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無能力者に人権はない

 夜空には厚い曇り雲。

 鉛雲を頂く地上にその都市はあった。


「……超能力都市デュクタチュール」


 透き通るような白髪に、白皙の美貌を持つ少女だ。フリルも何もない素朴なワンピースを美しく着こなしている。

 眉目秀麗を極めた少女は都市の中心に立つ螺旋塔、セウル・ティランに降り立っていた。

 そこは巨大な純白の螺旋塔の頂点。大都市を象徴する螺旋塔は、全長八百メートルを超える。塔を直下から仰いでも、頂上を窺うのは難しいだろう。

 都市の四方八方には小型の螺旋塔プーチ・ティランが屹立する。小型と言えど四百メートルあるのだから驚きだ。

 そんな風景を見下ろせる場所に少女はいた。

 少女はセウル・ティランの円状の縁に腰かける。気分が浮ついているのか、宙に放り出した足がぷらぷらと揺れている。

 片腕には大事そうに大太刀の柄を抱えていた。


「ここに私好みの子がいるのね」


 絵に描いたような六芒星の輪郭を細い指でなぞる。その防壁はデュクタチュールの都心と郊外を隔絶している。

 都心は煌びやかだ。連立するビル群を強烈な明かりが彩っている。

 中間通路――鋼鉄の高架橋――がビルとビルの合間を繋ぎ、ライトアップされたアスファルトの街道を小奇麗な格好の大人たちが闊歩する。

 一方で、防壁の外側はインフラ設備や工場の廃棄跡で埋め尽くされていた。


「――見つけたよ」


 少女は螺旋塔から飛び降り、夜街に繰り出した。



 プーチ・ティランを避けてきただろう北風が、中間通路に届く。

 夜風がノゾミ・カミナの短い黒髪を撫でた。風は小柄な躰を吹き抜けやすそうに通っていく。

仄暗い黒の瞳で風が吹いた方を見つめる。


「寒い」


 手を合わせ、吐息をかける。呼気は気温差で白く染まり、てのひらをわずかに温めた。


「……」


 生みの親はセウル・ティランに連れていかれた。だがそれは仕方のないことだと悟っている。

 ノゾミの両親はデュクタチュールで最底辺の存在、無能力者のヴュー。

 超能力都市デュクタチュールではヴューを奴隷として扱っていた。


――ノゾミもまたヴューだ。


 だがノゾミにはまだ猶予がある。

 二十歳までに超能力者のヌーヴォに目覚めることができたなら――。


「僕は絶対にあなたたちのようにはならない」


 硬い決意と共に拳を握り、セウル・ティランに背を向ける。

 そろそろ、勉強のために寮に戻らないといけない時間だ。

 ノゾミは星の見えない空を見上げて歩き始めた。


「痛てっ……」


 ――つま先が、スリッパ越しになにかをカツンと蹴飛ばした。


 当たった感触から棒状の金属と判る。それは高架橋の隙間から、地上へ落ちた。下は用水路で、都市の廃棄物収集所に繋がっている。落ちたゴミがどうなろうが気にすることはなかった。



 デュクタチュールの朝は、いつだって灰色の雲が太陽を遮っている。しばしば雨も降り、いつもジメジメしていた。

 早朝の湿気が部屋にこもる。

 ノゾミの住む寮はお世辞にも新設とは言い難い。気密性の高さは都心の中で低い方だ。


「……寝汗、うざ」


 起床してすぐ、内蔵型クローゼットを開放する。

 上下に別れた、白いボディスーツが畳まれて用意されている。

 撥水性の極薄ウール。吸湿性と発散性を併せ持つ品種改良を加えた麻。その二種を重ねた学生用のボディラインの浮き出るスーツ。

 プーチ・ティランに通う施設生の支給服、ヴェトマパンタロン。

 スーツの前面ファスナーを下ろし、ぴったりとしたスリーブに華奢な腕を通す。それから細い脚にフィットするジーンズパンツを履いた。仕上げにウエストの境目を電磁式のボタンで留めれば、一端のプーチ・ティラン施設生に見える。

