第九話
文字数の都合で、話数が若干変化することになりました。
文章量自体は変わってはいませんが、お知らせします。
女神との邂逅を経た俺は、なにやら呪いのようなものをかけられてしまったらしい。
あの夜の出来事を、誰にも話すことができなくなった。
そのことを明かそうとすれば、声がでなくなるか、もしくは自分がなにを話そうか忘れてしまう。
「……どうすっかなぁ」
誰にも女神から聞いた、ダンジョンを踏破させる目的を話せない。
これは由々しき事態だ。
自室の机にインクのついたペンを置いた俺は思わず頭を抱えた。
「なぜに文字で伝えようとしたら、これが出てくるし……」
机の上の紙には、無駄に上手く描かれた女神の肖像画が描かれていた。
どういう訳か、ペンで伝えようとすれば、手が勝手に暴走して女神の似顔絵を描いてしまう謎仕様になっている。
しかも無駄に可愛く描かれているのが腹立つ。
あの女神お茶目かよ。一瞬、ちょっとかわいいと思っちゃったわ。
「英雄を作り出す、試練か……」
ダンジョンというものについて、俺が受けている説明はごく僅かだ。
深層へと続く、迷宮。
それは英雄を作り出すために、神々が作りだした振るい。
それに俺達——いや、竜宮君達が選ばれてしまった。
あの女神は口に出していなかったが、俺達は王国の人々と同じ、竜宮君たちを助けるための存在なのだろう。そう考えれば、クラスメート全員を連れきた辻褄が合う。
「だとしたら、誰にもそれを伝えることができない俺にできることは……」
女神の想定を上回る行動をするしかない。
そしてそれは、女神の意志に反することじゃない。
もし、あいつの機嫌を損ねれば、俺なんて即座に消し去れるだろうからだ。というより、戦闘スキル持ちの相手には普通にワンパンされる自信がある。
「……はぁ」
あの四人を止めることはできない。
それはもう、女神の中で決定されていることだ。
……どうすればいいか。
俺なんかに、なにかが変えられるとは到底思えない。
何度目か分からないため息を吐きながら頭を抱えていると、なにやら廊下の方でバタバタと足音が響いてきていることに気づく。
次第にその足音が大きくなっていくと、突然バタンと俺の部屋の扉が開け放たれ、一人の人影が飛び込んでくる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
人影の正体は優利であった。
しかも猫耳のカチューシャとメイド服を着せられていた。
無駄に色っぽく息を荒げた優利は、俺の部屋を見まわした後に安堵に胸を撫でおろした。
「優利」
「イズミ君、ちょっと助け——」
「俺にそっちの気はないんだ。だから女装してこられても普通に困るだけだ……だから、ごめん、これからも親友でいような……」
「なんで告白もしないのに僕が一方的にフラれなくちゃいけないの!? いや、違うから! ここに来たのは彼女たちから逃げる———」
あの女神に勝るとも思わない容姿に驚くが、それでもこいつは男だ。
ここは真摯にきっぱりと断ると、顔を真っ赤にしながら半泣きの優利が声を潜めながら荒げるという器用なことをする。
廊下の先でばたばたと誰かが走る音が聞こえ、顔を青ざめさせた優利が口を押える。
すると、続けての足音と共にやや大きな声が響く。
『ユーリちゃーん、どこにいるのー!?』
『怖くないから出ておいてー』
クラスの裁縫スキル持ちの二人、大槻恵さんと青葉瑞希さんだ。
ふむ、と一度考え込んだ仕草を見せた後、俺の背に隠れているユーリに向き直る。
「優利」
「な、なに?」
「二股は駄目だぞ」
「さっきの声を聞いて、その言葉が出るなら僕は君を殴らなくちゃいけないな……!」
猫耳メイドのまま拳を握りしめる優利に「冗談だ」と返す。
流石に今ので分からないほど、察しが悪くないつもりだ。
「つまり、竜宮君たちの装備を作るのはいいけど、その分、ストレスとかも溜まっていたってことか?」
「そうなんだよ……もう、聞き込みのためにしょうがなく着てるところを見られて、そのまま追い掛け回されて……ぐすん」
「うわぁ……あざといわぁ……」
俺の言葉にガビーンとショックを受ける優利。
「酷くない!? やっぱりイズミ君ってどこかおかしいよね!? 我ながら言うけどかわいいつもりだよ!?」
「おうおう、とうとう化けの皮が剥がれたな」
「だって大抵はこれで堕ちるし」
「……」
こいつ女神より怖くない!? 小悪魔なんてレベルじゃないんですけど!?
