死なないさ。まあ、瀕死ではあるだろうが」
ノゾミは血の大太刀を使うに限らず、血液を操作できると確信していたからだ。なにより、ジーコは殺害された二人の遺骸をよく観察していた。サスケ、ハルカは殺された直後に、全身の血を抜かれていたのだ。そして今回、ノゾミは奪った血を使い果たした……。
「これはすぐに追い打ちを掛けるべき、なんだろうなあ」
「それって、またノゾミ君と戦うってことですよね。行かせると思いますか?」
しみじみと言ったジーコの前にメグルが立ちはだかった。せめて足止めをしようということだろう。端正な顔立ちを凛々しく引き締め、先に行かせまいという意思を表している。
それは悲しいことに、傭兵のジーコにとっては可愛げのある抵抗にしか見えない。
「戦う? 違うね。殺す……だ」
「……」
「俺は狩人で、ノゾミ・カミナは獲物だ。この二種は対等にはなりえない。これは一方的な狩りなんだよ」
冷たい声音だった。フレンドリーな態度を一変させた、暗殺者としての一面。メグルで到底止めることができない冷酷な覚悟。それらを含んだ殺気が肌を掠めていく。
メグルは生唾を飲み込んだ。
「……それでも、私はジーコさんを止めます。ノゾミ君を殺させはしない」
正直に言えば、メグルの足は、腕は、身体は小刻みに震えていた。竦んで動けなかった。ジーコが襲い掛かれば、メグルの華奢な体はハチの巣にされてしまうだろう。それこそひとたまりもない。
一方で捕獲対象のメグルを傷つけるわけにもいかず、ジーコは参ったように後頭部をぼりぼり掻いた。
「頑固だねえ。ま、お嬢さんの場合はそれが美徳なんだろうな。いいだろう。お嬢さんの前でノゾミ・カミナを殺すのは止めておこう。少し話す時間くらいくれてやるさ。へそ曲げられても困るし」
「ふぅ……」
ひとまず交渉が上手く行ったことに安心し、メグルは詰めていた息を吐いた。人質の身分の自分が、取引を持ち掛けること自体おかしな話ではあった。今回はジーコの人柄が幸いしたというべきか。
「ただし、ギブアンドテイクを忘れるなよ。サイコメトラーなんだろう? お嬢さんには足の役目をこなしてもらうぜ?」
ジーコは真紅の大穴を指さして、次の指示を促した。この場所は、ノゾミが死にかけた現場だ。その残留思念は濃く残っているはずである。
そして今、留められた記憶を正しく読み取れるのはメグルだけだ。力強く頷いて、メグル崖のような大穴の縁に立つ。
「――分かってます。もとより、そのつもりでここに来たんですから」
意を決したように色白の手が血痕に触れた瞬間、メグルの脳内にスパークが飛び散った。
「っ!」
脳裏に描かれたのは、派手に瓦礫が吹き飛ぶシーン。コンクリートの残骸を吹き飛ばしたのは悍ましいほど大量の血液だ。やはりというか、メグルの願いとジーコの勘の通り、ノゾミは生存していた。だが、見える記憶はそれだけじゃないはずだ。嫌な予感が胸中を駆け巡りつつも、メグルはその先を視る。
大量の鮮血に濡れた大穴から這い出たノゾミを待っていたのは――あの少女。
白皙はくせきの美貌と病的なまでに青白い肌の、奇怪な紅の双眸を光らせた白皮症アルビノの少女だった。