 ノゾミは、これから超能力の開発を受けにいくのだ。


「今日は雨の予報か。レインコートは、あるな……」


 真空パックされたレインコートはすでに手持ちの白カバンに入っている。

 雨を凌ぐときは、必ずレインコートを身に着ける。雨に毒素が含まれていて、肌に触れると発疹を起こしてしまう。

 面倒だが、今の人間には必要不可欠なものだった。


「行ってきます」


 誰もいない部屋に挨拶をし、ノゾミは寮を出た。


 デュクタチュールの街はネオンなどの様々な人口街灯の光に溢れている。

 電子看板の広告。そこかしこで光る球体の監視カメラ。それを当然と享受する人々。

 他に、目に映るのは……。


「あ、あー……」

「もう動かなくなりやがった。店長、新品のヴューと交換してこないとダメっすよ」

「これで二つ目だ。不良品掴まされたな」


 無能のまま育った大人が、超能力者に虐げられる日常。

 弱者は強者の下にいるのが道理。プーチ・ティランへ向かうノゾミの前で、無能力者が足蹴にされていた。

 ノゾミは、目を伏せてその場を通り抜けた。

 恐怖で歯が鳴るのを必死でこらえながら。


 プーチ・ティランには、地下ステーションから電導リニアに乗って行く。毎日満員のリニア内は施設生以外ヌーヴォで埋まっている。

 そんな中、ヴューというレッテルは肩身の狭い想いを抱かせる。

 ノゾミはヌーヴォたちとの間に隙間を作りたくて、自然を装って身じろぎした。


 地下ステーションから、社会人や施設生が足並みを揃えて出てくる。ほとんどの足取りは、誇らしげだ。超能力を持っているからだ。余りある自信があるなによりの証明だろう。

 ノゾミはビル側の列を歩き、北の第八プーチ・ティランまで向かう。

 左肩が後ろから叩かれる。


「っは……!?」


ノゾミは詰まっていた息を無理矢理吐き出した。


「おはよう!」


 耳朶に直接響きそうな距離での、明朗な挨拶。

 迷惑な声の掛け方をする人物を、ノゾミは知っている。

耳を押さえながら振り返った。


「メグル、耳元で叫ぶの止めた方がいい」


 メグル・オモイ。同プーチ・ティランに通う同期の女子だった。よく勉強を教えたりしていて、気づけば懐いていた。

 溌溂として、ぱっちりした黒い瞳。長い黒髪で結った三つ編みを肩から出している。

 彼女の黒は濡れたような艶やかな色合いだ。カーボンを連想させる上品な漆黒と純白のヴェトマパンタロンのコントラストは見栄えが良い。

 モノクロはメグルを気取らずに飾っている。

 メグルのプロポーションはモデル顔負けに整っている。くっきりと浮き出たボディラインは、少女に似つかわしくない『色』を感じさせた。

 突き出た双丘は圧巻の一言。引き締まった腰回りにはささやかなくびれ。フレアスカートをふんわりと押し上げる臀部が、少女から女へ変化を匂わせる。

 ブラックパンジーの刺繍が入ったシュシュで、髪を括っているのをよく目にする。お気に入りなのだろう、とノゾミは推測していた。


 メグルはぷくーっと、頬を膨らませた。


「ノゾミ君、私が隣を歩いても無視するよね。なんでかな?」

「……黙秘する」

「そんなこと言っていいのかな? 私にはサイコメトリーがあるんだよ~?」


 思わずこちらがにやけそうになる、妖しい微笑みだ。


 サイコメトリーは超能力の花形とされる一つ。

 対象の残留思念を読み取り、自分の脳内の視覚野に反映させることができる。紛失物や遺失物、犯罪捜査・検証など手広く必要とされている。地位盤石、将来の有望株だ。

 メグルに調子づかれても困るので、ノゾミは飄々と対応する。


「メグルはそういうことしないよ」

「もう……斜に構えちゃって、つまんないなあ~」


 メグルは握り込んだ手で口元を隠して笑っていた。

 でさあ、とメグルがにんまり顔のまま続ける。


「秋季の筆記テストの結果、見たよ~」

「たしかに僕は筆記で一位を取った。実技は最下位だけだったけどね。総合三位のメグルさん」


 僕の煽り口調に、メグルが悲しげな表情を作る。


「意地悪な言い方しないで。それに勉強頑張ってるノゾミ君は立派だよ」

「……ありがとう」


 慣れない褒め言葉に戸惑う。

 メグルはあり得ないくらい優しい。ノゾミはヴューだというのに。


(僕がヴューのまま大人になってもメグルは変わらないのかな……って馬鹿か僕は)