確かに、こいつが男だと知らなかったら大抵の奴はデレデレするかもしれないけど……ん? そういえば、優利って女装して城下町で聞き込みとかしてたんだな。
そのことについて色々聞けないだろうか。
とりあえず、優利に椅子を差し出して話を切り出してみる。
「優利、城下町ではどんなことが聞けた? ダンジョンのことについてなにか分かったか?」
「そこまで大したことないけど聞く?」
「頼む」
ぱたぱたと服に風を送り込みながら、優利は城下町で聞きだしたことを話しだす。
「まずダンジョンってのに入るのに王国が指定したギルドっていう組織に自分の情報を登録しなくちゃいけないんだって」
「はぁ? なんでダンジョンに入るのに登録しなくちゃいけないんだ?」
「危険な場所ってところもあるけれど、ダンジョンで命を落とした人たちの素性を特定するのが楽なのが主な理由らしいね。ギルドができる前は、考えもなしに入って帰ってこない人で溢れかえっていたらしいし」
それじゃあ、竜宮君たちもギルドっていう場所に登録するのか。
いや、もしかしたら王国所属だからその必要もないのかもしれない。
「でも、今でも考えのない人は減らないらしいね。一攫千金を狙う人たちとか、愛する人のために勇気を示す! とか言って単身入り込む騎士とか、後をたたないらしい」
「前者は分かるけど、後者は……」
「騎士の美徳は、誉れある死と、勇気ある行いだからね。その行動の是非は僕達では推し量れないよ」
言外に自分たちには理解できない世界だと言われたな。
こう話していると分かるが、優利は周りが思う以上に他人に対してドライだ。
なんとうか、常に一歩離れた視点から物事をみている感じがする。
「あとはそうだねぇ。ギルド所属の実力者とか、何人か聞いたよ」
「実力者? そんな人たちがいるのか?」
あの女神の口ぶりからして、ダンジョンに入っているのは踏破というより、探索という意味合いをかねた人が多いと感じたのだけど。
「『孤独の探索者』フィオネラ・ファイラル。『表層の達人』アスクル・キルガレット。あとは……『悪運』の人かなぁ」
「なんだそのかっこいい異名の数々は」
「ダンジョンで長生きしてる人は大抵、そういう異名みたいのがつけられるらしいね」
なにそれ憧れる。
異名とか、男子なら誰でも憧れるゴールデンネームじゃねーか……。
「中でも、フィオネラ・ファイラルは別格らしいよ? 最近のダンジョン内での探索の7割は彼女の貢献によりものらしいし、もし竜宮君たちが頼るとしたら、彼女かアスクル・キルガレットのどちらだろうね」
なるほど、竜宮君たちがダンジョンに行くときは、できればその人たちに行ってほしいな……。
「ん? 『悪運』の人はどうなんだ?」
「あー、その人は異名通りらしいから一緒にいくのはおすすめされないらしい。なんというか、高確率で怪物に囲まれたり、トラップにかかったりするところを目撃されるらしいけど、どんな状況でも一人だけ必ず生きて帰ってくるっていう中々にやばい人らしいから……」
「……名前は知らないのか?」
「聞いたんだけど、なんか心なしか記憶に靄がかかってるんだよねぇ……ちょっと待って、今思い出すから……」
うーん、と腕を組んで暫し思い悩む優利。
十秒ほどの思考の後、ハッとした表情を浮かべ『悪運』の名を口にする。
「あ、アイラって名前らしいよ」
「ぶっ!?」
予想外の名前に噴き出す。
なにやってんだあの女神ィ!? いや、もしかしたら名前だけ同じの同一人物かもしれないが、にしてもダンジョンで名の通った人という時点で常軌を逸している。
あの女神のことはよく分からないが、気まぐれに俺に接触してくるくらいには奔放な性格をしているから、散歩感覚でダンジョンを練り歩いていても不思議じゃない。
だとすれば、俺はその『悪運』って人に会ってみるべきなのか……?
