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神仙百鬼夜行  作者: 今川義郎
第2部
4/10

1

 場所は映って西の魔境・骸骨山(がいこつさん)。ここは、踏み入れれば二度と出られぬ"人外魔境"の異名を持って天下に鳴る秘境中の秘境である。実際、山麓には清水の流れる川を慕って、いくつかの村落が作られているが、そこの誰一人として骸骨山へ敢えて入ろうとする者はいない。おかげで、怪奇的興味をそそる伝説には事欠かない。

「山の中腹には羅刹の滝と呼ばれる瀑布がどうどうと落ちていて、そこの滝壺には巨大な人食い蟹が棲んでいる」

「昔、村のおさんという娘が山男に連れ去られた。一度杣人の前に姿を見せたが、何やら気が狂っていたそうで、またすぐ山奥へと消えてしまったそうな」

 などというのはほんの一例で、村の古老に聞けばそれこそ、湯水の如く湧き出てくるのである。

 果たして、本当にここは人を寄せ付けぬ妖魔の巣食う魔境であるのか。

 答えは是である。

 遥か昔、まだ帝による治世も始まっていない時代、それは神仙幽鬼が相乱れる混沌の時代であった。人狼、大蛇、大入道、鬼などが互いに牙爪(がそう)を磨ぎながら、日夜敵が命を消さんものをと虎視眈々としている。まさに、血で血を洗う、安息の光りなき暗黒の時代であった。

 当時、国内において二大勢力の片翼を担っていたのが、天狗であった。西の骸骨山を根城として、天下を我が手に治めんものをと狡智他の追随を許さぬ戦いでもって、次々と他の妖怪たちを破っては支配下に置いていた。

 しかし、あまりにもその傍若無人ぷりが目についたか、天上の神々は怒り、彼らに天誅を下さんと、雲間より一匹の龍を遣わした。その身体だけで国一つ覆いそうな、その巨龍は(いかずち)(ほむら)でもって、蚤のように地を飛び跳ねていた天狗どもを一夜にして壊滅状態に追いやった。そうして天狗の時代は終わったのである。

 しかし、ここで倒れないのが天狗の天狗たる所以というもの。神々への復讐、並びに今度こそ覇権を我が手にと、今もここ、骸骨山でひっそりと飛翔の機を伺い続けているのであった。


 そんな骸骨山の林の中を、浅黄色の袷を身に纏った美女が歩いている。猟師などが見れば狂人か自殺かを疑うに違いないが、それにしてはその女、人品卑しからず、器量も良い、また髪も下ろしてはいるが端然と櫛でとかされており、装いの乱れも特に目につかない。

 何より、鼻歌交じりに悪道(あくどう)を下駄で行き、汗ひとつかかず涼しげに微笑んでいるのであるから、察しの良い方は、これがただならぬ女であるとの推量はつくであろう。

 と、女のはるか頭上より恐ろしげな声が響いた。

「のう、人魚菩薩(にんぎょぼさつ)殿、随分と景気が良さげではあるまいか」

「まぁ、太郎坊(たろうぼう)様」

 女が呼びかけられて親しげに、太郎坊、という名前を呼ぶと、木下闇からぼんやりと一人の山岳修行者姿の男が現れた。背が高く、男ぶりが良いのであるが、ただ、背中には鷲の如き巨翼(きょよく)が生えている。

「いえ、そんな」

(わし)らは国家転覆のため、日々奸計を企てているというのに。そなた、よもや私との約束を忘れたわけではあるまい?」

「まさか。私、そんな薄情な女ではありませんわ。そうそう、景気良さげなのはそのことなんですけれど……」

「ふむ、何かわかったか?」

「ええ、どうやら萩姫とやらは、現在水無村に居留しているらしいのです」

 それを聞いて、太郎坊の目が怪しく光った。

「水無村といえば……ここからははるか東だな。まさか、そこまで逃げておるとは。鼻先に京を望み、そこから逃げてくるのを一心に待っておったのだが――これはしてやられた」

 言葉とは裏腹に、彼は愉快そうに笑っている。

「でも、そんな回りくどいことをなさるなんて。あなた様と配下の者どもならば、あんな人の子の張りぼて細工、討ち滅ぼすに日を跨がないでしょうに」

「なあに。話によると、今上帝(きんじょうてい)には知られざる戦闘部隊がついているというではないか。確か、宮中御庭番(きゅうちゅうおにわばん)と言ったかな……噂によれば妖術を駆使するという。そやつらが何者か、見極めねば下手に攻め入られもせんのだよ。それに、萩姫が帝の腫れ物ならば、そやつを捕らえれば良い盾になる。性急な女には分からんだろうが……」

「分かりませんわ」

 人魚菩薩は全く意に介さずという風に笑った。

「だって、天狗が人の子に負けるはずありませんもの」

「そうだ。負けるはずはない。だが、万が一ということもある。人間の始祖・神奈備(かんなび)の小僧を忘れたわけでもあるまい」

 神奈備、という名を口にした時、はっきりと太郎坊の顔に苦々しさが広がった。

 ――子供ね。

 人魚菩薩は、屈強な天狗の頭領を前にしながら、そのどうしようもない幼稚さを心中で嘲笑った。

「とにかく、萩姫を捕らえることが今は先決だ。お主、行ってくれるな?」

「ええ、勿論。腕が鳴りますわ。久しく、戦場(いくさば)に立たなかったものだから」

 人魚菩薩はまたもや微笑みを浮かべたが、そこには先の涼し気な様子は微塵もなく、残虐性が露骨に現れていた。嗜血癖(しけつへき)――。実に、彼女は人の血を好む、吸血菩薩でもあるのであった。

「私の配下を100人つける。しくじるなよ」

「心配無用、ですわ」

 フフフフ、と低い笑いを漏らして、彼女は去った。

 それを見送って、太郎坊は決然と顔を上げた。

「ついにやって来る……神々に邪魔され、神奈備の小僧に取られた私の天下が……」

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