 そんな甘い気持ちをごまかすように、ノゾミは足早で歩いた。



 デュクタチュール最北の第八プーチ・ティランに到着した。

 四百メートル級の尖塔には、高速トラベーター帯が螺旋に巻かれている。トラベーター内は重力制御が成され、遠心力の心配は無用だ。

 十番ゲートのセキュリティにパスカードを通し、トラベーターに乗る。この先は十階に繋がっており、ものの数秒で目的地に降り立つ。

 このフロアは主に三つに分けられ、東から順に重要施設が連なっていた。

 施設生に教えを説く講義室、超能力を開発する開発室、超能力の練習場である試超室だ。

 ノゾミが主に使用するのは講義室と開発室。


「皆、もう集まってるかなー」

「だろうね。僕らは遅く着いたから」


 と、足並みをワンテンポ遅らせる。当然の流れでメグルが講義室の扉を開けた。

 二百人余りの施設生が真っ白な教室で待機していた。ここで朝の講義が行われる。

 すべてのデスクには液晶モニタが配備。プーチ・ティランを統括するサーバに接続が可能なシステムだ。授業のレジュメなどはこの液晶モニタを通じて閲覧できる。

 モニタの接続口に個人のパスカードを読み込ませ、ログインを完了させた。

 メグルはノゾミの隣に座った。


「まだ始まってないし、お喋りしよ」

「話すネタなんてないよ」

「じゃあ勉強を教えて!」


 メグルはフラッシュメモリを取り出すが、そこに声がかかる。


「よお~、メグルにノゾミじゃん。俺も混ぜろよ」

「……ハルカ」


 ノゾミを見下ろす施設生。ハルカ・カザマ。いつも絡んでくる鬱陶しい男子だ。

 ピンクのメッシュが入った茶髪が、パンクに極まっている。顔は嫉妬するくらいに整っていて、女子の人気は高い。ヴェトマパンタロンを改造しており、肩口から腰にジャラジャラと鎖を付けている。