「イズミ君って、なにかあった?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって僕ってなんとなく感情の機微とか分かるし……な、なにより友達だからね」
照れくさそうに微笑む優利に面を食らいながら返事を返す。
こればっかりは『あざとい』と茶化せねぇな……。
「この数日間、色々あったんだよ。面倒な奴に遭遇するわ、対毒スキル持ちとしての仕事は減るわ……もう大変だったわ……」
「ふーん、大変なんだねぇ」
「他人事だな」
「他人事だし」
確かにそうだ。
俺も優利に女装の悩みについて聞かれても同じ言葉を返す自信がある。
うわぁ、以心伝心だ。全然嬉しくねぇけど。
「僕はイズミ君は十分に頑張ってると思うんだけどなぁ」
「ポーション飲む以外に仕事がないんだぞ。美奈と椎名さんが量産型のポーションの準備終わるまで暇だし」
「和也君の畑の手伝いとかすれば? 今が一番忙しい時期でしょ?」
「深刻な表情で拒まれた。どうも俺には休んでほしいみたいだ」
「あー……なるほど、そりゃあポーションの効果で暴走している普段の君を見たらそうなるよね……」
暴走というよりテンション振り切っちゃっているだけだから、体には全然悪影響はないんだよなぁ。
そう説明しても「ああ、分かってる……分かってるんだ……!」って絶対に分かっていない決意に満ちた表情で頷かれてしまうだけだった。
「あ、じゃあ、僕の仕事手伝ってもらえる? ちょっとお着替えが必要なだけだから」
「寝言は寝てから言えや」
「ははは、冗談だよぉ」
いや、今のは絶対に冗談じゃなかった。
目が本気だった。
あわよくば自分のところに引き込もうとしている目だった。
「でも、そんなに焦る必要はないんじゃないかな?」
「別に焦ってなんか……」
「今はイズミ君のスキルに使い道が限られていたとしても、いつかは必要になるかもしれないじゃない? 僕なんて女装することしかできないんだよ? 分かる? 徐々に城下町で話題になっていく僕の気持ち」
唐突な自虐はやめろや。
だけど、必要になるかもしれない、か。
一理はあるが、果たしてそんな日が来るのだろうか。
「まあ、思う存分に悩んだ方が君らしいよ。それじゃあ、僕は外の二人が諦めるまで、この部屋にいさせてもらお——」
話を終わりにさせた優利がくつろごうとしたその瞬間、勢いよく俺の部屋の扉が開け放たれる。
「やっぱりここにいたわね!」
「見つけたァ!」
両手にコスプレ用の衣装を携えた大槻さんと、青葉さんがギラギラとした瞳で部屋に突撃してきた。
「じゃ! イズミ君! あとよろしく!」
「同じ轍は踏まないわよ! そぉい!」
いつの間にか窓際に立っていた優利が、こちらにシュバっと手を翻すと、スカートをはためかせながら俺の部屋から脱出しようとする。
しかし、それを予想していた大槻さんは、懐から毛糸の束を取り出すと、窓を開けようとしている優利の体を一瞬のうちにグルグル巻きにした。
「え……え!? 僕、なんで縛られ……!?」
「裁縫スキルを甘く見たことが貴方の最後よ! 行くわよ瑞希、今日中に新作を仕上げるわよ」
「はーい」
今、裁縫スキルで、必殺仕事人も真っ青な技を使っていませんでしたか?
顔を青ざめていた俺に気づいたのか、大槻さんと青葉さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「イズミ君も騒がしくしちゃってごめんね」
「いや、それは別に構わないんだけど……」
「きゃあああ!? 助けてイズミ君!」
毛糸に縛られながら必死に助けを求める優利から、目を背ける。
これから彼の身に起こるであろう惨劇を想像して、心を痛くする。
しかし、彼を助けようにも裁縫スキルを斜め上の捕縛術にしてみせるスーパー女子高生に勝てる見込みはないので、断腸の思いで諦めることにした。
「その……二人とも、作業頑張れよ」
「ありがとね。イズミ君もあまり無理しないようにね」
「お邪魔しました~」
「う、裏切り者ぉぉぉぉ!」
すまない、親友よ。
俺への怨嗟の声を響かせながら、女子二人に優利は運ばれていくのだった。