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神仙百鬼夜行  作者: 今川義郎
第2部
7/10

4

 実美(さねとみ)才蔵(さいぞう)が邂逅して一週間後、シュンショウ国の方から鬨の声が上がった。勢力は2万、即興の軍としては充分すぎる人数である。

 弾正(だんじょう)はシュンショウ国の不自然なほど迅速な準備に動転した。実美が、水無村へ軍を進めるのは想像していたが、どう転んでもこちらが先手を取れると踏んでこその今回の謀略である。それが、予想だにせぬ奇襲――ヤサカノ国は蒼浪(そうろう)として進軍したが、兵糧もなければ統率もない烏合の衆に、知識の名が鳴る実美初め彼の配下が遅れをとるはずがない。

 三日後には、水無村の男たちも蜂起して、シュンショウ国へついた。弾正は歯噛みして悔しがったが、時すでに遅し、趨勢はもはや決まったも同然である。

 ところがそこに、不思議な事態が出来したのである。

 それは、シュンショウ国と水無村の勝利が決定したも同然となった、開戦1ヶ月後の日のことであった。


「いやはや、まさかこうも上手くいくとは……これもひとえに才蔵殿のおかげじゃのう」

 村長の家では、再び寄合が開かれ、村の男たちが集まっている。しかし、今日はそこに才蔵の姿があった。

「いえ、私はただ実美様に嘆願しただけ。何も特別なことはしておりませぬ」

 結局、才蔵は実美に言った通り戦場には出ず、村が混乱せぬよう取り計らう役目を仰せ付けられていた。彼はなるべく戦の状況を村に残った者には知らせず、ただいつもの通りに暮らすよう言っていた。村に残った女子供や年寄りも、才蔵をすっかり信用して彼の言うがままになっている。無論、燕も例外ではない。

「いや、我々が直訴しても実美様は動かなかったであろう」

 そう言うのは痩身の男――久遠(くおん)と呼ばれていた――である。一同も、彼の言うことに同意した。

「才蔵殿、あなたは何者なのですか?」

「私は流浪の旅芸人でございます」

「また言い逃れを……」

 なおも問おうとする久遠を、村長が制した。

「まあ、良いではないか。村の英雄をそう問い詰めるのも良くないであろう。それより、今後我々がどうするかが肝要じゃ」

「そのことについては、実美様と相談ずくで進めております。今はもう、シュンショウ国とヤサカノ国とで和睦交渉中であるかと」

 才蔵は言った。

「と言うと?」

「まず、水無村は現状維持――つまり、独立を保つ。そしてヤサカノ国は土地の一部を割譲、及び国守弾正の追放。これが条件です」

「順当だな。しかし、弾正の追放には残党勢力が反対すると思うが」

「それが、現在ヤサカノ国で内紛が発生しており、その始末に手一杯とのこと。しかも弾正はそれをまとめる力もなく、家臣たちは一様に愛想をつかしたという。この程度の条件ならばすぐにのむでしょう」

「ふむ、天が我々に味方しているのであるな」

 浅黒い大男が、勝ち誇ったように言った。

「戦の終わりも近い。後は実美様に任せ、我々はもう手を引くべきであろう」

「私もそう存じております」

「うむ。才蔵殿、後は頼んだぞ」

「慎んで承りまする」


 才蔵は、村長の家から燕親子の家へ向かった。西日が山の端へ沈み、月が煌々と村道(そんどう)を照らす時刻、村に残った人々は既に家へ帰り、夜襲に備え戸締りを厳重にしているため、板戸から漏れる明かりすらない。

(宵は冷えるな……)

 麻の粗末な一枚のみを纏っている才蔵にとって、夏とはいえ夜の冷え込みは肌に感じられるものであった。自然足は早くなる。間もなく、燕の家が見えてきた。

「失礼、才蔵です」

 彼は戸を叩き、反応を待った。しばらくして、トタトタと軽い足音が聞こえたかと思うと、がらりと戸が開き燕が可愛らしい顔を覗かせた。

「あ、才蔵さん。遅かったね」

「少し長引いてしまってね」

「お疲れ様。入って、ご飯はできてるから」

 才蔵と燕、そして燕の母親は囲炉裏を囲んで食事を始めた。才蔵の座は、もともと彼女の父が座っていたところであるが、今では母娘ともに彼がそこを占めることを喜んでいた。才蔵は当初遠慮していたが、燕が勧めてくるのも無下にはできず、こうして収まっているという具合である。それほどに、才蔵の存在がこの母娘にとっては重くなっていることの証左、というわけだ。その心意気が嬉しくも、また己の使命を忘れたわけではない才蔵にとっては、少しく困ったことでもあった。

「才蔵さん、戦はどうなの?」

「そろそろ終わるよ。シュンショウ国と我々の勝利は確定、今は和睦交渉の段階だ。村ができることはもうないよ」

「そうなの、やっと終わるのね」

 燕の母はほっと胸をなでおろした。村を守るためとはいえ、戦には犠牲がつきもの。慣れぬ者にとっては、気分が良いものではない。それを才蔵は重々承知していた。

「すみません、私の発案でこんな事態になってしまって」

「何言ってるの、才蔵さんのおかげで私たちの村は守られたんでしょ? 謝ることないじゃない」と燕が口を出した。

「しかし、犠牲が出るのも事実だ。人の命は重い」

「でもそれで私たちは生きられる。犬死よりマシよ。ねえ、お母さん?」

「ええ、そうね」

 彼女も、さほど戦争に反対というわけではない。むしろ水無村が守られたということの安堵の方を強く感じていた。

「才蔵さん、戦が終わったらどうするの?」

「まだここに残るよ。燕にはまだ教えてないことがたくさんあるしね」

「やった!」

 彼女は素直に喜んだが、ふと憂いに沈んだ顔を浮かべた。

「でも、私が一人前になったら才蔵さんはどこかに行っちゃうの?」

「それは……」

 彼は言葉に詰まった。

 実際、萩姫を消したらここに用はない。また帝のところへ戻り、闇夜に暗躍する隠密として一生を終える未来が待っている。

 だが、彼は迷っていた。帰るべきか、燕といるべきか?

『お主、惚れておるな?』

 実美の言葉が蘇ってくる。恋を知らない彼に、それを示唆した他でもない張本人。無自覚であれば幸せだっただけに、むしろ恨めしく思えてくるのであった。

「私、才蔵さんと一緒にいたいな」

 燕が寂しそうに呟いた。

 と、その時、外からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、鷲が羽ばたくような音。それが、何十、何百も重畳して聞こえてくるのである。空から降りてくる謎の影に、母娘はわけも分からず怯えていたが、才蔵は流石に、彼らにここで待機するように言いつけ板戸の隙から外を窺った。そして、彼の目に飛び込んできたのは、未だかつて見ぬ、悪夢のような光景であった。

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