 特徴的なのは、ピアスやネックレス、アクセサリが浮遊していること。これ見よがしに、テレキネシスを使ったファッションだ。

 ハルカの自信の現れとも見れる。

 ここ第八プーチ・ティランでの成績は総合二位。超能力屈指の花形、テレキネスト。親がデュクタチュールの市長で特権階級の人間。

 ノゾミとはまったく別種の人間と言っていい。。


「メグルもハルカも、僕に教わる必要ないでしょ。筆記三位と四位なのに」

「っせーな、俺が教えろっていってんだ、教えろよ」


 ハルカは僕の肩に腕を回した。

 図々しい態度だが、拒絶するのは悪手。ハルカはヌーヴォで、ノゾミはヴュー。関係性は良好を保っておいた方が無難だ。


「わかった、放課後ね」

「やり!」

「えー……せっかくみっちり教えてもらおうと思ったのに」


 三つ編みおさげを弄り、拗ねるメグル。

ハルカはそれを不満げに見ていた。


「どうかした?」

「あ? べつに……んでもねーよ」


 痰でも吐きそうな悪態をついてハルカは離れた。


「なによ、嫌な奴」


 メグルはなにかと絡んでくるハルカが嫌いなようだ。



 開発室には脳波計を始め、電極付ヘルメットなどが集中治療室(ICU)のように整備されている。

 数人の超能力研究者が入れ代わり立ち代わり常駐し、ヌーヴォやヴューの脳波やバイタルシグナルを検査している。

 ノゾミは二日に一回、開発室を利用していた。研究員に顔を覚えてもらうほどの常連だ。

 チッチッチッ、ピッピッピッと暗闇の中で聞こえる機器の作動音。

電極付ヘルメットから送られてくる電気刺激は、脳を焼きる寸前の激痛を伴う。


「ぐ、あああ……!」


 ノゾミは毎日この痛みと闘っている。

 限界寸前の痛みに耐え続ければ、いつか超能力が手に入ると信じて疑わなかった。

 だが……。


「バイタルシグナル危険域。シナプス変化なし。超能力の獲得なし……今日の検査はここで終了とする」

「はあっ、はっ……ありがとう、ございました」


 ノゾミはヘルメットを取った。

 研究員は、頭を上げた。


「君はストレスに強すぎる。これだけ試しても、脳波がベータ波からガンマ波へ変調しない」

「さ、先は遠いですか?」

「おそらくは」


 超能力者が力を使おうとすると、脳波は緊張状態のガンマ波に移行する。その後、リラックス状態のアルファ波になる。

 ここで波長の差異が生まれる。

 極端な電位の活性が超能力の源だ。

 ノゾミの脳は常にリラックスに近い状態だという。電位の差異が起こりにくく、超能力のエネルギーが発生しない。

 ノゾミをヴューたらしめる最大の原因だ。

 シンプルに電気的負荷を上げようにも脳が焼き切れてしまう。

 事実上の八方塞がりだった。


「君も十六歳か……そろそろ身の振り方を考えなさい。二十歳を超えたヴューに人権はない」

「ご忠告、痛み入ります」


 検査服からヴェトマパンタロンに着替える。

 部屋を出ていくとき、ノゾミは暗鬱な感情を抱いていた。

 いつか溌溂として開発室を後に――。


「よお」

「ハルカ……」


 開発室の扉の前で待ち構えていたハルカがノゾミの肩をつかんだ。

「試超室、行こうぜ?」



「ハッ」

「ふう――――」


 発火能力者の一千度を超えるパイロキネシスが耐熱ゴムドールをドロドロに溶かした。

 数メートル離れた場所では、透視能力者がチタン合金の箱に入れられた何かをクレヤボヤンスで見通している。


「おい、あいつ……」

「ぷっ、ヴューが試超室に来るとかマジ? 笑いのセンスあり過ぎでしょ」


 様々なヌーヴォたちで溢れる試超室に、ノゾミがいるのは滑稽な光景だろう。ここにいる数々のヌーヴォたちの指摘は腹立たしいが正論だった。

 ノゾミは嘲笑に晒されるのを分かっていたが、それでもハルカの命令を拒めなかった。というより、拒否を許されていない。

 ヴューがヌーヴォに逆らうことはいけないこと。そういうふうに脳にインプットされているし、また万人の常識として、暗黙の了解があった。

 ハルカはそういうルールやマナーを逆手に取ることが得意で大好きな人間だった。人として捻くれていて、ねじ曲がっている。


「……ホントにやるの?」

「ああ、やるぜ。いつまでたっても超能力が使えないお前ための特訓をな」


(よく言う……)


 それを人前で見世物のようにする必要はない。少なくともノゾミには感じられなかった。


「へへ」

「……っ!」


 厭らしく嗤うハルカの歪んだ瞳に力が入る。

 瞬間、ノゾミは急に足をすくわれたようにコケた。テレキネシスの念動力で足を引っ張られたのだ。

 ノゾミは危うく後頭部を打ちかける寸前で受け身を取ったが、強かに背中を打つのは避けられなかった。肉と背骨が軋む不快音の後、肺から思い切り空気が吐き出された。


「カハッ……」

「ほらよッ!」

「うっ!」


 仰向きに倒れたノゾミは無防備な腹を足蹴にされ呻く。そのままネジを巻くようにグリグリと踵がねじ込まれる。


「どうだ、超能力に目覚めそうだろ? ええ、ヴューちゃんよお」

「……」


 挑発に挑発を重ねるハルカだったが、ノゾミが応えることはない。ただハルカの愉快そうな目を睨み返すだけだ。

 それが実に気に食わないのだろう。

 キレたらしいハルカがノゾミの脇腹を蹴り上げようとした。


「待てハルカ」


 そこに一筋の閃光が走る。

 弾けるような電磁パルスの音が轟き、ハルカの眼前を横切った。

 謎の光は壁に激突した後、硬質な音を立てて落ちた。

 正体は銀のコイン。現在では生産されない硬貨とよばれるものだ。旧時代ではよくつかわれたらしいが、今では使う者は限られる。

 それは電気伝導度の高い銀を好んで使用する超能力者だ。


「チッ、サスケか」

「そこまでだ。死ぬぞ」


 ノゾミとハルカの間に割り込んだ青年は淡々と注意を促した。

 きっちりと着こまれたヴェトマパンタロン。四角いレンズフレームの眼鏡。短くそろえた角刈り頭に、仏頂面でいつも眉間に皺が寄っていた。

 筆記二位にして実技一位。第八プーチ・ティラン、堂々の総合一位。サスケ・ウラミチ、電磁力を操るマグネティッカー。

 折り目正しく人と接し、わけ隔てない性格のヌーヴォで、皆からは好意的に見られている。

 ノゾミを助かったのは、サスケの公平な人格ゆえの行動のおかげというわけだ。


「立てるか?」

 差し出されたその手を無言で掴む。


「ありがとう、サスケ」

「気にするな、見苦しいのが嫌いなだけだ」


 サスケはそう告げて去って行ったが、ノゾミの胸中にはしこりが残った。


(ヌーヴォに虐げられて、その上、同じヌーヴォに気まぐれで助けられて……僕はどこまで惨めなんだ)


 きゅっと握りこぶしを作る。

 震える拳をぶつける相手などノゾミにはいなかった。

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